題目「さみしい」「…というわけで、金曜日と土曜日の件、申し訳ないがよろしく頼む」
かねてから伝えていた予定のことをあらためて集まった3人に話すと、全員がもう分かっているとでもいうように大きく頷いてくれた。それにほっと一息吐く。よくよく考えるとこの4人で活動をはじめてから、自分だけ少しの間休むということは初めてだ。
「はーい!司くん、楽しんできてねっ!」
「まぁたまにはいいんじゃない?」
「こちらのことは任せてもらって大丈夫だよ。またどんな式だったか教えてね」
今回は休日も含まれるから公演も任せることになるのだが、快く受け入れてくれた仲間たちにひたすら頭が下がる。
そもそもなぜ2日間の休みを取るのかと言うと、親戚がこの度結婚することになり、その式に参加することになったからだ。親戚ではあるがその人が昔母のピアノ教室に通っていたため自分も小さな頃にお世話になっており、成長してからも度々顔を合わせることもあった。ひとまわりほど歳は離れているので、年の離れた子を可愛がるようにとてもよくしてくれていた人だ。今回結婚を機に地方に移住することになり、よければ家族で参加してもらえないか、という依頼を貰ったのがことの始まりである。咲希もこの人にはとても懐いていたし、せっかくの祝い事、人数は多いほうがいい。家族で話して結婚式に参加することを決めたのもそういう理由である。
式自体は土曜の1日のみだが、飛行機の距離の会場になるということで1日ではなかなか時間が足りない。ということで、金曜日も含め学校を休んで前日移動をすることになっている。もともと金曜日は練習の予定だったし土曜日も事前に相談したので公演数はそう多くない、おそらく大きな影響はないだろう。が、大丈夫なことはわかっていても、そわそわと気持ちは落ち着かなかった。
「すまない、頼む。…しかし、なんだか変な感じだな。よく考えたら2日も会わないのはめずらしいのか」
「まぁ確かに毎日学校で顔を合わせてるし、なんだかんだで集まってるしねぇ」
「それに、オレがいない時のショーがどんなものになるかも気になる」
たった2日、されど2日。当たり前の毎日としてもう認識してしまっていたけれど、そこから離れるとなると急に心寂しいような、落ち着かない気分になってしまう。自分から言い出したのに変なことだ。もう、こうして4人でいることが当然になってしまっているのがすこし照れ臭い気もして、でもちょっと嬉しい気もする。流石にそんな感情を3人に伝えるのは気恥ずかしいので、誤魔化すためにふと頭に浮かんできたアイデアを口から滑り出した。
「…そうだ、類!オレがいない時の様子をなんでもいいから教えてくれ!」
「…え、僕?」
ふむ、口に出してみるとこれ以上ない名案のように思えた。元々類とはあまりメッセージのやり取りをすることはなく、お互いに話したほうが早いと言う考えで隣のクラスに飛び込んでいく方が多い。だから、こうした機会に文字を通してみるのも面白いかもしれないと思ったのだ。女子二人にお願いするのもよかったが、二人とも学年が違うので授業で聞きたいことがあるかもしれないことを考えれば類の方が適任だろう。
「あまり僕はメッセージに慣れていないんだけれど」
「安心しろ、オレもだ!それに、別に長くなくていいし気付いたこととかでいいぞ。ただみんなの様子が聞きたいだけだしな。類の感じたことを教えてくれ!」
「…何でもいいの?」
「あぁ、何でもいいぞ!」
少し困ったように返してくる類に笑いかける。類とはほぼ毎日一緒にいるが、だからこそこうしたコミュニケーションをとってみるのも面白いだろう。すこし離れることが寂しかったことも、類からのメッセージが楽しみになったおかげでなりを潜めてくれたし、これで2日間を乗り切ればいい。
「いいなー!司くん、あたしも送っていい?」
「もちろんだ!寧々からのメッセージも待っているぞ!」
「えぇ…まぁ、気が向いた時にね」
どうやら他のふたりも自主的におくってくれそうな気配を感じ口元が綻ぶ。すこし考えているそぶりをみせる類のことは気になったが、なんだかんだでその話はなあなあのうちにお流れになったのだった。
***
そして。自分は出かけることになったのだが。
[今日の担任のネクタイはくま。どこで買ったんだろうね。]
ぽこん、という軽快な音と共に一行のメッセージが送られてくる。お前、担任のそんなところまで見ているんだな、指摘したほうが喜ばれるぞという返事が喉元まで出てきて、いやいやメッセージだったと口に出す前に飲み込む。代わりにこちらもメッセージで返信した。[先週はうさぎだったはずだぞ]。類の担任のネクタイのセンスは校内でも有名なのだ。
「お兄ちゃーん、ホテル、もうつくよ?ニコニコしてどうしたの?」
「ん!?あ、いや!そうか、ありがとうな!」
急に話かけられたことに驚いてスマホのホームボタンをおしてしまったが、もう一度アプリを立ち上げたところメッセージはどうやら問題なく送られたようだった。早速既読表示がついたものの、そこから先特に返事はない。一つのメッセージに一つの返答。あちらはおそらく用事がある自分に気を遣っているつもりだろうが、その気遣いが見当違いすぎてやっぱり笑ってしまう。
今朝。起きてしばらくして、スマホにメッセージが来ているのに気付いた。内容は[おはよう。今日は遅刻しないですみそうだ]というもの。もはやSNSの呟きなんじゃないかと思うようなそれに何の気なしに返事をしたところ、次に送られてきたのは[外が暑いのでやっぱり帰りたくなってきた]というメッセージだった。
そこから1時間に2、3件ほど。類が見て、感じたことが、返事を求めない形で送られてくるようになった。[花壇に次は何を植えようか考えてるんだよね]だとか、[今日はちゃんとパンを買ったよ]だとか。たまに写真を交えて送られてくるそれは間違いなく類の日常で、確かになんでも送ってくれといったが文字通りすぎて面白くなってしまった。
もちろん全てに何らかの反応を返しているものの、その反応について言及はない。ただ、飛行機に乗っていて3つほど返事を返さずにいたらしょんぼりしたスタンプが送られてきたので見てはいるのだと思う。既読がつかなかったはずだから推測はしていたかもしれないが、いきなり反応がなくなってしまうのは流石に悪かったなと言い訳のように返した[すまない、飛行機だった]というメッセージにはすぐに笑顔のスタンプが返ってきた。
お前、普段メッセージのときは全然スタンプなんて使わないくせに。身長180cmの男がちまちまこのメッセージを打って、どうやって手に入れたのかわからないかわいいスタンプをつかっているということを考えると全てが可愛く思えてきて駄目だった。
ふう、スマホのホームボタンをおして見えないように膝に伏せると、背もたれに身体を預ける。このメッセージが届き出してから、今でやっと6時間といったところか。明日は式が終わってから飛行機で戻るとしても、到着は夜になる。まるっと1日以上まだあるわけだが、こんな風に送られてくるメッセージのせいでその1日がものすごく長いように感じてしまうから重症だった。
今までこうしたメッセージを気にしてスマホを手放せない学生の話をテレビで見たこともあって、その時は大変だななんて完璧に他人事に思っていたものなのに。今この瞬間、自分はほぼ毎分メッセージが届いていないか確認してしまう。あちらは午後の授業中だということはわかっているのに。…まったく、重症だ。
「離れている方が連絡をとっているなんて変な気分だな」
「ん?何かいった?」
「いや、何でもないぞ!」
いつも隣にいすぎて気付いていなかったが、メッセージで送ってもらうと自分達はいつも何の気なしにたくさんの情報を共有していたことがわかってくる。話して教えてもらったこと、隣で見ていたこと。それが文字として送られてくるのは新しい発見ができて今のところ面白いが、これがあと1日は続くのだと思うと微妙な心持ちだった。だって、もう今の段階で話したいことや聞きたいことは目白押しなのだ。
(…はやく、会いに戻らねばな)
こまめなメッセージのせいで、逆にこんなにも会いたくなるとは予想外だった。あちらの様子を教えてもらおうという程度の軽い気持ちでの依頼だったのに。でも、決して悪い気分というわけではない。
膝の上のスマホを窓に向けて、カメラでパシャリと外をとってみる。今日はいい天気だ。きっと予報通りにいくのならば明日も快晴の中、素敵な結婚式が行われるはずだ。初めて訪れた土地の風景は、ただの道と空でもなんとなく新鮮に見える気がする。
こんなものしか返せないけれど。律儀な伝達人に、せめてたくさんの思い出と、いまの自分の気持ちを返せるように、もう一度シャッターのボタンを押すのだった。
***
(…あ。返事)
ぽこん、スマホのポップアップがメッセージの受信を知らせるから、すぐに中身をみるために指を動かす。そこには[あんまり夜ふかしするなよ]と短い一文が届いていた。先ほど自分が送った[いいアイデアが湧いたよ]というメッセージと手元の改造中のドローンの写真を見ての返事だろう。たしかにいつもの自分だったらこのまま集中しすぎて気が付いたら夜が明けているのが常だから、彼の指摘は正しいだろう。ただ、今日だけはそうならないんだろうな。
手に持っていたドライバーを置いて立ち上がり、スマホはしっかりと握って、部屋の中を見回した。次に彼に送るメッセージはどうすればいいだろうか。学校にいたときはあまり困らなかったが、家に帰ってきてからというもの自分以外の人がいないこともありメッセージのネタを探すことに苦慮していた。今のところ今日の夕飯とか今やっている作業で場を繋いでいるが、そろそろ本格的に浮かばなくなってきた。
ちらりと時計をみる。彼がいつ眠るのかはわからないが、せめてあと2時間くらいはこのやり取りを続けたいと思っていた。…まぁ、今やっている行為は全部自発的にやっているものなので別に送るのをやめたところで司くんは何も言わないだろう。けれど、送ると手を離せない時以外かならず返ってくるメッセージがすっかり楽しくなってしまって、できる限りはこのやり取りを続けたいと思っていた。
元々、こうしたメッセージのやり取りは不得手な自覚はあった。
普段からあまり利用をすることはない…というか、特にやりとりをするワンダーランズ×ショウタイムのみんなとは顔を突き合わせて話す方が多いので、たまにの緊急連絡くらいにしか利用する場面が巡ってこないのである。そして、その仲間以外とも一応交換はしていたりするがくだらない話をするというよりは業務連絡用になってしまっていたので、今回司くんから言われたようになんでもいいから連絡してほしい、という依頼はまったく未知の領域であった。
なにか、学校であったこととか、練習であったことを伝えて欲しいんだろうということは流石に理解していた。けれど、それをどう伝えればいいのか。どの程度送っていいのか、どれくらいのことをしりたいのか。実際送ることになったらいろいろと考えてしまい、結果としていきついたのがこの短文メッセージであった。
…多分、寧々にバレたら呆れられる気はする。
けれど、ここまで悪化してしまった原因は彼だ。はじめはこれでいいのだろうか、司くんが何かいうようならばすぐに止めようとおもって恐る恐る送ったメッセージだった。でも、そんなことにもすぐに司くんが反応を返してくれたから。今日は会えないとおもっていたのに、まるで隣にいるようにすぐに返事をしてくれるから。徐々に楽しくなってきてしまって、気がついたら普段話さないようなくだらないことばかりメッセージにのせていた。
…流石にしばらく返事がなくなった時は嫌だったのかと不安になってスタンプを送ってみたけれど、結果として移動での無反応だったようなのでそれを除くと司くんは全てのメッセージにリアクションを送ってくれている。
「意外と、嬉しいものなんだね」
こうして文字で相手を感じることができるというのは、今まで興味がなかったけれど楽しいものだった。反応を返してくれると嬉しいし、そこからまたどんどん会話をしたくなる。そうすると絶対に馬鹿みたいに長くなってしまうからやり取りはワンキャッチワンリリースまでと自分にルールを科しているが、それもなかったらもっとこの画面に夢中になってしまっていただろう。
でも、やっぱり。
[メッセージ、意外と慣れてきたけどやっぱり直接のほうがいいね]
ネタがなくなったわけではないけれど、素直な気持ちを伝えたくなって指を動かし、少しためらった後に送信ボタンを押した。すぐに既読がついて、またぽこんとスマホが音を立てる。
[そうだな]
たった四文字のその返事だけでも彼が同じことを考えていることが伝わってきて、思わず笑ってしまった。このメッセージのやりとりはかなり新鮮で、新しい発見もあった。でもやっぱりメッセージなんかじゃ足りないくらいには自分達は話したいことで埋め尽くされていて、送れば送るほど、やりとりを重ねれば重ねるほど、隣にいない違和感の方が大きくなってくる。普段ならば別に1日一緒にいないということもないわけではなくて、その時はまた会うからと特に特別に思ったりもしていなかったものだが、やはりこうして存在を感じつつも隣にいないことが分かるとなると感じ方も違うようだ。
「はやく会いたいな」
そうすればきっと、たった2日間のことなのに彼はそれに見合わないくらいのお土産話を用意してくれているのだろう。いまから得意げな声が聞こえてくるようで、その時が楽しみで仕方ない。
ぽこん。またメッセージがとどいた。あちらからのリリースで届くことはあまりなかったのでなんだろうと思ったところで、一枚の写真が送られてきていることがわかった。そのまま開いてみると…満面の笑みを浮かべた司くんの自撮りがどーんと写し出される。どうやらホテルにいるらしい。窓に向かって外の光景を見せてくれようとしているようだが、比率が司くんの方が多いのでそちらには目がいかない。これをとったのは咲希くんだろうか?渾身のポーズを撮影する仲のいいふたりの姿が浮かんでくるようで、声に出して笑ってしまった。
彼が帰ってくるまであと1日。少しだけ隣にいないことを感じると寂しくもなるけれど、慣れないメッセージも存外、悪くないのかもしれない。