第六話 温もり街に繰り出せば、楽しい時間の始まりだった。
「これがスカイツリー、上まで登れるんだ」
「敵は出ないのか?」
「何も出ないよ……」
相変わらずのアズイルに、梓は苦笑いを浮かべる。
中に入り上へと昇るエレベーターに載ると、予想以上の反応を見せた。
「すっっっげぇ、高い……!! 街並みも……全然、見たことないぞ……!!」
「はは、気に入ってくれたようで何よりだよ」
こうやって見ると、物珍しいものや初めて見る物には興味津々になるようだ。
大人っぽいなとは思っていたが、やはりなんだかんだで同い年なだけあるなぁと梓は思いつつエレベーターから降り、アズイルを連れて双眼鏡を指さす。
「これで東京の街並みがぱーっと見れるよ」
「とーきょー……よくは分からないが、この街の名前か? どこまでがとーきょーの領土なんだ?」
「りょ……うーん、そうだなぁ……一応は県境があるけど……」
「ケンキョー?」
完全に世界と文化の違いに、アズイルはジト目で首を傾げる。この反応も見慣れたなぁ、独り言を呟いてからアズイルが双眼鏡から何かを見つけてじっと見つめていた。
「何を見てるの?」
「この……建物はなんだ? 監視施設か? それとも……拷問施設か……?」
「えぇ……何の話……?」
右側の方を開けてもらって、一緒に見ると遊園地のことを言っていたらしい。
「ああ……浅草花やしきか。行ってみる? 古い遊園地なんだよ」
「ゆーえんち……」
連れてった方が早そうだな、と思った梓はエレベーターに乗り再び降りると道をしばらく歩いていく。
途中に色々な物を見ては口をポカンと開けて見上げたりしていて、完全にお上りさんのようなアズイルだ。きっとしっぽが出ていれば沢山動いているのだろう、見れなくて少し残念だが仕方がない。
「アズ、ちょっとごめん」
「ん……む、なんだこれ」
帽子が落ちないようにゴムで固定するタイプで、幼稚園の子などがよく使っている。
「っふ……幼稚園生……」
「はぁ?」
「ううん、なんでもない。行こう」
ようやく見えてきた花やしきの壁を見て、またアズイルはお上りさんになった。
「入場料払って……っと……入るよ」
「なんだ、この紙」
「これを入場口にいる人に渡して入るんだよ」
「あの人か……」
恐る恐る渡すのを、梓は後ろから微笑ましく見守る。無事に入れたのをホッとしてからキョロキョロしているのを見ると、楽しそうだなぁ……とつい思ってしまう。
「何から乗ろっか」
「……皆、なんで悲鳴を上げてるんだ?」
「え? ……あー、ジェットコースターだね」
「じぇ……?」
「ジェットコースター、凄く早い乗り物なんだよ」
「へぇ……」
アズイルが観察している途中に引っ張られて連れて行かれ、列に並ぶ。少しずつ迫る順番に、だんだんとソワソワし始めた。
「……」
「大丈夫だよ」
「お、おう」
いよいよ順番になると、梓とアズイルは一番後ろの席に二人で並んで座る。今か今かと、二人は動くのを待った。
そして、いよいよ動き始める……軋んだ音をたてて出発するコースター。ゆったりと坂を登り始めて……それから、斜面を素早く滑り落ちる。
「わーっ!」
「おおぉ、わわ……!」
楽しむ梓と、初めての体験に不思議な声を上げるアズイル。しばらく二人は声を上げていると、ジェットコースターは終わり搭乗した場所へと戻ってきた。
「面白かったね、アズ!」
「おう!」
目をキラキラとさせるアズイル。楽しかったらしい。
しばらくアトラクションを回ったら、アズイルのお腹がグゥ〜と鳴った。
「……そういや、昨日の夜から何も食べてなかったな……」
「昨日から!?」
「ちょっと色々とあってな」
何があったのか気になるところだが、ひとまずは聞かないでおいて梓は彼を連れて花やしきを出ると、雷門へと向かう。
その周辺にあるお店で、食べ歩きを始めた。メンチ、肉まん、唐揚げを食べてモナカとメロンパンと……アイスクリーム。
どれも食べたことがないのか、アズイルは目を輝かせながら食べていた。ちなみにメンチと唐揚げを食べていた時は熱くて、地獄を見ていたが……。
食べ歩きをしつつ、梓は気になったことを彼に聞いた。
「……どうして、アズはあの時……僕を助けに来たの?」
「あの時? ……ああ、今朝のことか。宿屋で寝てたら急に変な光りが差し込んでな。朝かと思って起きたら、お前が写ってて……高いところから飛び降りるように見えたから」
手鏡はドレッサーの鏡よりも相当小さいはずだ、梓の状態だけを見て状況を察するのは流石の観察眼だ。
「……そっか」
食べているきなこ餅を頬張りながら、嬉しそうに笑う。すると、屋台の人が二人の顔を見て笑いながらみたらし団子を渡してきた。
「え? あの……」
「あんたら、双子かい? 別嬪じゃないか」
「いや、僕たちは男で……」
「おお、そうだったのか! 男前に失礼だったな! それ、食ってくれよ」
「いいんですか?」
渡されたみたらし団子を見て、アズイルは首を傾げながら聞く。
「おうよ、少し売れ残りそうだからな! 食え食え!」
「ありがとうございます」
「ありがとうございます!」
二人でお礼を言ってからベンチに座って、ゆっくりと食べ始める。空からは太陽が照りつけていて、とても眩しく感じた。
「……この世界も、いい人はたくさんいるんだな」
「うん。アズの世界にもたくさんいる?」
「ああ、いる……死んでった仲間もいたけどな」
それが普通の世界なのか……普段から戦っている、という雰囲気があったのを梓は少しだけしゅんとしながら聞いている。
「そんなにしょぼくれるな、仕方ないさ。運命だったんだ……死ぬことは……」
そう言いたくはないが、そう言って前を向くしかない──瞳は悲しげな強い光りを放っていた。
「……アズは、強いね」
「強くないさ、これでも……色々と悩み事は沢山ある。自分を偽ってるだけな時だってある……人は、完璧になぞなり得ない」
それは、エゴのような真実。
「……帰ろっか」
「ああ」
団子を食べ終えると立ち上がり、二人で梓の家へと歩いて行く。
だが、途中であからさまに不良っぽそうな五人組にアズイルがぶつかる。
「ごめんなさい」
すぐに謝れる彼は怖気付いていない。
「なんだてめぇ、前見て歩けや!」
だが、彼らはアズイルの胸ぐらを掴んで殴りかかろうとした。
パッと右手で相手の左手を掴むと、前の方に足を出して顔を蹴り上げる。すぐに後ろに下がって着地するとアズイルは弓を持ち背に右手を回し、矢を取ろうとする動きを見せるが、もちろんそんなのはない。
「……ない」
「全部荷物置いてきたんだろ!?」
「そう言えばそうだったな」
すぅっ、と一つ息を吐いて目の前を見据えた。
「アズ……」
「大丈夫だ、下がってろ梓」
「なんだ? コイツら同じ名前で呼びあってのんかよ!」
「双子で同じ名前かよ、だっせぇ〜!」
が、一人がグッと唾を吐き出す。アズイルの拳がお腹に入っている。
「コイツ……!」
「おっと」
バッと他の不良が振る拳をひょいっと避けると、回し蹴りを入れて横に小さく飛ばすと次に殴って来るヤツの拳を受け止めて、足払いすると簡単に姿勢を崩して地面に大の字になった。
あとのヤツらは倒れてるヤツを連れて、悲鳴をあげながら逃げていく。
「なんだ、骨のないヤツらだな」
「あ、アズ……すっごく強いんだね……」
「まだまだだ、アイツにちょっとだけ教えてもらっただけだしな」
「アイツ?」
少し考えて、梓は察した。
「恋人?」
「………………」
顔が赤くなった辺り、正解らしい。
「まぁ、正確にはその……恋人じゃなくて……」
「え、結婚してるとか?」
「なんで分かるんだよ!?」
アワアワと更に赤くなるアズイルを「純愛だね〜」とおちょくりつつ、一番聞きたかったことを帰路につきながら聞いた。
「その……よかったらさ、教えてくれないかな? アズが……旅に出ようと思ったキッカケ」
「……そうだな、あまり気分のいい話ではないぞ? 話もちょっと難しいかもしれないしな」
「それでもいいよ」
それから、彼のあったことや体験したことを一つ一つ梓にも分かりやすく説明してくれる。
父と母の生い立ち、母の死、父の死と音楽と楽器と歌。
それから、集落のことと小さいながらに出た旅の話。
どれも辛い話だったが、しっかり聞いていた。
「……アズ、大変だったんだね」
「ああ……けど、もう慣れたさ。それに、今は仲間もいるからな」
優しく笑う顔に、本当に心から信頼している仲間がいるのだなと思うと梓は安心して笑う。
「……僕も、覚悟決めなきゃな」
「ん?」
「その……前に、学校でいじめにあってたって言っただろ?」
「ああ、がっこうがなんなのかよく分からんが」
「頑張って勉強して、音楽の専門学校に行こうと思うんだ」
専門と言うのだから、その分野のものだろうか……アズイルはなんとなく予想づけると、こっくりと頷いた。
「いいんじゃないか?」
「へへ……僕、将来は音楽の先生になるよ! アメリカの音楽学校の話も受けて……世界で、色んな人に僕のピアノを聴いてほしいんだ!」
少しずつ沈み始めた陽に照らされ、梓は笑う。
「僕みたいに、いつまでも雨が降ったままの人を助けたいんだ」
「……いいんじゃないか? お前なら、できる気がするよ」
「うん……アズが、僕に……空の綺麗さを教えてくれたからだ」
もう、あの時みたいにくぐもったり色褪せたりしない世界だ。
大変なことは色々とあるだろう、両親が死んでしまった今は叔母に迷惑をかけることが多くなってしまう。それは胸が痛くなったが、前に進むことを諦めたくはない。
「……お前の未来は、綺麗な空色だな」
小さく呟くアズイル。梓には聞こえていたようで、照れくさそうに笑う。
そんな話をしていると、いつの間にか二人は家に着いていた。
朝、家に来た時と同じようにアズイルはベランダに跳び、梓は玄関から入っていく。
叔母が夕飯を作っておいてくれたようで、夕飯をレンジで温めてから部屋に持っていくと中に入れる。
ようやく解放された耳としっぽが、これでもかと言うくらいにピクリピクリと動いた。
「ふぅ……」
「可愛い耳だなぁ……僕も、猫飼っていいか聞いてみようかな……」
「ねこ?」
首を傾げるアズイル。仕草一つ一つは、やはり猫っぽい。
「ううん、なんでもない。ご飯食べてお風呂入らないとね」
お風呂が好きなのだろうか、ゆったりと尻尾を左右に揺らしながら椅子に座るとラップを取る。
二つのお椀に入ったお米がホクホクと湯気をたてているが、アズイルはそれをじっと見つめた。
「……なんだ? これ」
「え? お米……って、知らないの?」
「おう」
相変わらず文化のギャップ差に悩まされるが、仕方がない。
箸の使い方を教えつつ、梓は一緒に夕飯を食べ始める。
久々に誰かと晩ご飯を食べるのは久々だな、と嬉しそうに笑いながら食べていた。
続