!注意!
※現パロ、転生。🌙記憶あり🎏記憶なし
※歳の差二十歳以上の月鯉
※倫理観薄めの二人の世界です。既に普通に手を出して恋人同士になってます。
※※※※※
酒瓶片手に暴力を振るい、人を人とも思わぬ非道な父が、数年前に他界した。
十代のうちに実家を飛び出し、縁を切った月島にとって、それは一切関係のないことで、役所からの電話をその場で乱暴に切り捨てたことを、今でも後悔はしていない。
畜生は、生まれ変わっても畜生のままだった。
その畜生の墓を、今年は何故だか訪れてみたくなった。
死んだことを確認する為。成れの果てを嘲笑う為。積もり積もった恨み言をぶつける為。今世は己の手で殺さずに済んだのだと安堵する為。理由なら、きっと全部だ。
墓は、山の麓に近い小さな寺にあった。
盆で訪れた人々が、綺麗に飾った仏花で華やぐ霊園の中。ひとつだけ、周囲からぽつりと浮いた墓があった。お供えの菓子も、新鮮な花も、炊いた線香の跡すらない、赤いカビが表面に点々と付着したままの放置された墓。
それが父の墓だった。
……ざまぁみろ
心中で悪態をつき、月島はその場を後にした。
痛いほどの陽射しと、蝉の雑音だけがただただ不快な、そんな盆の暮れだった。
「鯉登さーん」
寺の休憩所に戻ると、大きな麦わら帽子を被った鯉登が木の傍で蹲っていた。月島の呼び声にも気付かず、何やら鋭い剣幕で地面と睨めっこをしている。
「鯉登さん、建物の中に入って涼んでいろって言ったのに」
すぐ傍まで歩み寄り、頭上から声をかければ、ようやく鯉登が顔を持ち上げた。
「あ、月島」
「お待たせしました。暑かったでしょう」
「うんにゃ、大丈夫」
「地面なんか見て何をしているんですか?」
「蟻にアイス食べさせてた」
玉の汗を褐色の鼻頭にくっつけて、鯉登が砂利を指でつつく。
中腰になって覗いてみると、溶けたバニラクリームに群がって蟻が輪を成していた。甘い匂いに誘われたのか、木の根元辺りから続々と這い出てきては真っ白なアイスクリームに体を滑らせている。
鯉登の手には、コーンだけになったものが握られていた。
「……食べ物を粗末にしちゃ駄目ですよ」
「違う。溶けて勝手に落っこちた」
「早く食べてしまわないからでしょう」
八月の日光は容赦なく厳しく、ぼんやりとただ突っ立っているだけで脳が蒸発してしまいそうだ。ふっくらとした鯉登の頬もトマトのように赤らんでいる。
「ここは暑いです。宿に戻りますよ」
ねぇ鯉登さん、と、麦わら帽子の天辺に向かって呼び掛ければ、零れ落ちそうな紫色の瞳が不思議そうに月島を見上げた。
「用事は?もう終わったのか?」
「え?……はい、もう大丈夫です」
「誰のお墓?月島の友達?」
「いえ、遠い親戚です。ほとんど会った記憶もない、他人みたいな人ですよ」
「ふーん」
つまらなそうに呟いて、鯉登が立ち上がる。掌に残ったままのコーンにがぶりと齧り付き、不意に「月島の家族なら挨拶しておきたかった」なんて口にする。
十代のうちに実家を捨て、死に物狂いで働き続けて約十年。今世で出逢った鯉登は百年前よりも随分歳下で、つい最近五歳を迎えたばかりだった。物心つく以前より家族から奪い取り、可能な限り『鯉登少尉』として扱いここまで育て上げたのは月島本人だ。
話し方から態度、果ては薩摩弁と標準語を身に覚えさせ、月島が生涯寄り添い尽くした、かつての男に限りなく近付くように。
「家族じゃありませんってば。遠い遠ーい親戚です」
腰を下ろして目線を合わせ、鯉登の唇の端についたコーンの屑を取り払う。
「と言うか、何で鯉登さんが挨拶を?」
「月島が世話になったんじゃでおいが挨拶せんと」
「俺の家族は鯉登さんだけですよ」
「だからおいが挨拶せんな。おいだけが月島の家族なら親代わりにもならないけん」
至極真面目に鯉登が言った。
「ははっ、何ですかそれ」
子供のくせに、と言葉にはせず、どこか可笑しい鯉登の物言いに、月島は久しぶりに笑い声をあげた。
「じゃあ、俺が間違ったことをしようとしたら怒って止めてくれますか?」
「うん。縋りついて止めてやる」
「はははっ」
小さな口から放たれる大人ぶった口ぶりに、息苦しい程の愛しさが込み上げてくるのは何故だろうか。
突拍子もなく、鯉登が月島の首に腕を回してぎゅうっと抱き付いてきた。炎天の下にも関わらず、汗だくの身体が不思議と心地良い。
「おっ、流石に疲れましたか?」
「違う」
「旅館まで歩けます?泊まりで来て正解でしたね」
「なぁ、月島ぁ」
「はい?」
「家族にも親にも友達にもなってやれるけど……一番は恋人がいい」
不機嫌そうな顔をして、鯉登が小さく囁いた。囁いて、月島の頬に控えめなキスを落とすものだから、今度は呆気にとられる。
「月島はおいん恋人!一生!死ぬまで!」
「痛たたたっ!首、鯉登さん!締まってる!」
柔くて短い腕が懸命に縋ってくる。それをやんわりと解いて身体ごと抱え込み、月島は立ち上がった。
地面のアイスクリームに興味を失くした蟻たちが、いつの間にやら蝉の死骸に群がり始めている。
「じゃあ、今日は二人で初めての旅行記念日ですね。佐渡で申し訳ないけど」
「新婚旅行?」
「……それは、ちょっと早いです。もっと良い所に連れて行きたいし。あと、そうだな……指輪でも買いますか。お揃いのやつ」
「指輪ぁ?」
「五歳児の指のサイズに合うもの売っていれば良いですけど」
餅のように滑らかで小ぶりな手を取り、薬指を眺めながら、月島は墓地に背を向け歩き始めた。
蝉の雑音は、もう聴こえなかった。