プロローグ──やっぱり、弾けなかった。
あれ程までに大好きなピアノが、手が震えて弾けない。
椅子から立ち上が^ベットに乗り壁に背をつけ膝を抱えると、顔を俯かせる。
……ああ、まただ。
また、喧嘩している。
父の怒鳴る声と母の叫ぶ声。どちらもうるさい、僕の大好き『だった』音楽にはいらないものだ。
消えてしまえ、消えろ。
……違う。
消えてしまえばいいのは、僕の方だ。
「もう嫌だ……何もかも……」
居なくなってしまいたかった。
目尻に滲む涙を強引に擦って、必死に泣かないようにする。
誰も信じられない、誰も信じたくない。
外から聞こえる雨の音と共に、顔を上げた。
何の色もない、真っ白な世界だ。
つまらない、苦しい。
何より、寂しいと思うのはどうして──。
……ふと、琴の音が聞こえる。
どこからだろう、とぼんやりした瞳で探すと……祖母からもらったドレッサーからのようだ。
聞いたことのない旋律に、つい耳を傾けた。
心地の良い音色だ……ずっと聞いていたくなる。
だが、次に聞こえてきたのは。
『♪僕は〜時をぉ〜旅ぃ〜するぅ〜吟遊〜詩人んん〜♪』
「ヘッタクソだなぁ!」
聞こえてきた歌に思わずツッコミを入れる。
すると、鏡の向こうに奇妙な光景が写っているのに気付いた。驚いて、ドレッサーに近づく。
夜の森の中、風に揺られて葉っぱが優しく音を立てて揺れている。
明らかに、僕の部屋とは違った。
「……僕の部屋じゃ、ない……」
『……誰だ?』
ビクッと身体を震わせながら、鏡を見ていると視点が移動していき、映るのは僕とそっくりな……猫耳を生やした人間だった。
「……僕……だ……」
『……は?』
向こうも、僕とそっくりなことに驚いたのか目を見開く。
これは──僕、華月 梓(かづき あず)の摩訶不思議な出会いの話だ。
続