喧嘩にならない居場所。やめてほしい。
やめてほしくない。
本当はどっちなんだ。
事の発端はほんの些細なこと。
夜狩の宿泊先で部屋が一緒になった。
秘め事の恋仲だけど藍曦臣が手配してくれた。
それまではいい。問題はそこから先だ。
「曦臣、寝台が一つだけってどういうことだ?」
寝台一つと二人が一緒に入るのには少し狭さを感じる風呂桶。
「曦臣と一夜を共にするとか考えてもないし実行したくないからな」
「まだ恋仲を内緒にするおつもりですか?」
内緒にしてほしいと頼んだのは江晩吟の方だ。
「…せめて寝台は二つにしてくれないか?」
共寝をする勇気もないから少しぶっきらぼうにひねくれてみた。
「嫌です。恋仲だから共寝してもいいでしょう?」
「嫌だ。曦臣のばかっ…やめてほしい。共寝したらどうなるかわかっているんだろ?」
江晩吟は藍曦臣の背中をぽこぽこと甘えた子どものように力を弱めて叩きつけた。
「私の欲求が抑えられなくなります。…背中を叩きつける晩吟も可愛いですね」
そう言って藍曦臣は江晩吟に向かい合わせになるように振り向き、俺の手を握る。
「晩吟、本当はやめてほしくないんでしょう?寝台一つで共寝したいんでしょう?」
「……」
藍曦臣の優しい眼差しに見つめられ、江晩吟は言葉を失ってしまう。
この眼に見つめられると何も言えなくなってしまう。
口喧嘩どころじゃなくなってきた。
藍曦臣とは喧嘩なんてできやしない。
すぐに悟られて心の中を読まれてしまう。
「やめてほしくない…一緒に寝てほしい」
「よく言えました」
そう藍曦臣が微笑んで頭を撫でてくれるから、藍曦臣が俺を怒らせないように宥めてくれるから、傍に居ることができる。
唯一の心が落ち着ける場所。
喧嘩腰にならないで過ごせる場所を藍曦臣は作ってくれる。
だから…大好き。
「曦臣、共寝はいいけどなにもするな」
「我慢できるでしょうか」
藍曦臣は江晩吟に優しくにっこりと微笑んだ。
それから白い衣装を脱いで湯呑みをし、一緒に入るように促した。
「…二人きりの時だけだ。許す」
二人きりの夜が始まる。