第四話 変わらない梓が変わろうと動き始めれば、少しずつ変化は訪れた。
件の彼には金輪際関わってくるなと伝え、脅迫めいたことを言われ怖気付きそうになるがポケットに入れていたボイスレコーダーを見せれば、すぐに走って帰って行った。
両親にも、自分のことで言い争いをしないでくれと伝えつつ変わりたい旨を話す。もちろん、焦らずゆっくりでいいと言われ順調に事は進んでいた。
アズイルとの会話は日に日に短くなっていったが、それでも『できたこと』や『変われたこと』を伝えるには十分だ。
楽しい毎日が続けばいいのに──だが、それは叶わないことだと心の内では分かっている。
それでも、心から信用できる友を失いたくはなかった。
『ああ、そうだ』
「どうしたの?」
『仲間の一人に教えてもらって……ちょっと待っててくれ』
相変わらずの野宿だが、どうやら辺りの動物たちは大人しいようでアズイルを見つけては足に顔を寄せ、スリスリと懐いている。
その頭をたまに撫でながら、琴を取り出すとキラッと光りが現れ吸い込まれていった。
「うわぁ……!」
『エーテルの力で楽器をいじると音を変えれるって知ってな……ほら』
アズイルが軽く弦をひくと、不思議なことにグランドピアノの……梓が聴き慣れた音が出てくる。
「うぅっわあぁ……すっげぇ……!!」
『僕も初めて知ったんだが、そんなに喜ばれるとはな……』
ちょっとだけ嬉しそうに笑って、アズイルは琴を奏でた。ピアノの心地よい音が辺りに響き、懐いていた動物たちも足音で伏せると眠り始める。
「そういえばさ」
『うん?』
「恋人とは仲直りできたの?」
『!?』
琴に視線を移していた彼は、相変わらず猫のように素早く反応をすると顔を真っ赤にして目線を逸らした。
『……それは、その……』
「まだなの?」
『いや、謝った……けど……顔を、その……合わせづらくて……』
罪悪感みたいなものだろうか、梓が首を傾げているとアズイルは吃る。
『その……実は』
こっちに来い来いと手招きされ耳打ちする形で、何があったのかを伝えてくれた。
「えっ……えぇ!?」
『……』
真っ赤だったのが更に真っ赤になり、ゆでダコみたいになっているアズイルにつられて梓も顔を赤くする。
果たして何があったのやら……。
恋人となれば、そんな事もあるのか……と純粋な16歳の少年、華月 梓はピアノの前に座っても尚、聞いた内容が頭から離れなかった。
『そ、そういえばだ! お前の方は何に写ってるんだ?』
「え? 死んだおばあちゃんの形見のドレッサーだけど……」
『ドレッサー? ……ああ、化粧台の鏡に写ってるのか……』
「あれ、前に言わなかったっけ……」
『僕のは拾った手鏡に写ってるとは言ったけど、そっちが何に写ってるかは聞いたことないぞ』
なるほど、そうだったか……そう思えばアズイルと初めて会った時は動揺しまくっていたなぁ、と思い出す。
すっかり懐かしい記憶だ。
「……おばあちゃんはさ、最期まで僕のことを心配してくれてたんだ」
『ふぅん』
「親はいつも言い争ってるし、中学で引きこもりになっちゃうし……今、僕が少しずつ変わってきてるよって伝えたくても……死んじゃったしね」
『……いつごろ亡くなったんだ?』
「アズイルに会う少し前。おばあちゃんはよく僕の部屋に来てくれてて……亡くなる前に、このドレッサーをくれたんだ。僕は男だから化粧なんてしないって言ったけど、これは大切なものなんだって」
『……なるほどな』
顎に指をあて少し考える素振りをしてから、首を横に振ると琴を脇に置いた。
「あれ?」
『……少し疲れたんだ』
「そっか……おやすみ」
『ああ、おやすみ』
が、鏡の通信は自分たちで切れるものではないため、眠るまで見ていることなんてざらだ。
今日もアズイルと話しているだけで21時になっている……自分も、今日は寝ようかなと布団に入ると久々におだやかな眠りについた。
こんな時間に寝るのは久々だ──ゆっくりと眠っていると、明け方に誰かの叫び声で目が覚める。
『なんなんだ、お前ら……!』
梓が寝ぼけ眼で起きると、アズイルが腕や頬から血を流しながらも弓を構えていた。
「アズ……!?」
『悪いな、起こして……けど、そっちまで気を回す余裕がなくてな……!』
数人の仮面を被った人たちに弓矢を向けられていて、自由に身動きが取れないようだ。梓はオロオロしながら、どうしたらいいんだろう……と考えて真っ先にピアノに向かって走っていった。
鏡の向こう側が見えない彼らにとっては、アズイルが独り言を言っているのだと思ったようでクスクスと笑っている。
「僕は、こんなことしかできないけど……!」
どこからともなく奏でられる旋律──人の恐怖を煽るような曲調に、仮面を被った者たちは怯んで矢を収めてしまった。
その隙を逃さず、一人一人に弓矢を放つアズイル。すぐに弓矢を構えるが、そこにはすでに彼の姿はなく背後から矢を放たれ倒れていく。
旋律が止む頃、仮面を被った者たちは地に伏せていて梓は驚いた顔をする。
『一人だったら危なかったな……ありがとう、助かった』
「う、ううん……それよりもアズも怪我は……」
『……ん、ああ』
弓を宙に放つと微かな光りと共に形状を変え杖になり、それを右手に持つと何かを唱えた。
『【ケアル】』
優しい光りでかすり傷が少しずつ消えていく不思議な光景だ。魔法を二回も見せられては梓も瞳を輝かせる。
「すっっっげぇ〜……!!」
子どものような反応に、アズイルは小さく笑った。そこで、ふと思った疑問を投げかける。
「そういえば……アズはどうして旅に出るようになったの?」
『……え』
「いや、なんとなく……さっきの動き見てたらさ、相当長い時間旅してるんだな〜って思って」
『……まぁな』
「……?」
暗い顔をする彼に、梓は首を傾げた。
「えっと……その、アズが旅に出始めた理由を知りたいなー……なんて」
『……それを聞いてどうするんだ?』
「え?」
『人の過去話なんざ聞いたって楽しくないだろ』
「そんな冷たい言い方……」
『そうやって詮索されるのはムカつく』
グッと突き放され、拳を作る。
「……なんだよ、いつも……僕ばっかり」
『……?』
「僕は、アズのこと……友だちだって思ってた」
『それ、は……』
「けど、アズは違うんだろ……」
ようやく色付いて綺麗になってきた世界が、また色褪せて色を失っていきボヤけていく。
ようやく好きになれた雨がうるさくて、鬱陶しくなって嫌いになっていく。
全て嫌いだ。
『どうせ、君も同じなんだろ!』
『口にしちゃダメだ』
『嫌われる、せっかくの友だちが』
『友だち? 彼は、一言でも自分のことを友だと言ったか?』
──疑心は、確信へ。
「嫌いだ……」
『梓っ……僕は……!』
「アズなんか大っ嫌いだ!! どっか行っちゃえ!!」
言ってしまった。
最低なことを、大きな声で。
途端に、鏡にヒビが入りアズイルの姿が消える。
ハッとして前を見るが、そこには自分が写っているだけだ。
「……最低、だ……」
そうだ、こんなこと言って……本当に友だちじゃないって思っていたのは。
「僕の、方じゃないか……」
何度も悩みを聞いてもらっていたし、色々なことを教えてくれた。
それなのに……。
「ごめん……ごめん、なさい……」
その場にガクッと膝を落とすと、床にポタポタと水のシミが増えていく。
「ごめんっ、なさい……」
嗚呼、今日も暗くて色あせた朝がやってきた。
続