夢を現実に…「これは何だ?」
江晩吟は見慣れない置き物を棚の中からふと目にして取り出した。
「魏公子から借りた香炉です」
江晩吟が手に取った香炉は、閉じ蓋が閉じずに開け口がひび割れていて歪な形をしている。足元の支えには、四脚あるかと思われる支えが三脚しかなく、不安定さがある。
「この香炉、使い物になるのか?」
「なりますよ。この香炉を使って現実にはないことを想像するのが最近の楽しみなんです」
「…そうか…」
不安定さがあり、歪な形をした香炉を江晩吟はくるりと回しながら全体を香を入れる部分までのぞいている。
香炉には興味はないが、魏無羨はどこで購入したのか気になる。
「藍宗主は香炉を使ってどんな想像をするのか?」
「それは江宗主には秘密です」
藍曦臣には人には言えない秘密がある。
その秘密を香炉を使って夢で想像している。秘密を知られぬよう毎夜使用している。
口許を綻ばせながら江晩吟の背筋の伸びた座り方、鼻筋の通った美しい顔立ちを藍曦臣は眺めている。
藍曦臣の秘密は江晩吟から告白されたい。
香炉が割れたら夢の想像の願いが叶うらしい。
「そうなのか…藍宗主の秘密を知りたい」
「それは内緒です」
魏無羨から借りた物だからきっと何かあるはずだ。香を入れる部分まで覗いてみても何も変哲もない歪な形をした香炉である。でも、なにかそそられるものを江晩吟は感じていた。
それならば落として割ってみようと江晩吟は思い付いた。
「藍宗主、使わなければ、落としてみてもいいか?」
「落としてみるのですか?ひび割れている部分もありますし、落としてみてもいいですよ」
香炉を落としてみると藍曦臣に聞いてみたのだが、慌てる様子もなく平静のままににこやかに藍曦臣は承諾した。
江晩吟は両手を離し、香炉を床に落としてみる。
床に落とされた香炉は、ひび割れているのもあってか、一瞬にして粉々になった。
パリンという緒とが寒室に響き渡って、周囲の空気が静かになる。
「割れましたね」
藍曦臣は苦笑いを浮かべていたがわりとあっさりとしている。
粉々になった香炉の欠片をザクザクという音を立てながら、箒を使って江晩吟は清掃をする。
香炉が割れても何も反応はないし、何かが起こることもない。
「割れてしまいましたね。破片の片付けまでしてもらってすみません」
「香炉を割ったのは俺の方だから清掃をするのは当たり前だ」
清掃を済ませた江晩吟は、藍曦臣の正面に座った。すると、藍曦臣の正面に座っただけなのに、江晩吟の胸の鼓動が早くなってくる。
ドキドキする胸の高鳴りの音が藍曦臣に聞こえてしまいそうで顔が紅くなった。
このドキドキする感じは一体何なんだ。今まで何も感じなかったのに。
「江宗主、どうかしましたか?」
胸のドキドキする音に連れて、今まで藍曦臣に伝えたかった言葉を言いたくなってくる。
江晩吟は、心臓を押さえながら、藍曦臣の眼を見つめて自分の今までの想いを伝えた。
「藍宗主、ずっと貴方の事が好きでした」
「やっと言ってくれたんですね。江宗主、私も貴方の事をお慕いしておりました」
お互いに想いを告げた事で、江晩吟の胸の鼓動は落ち着いてくる。
両想いだったんだなと二人して照れ笑いをする。
「江晩吟、これから恋仲としてよろしくお願いします」
「藍曦臣、俺の方こそよろしく」
二人は微笑み合いながら額同士をくっ付け合った。
割れたら願いが叶う香炉は、見事、藍曦臣の夢の想像を現実にすることができた。