「機械市場の少年英雄」「そこな少年、強くなりたくはないかえ?」
ふと、気がつけば、知らない場所に在た。この街の景色は日々、変わる。昨日あった建物が今日はもう其処には無いことなどめずらしくもない。日毎、破壊されてゆく街。街だけではない。昨日まで毎日いっしょに遊んでいた子が、今日はもう何処にもいない。街も、人も、みんな破壊されてゆく。けれど、此処はどこか奇妙だと、立ち止まってあたりを見回していたアーロンに、先程まで其処にはいなかったはずの老婆……らしき人物が声をかけてきた。アーロンはその老婆に近づいて、顔を覗き込もうとしたが、よく、見えない。目も鼻も口も何処にあるのかわからない。闇い顔から声だけがする。
「強さを求むるならば、少年、汝は運が良い。今日はそこに市がたっている」
老婆がわずかに顔を向けた先を見ると、そこには小さな市場の賑わいがあった。市場にはたくさんの人がいるようにも、ほんの少しの人しかいないようにも見えた。声はするが小さくて何を言っているのかよく聴こえない。ともすれば知らない異国の言葉のようにも聴こえる。アーロンは、仄かに青くひかる市場の入口へ目を凝らした。
「何を、売っている市なんだ」
「何でも。汝が強くなりたいと願っているならば、強いカラダが手に入る」
強くなりたい。そう思いながら赤黒く焼けた地面を睨みつけて歩いていた。それを見透かされたようで何やらぞっとはしたが、アーロンにとってその言葉は魅力的なものだった。
大切な人を護ることのできる強い体がほしい。いつか再び出会うことができたなら、そのときはもう二度とその手を離すことのないように、強い強い、力が欲しい。
市場に足を踏み入れると、わっ、と賑やかな空気が押寄せてきた。連なる店先には品物が山となり、着飾った人たちが笑いながら買物を楽しんでいる。アーロンは、もうずっと昔、父親に連れていってもらった市場の事を思いだした。初めての市場は何もかもがめずらしく、ヒーローと一緒に走りまわった。その時の市場に、何処か似ている。違うのは、もう、隣にいた父親も、ヒーローも、いないという事だ。アーロンは追憶の彼方に彷徨いながら、ある一軒の店先で足を止めた。青白い大きな石で出来た露台に、たくさんの銀や鋼、赤銅や青銅、黒鉄の塊がならんでいる。よく見ると、その塊は何やら複雑な構造をしていた。小さく、細かい部品が絡み合ってひとつの塊となり鈍いひかりをはなっている。
「これは、何」
「身体の一部だよ。腕、指、背中、脚、胃袋や、骨もある。機械で出来た、身体の一部だ」
店の主はそう言うと、長いケープの袖口から硝子のように透きとおった腕をのばし、部品と部品が擦合い、チーチーと啼いているような音がする曇天色の鉄の塊を手にとった。
「さて、君は、何が欲しい?」
「……そこで俺は、手、脚、その他、身体の殆どの部分を機械と取替えた。ぱっと見、普通の人間と変わらねえように見えるが、この身体は機械で出来ている」
「……そんな、まさか……でも、君の並外れた身体能力、剛健な肉体、人間離れした長い手足に野生の獣のような鋭さ……すべてに納得がいく。そうか、そうだったのか……」
「恐いか?」
「恐いなんてことあるもんか。身体は機械でも、アーロンはアーロンだ。何ひとつ変わらないよ」
「……そうかよ」
「でも……機械の身体、てことは、不死身ってことだよな⁈ アニメでみたことあるぞ! ということは、人間の僕が死んでしまったあともアーロンは一人で生き続ける、てことなのか……? そんな……君をひとりぼっちにさせるなんて……、アーロン、僕も機械の身体になるよ。その市場が何処にあるか教えてくれないか」
「いや……たぶん、いや、もうねえな。だいたい何処にあったかもぜんぜん覚えてねえからな。だからまあ、機械のカラダになるのは諦めろや」
「嫌だ! 僕は諦めないぞ! そうだ、グー〇ルで検索すれば何か手掛かりが……」
「ルーク、めちゃくちゃ検索してるねえ、……どうすんだい、マロンちゃん」
「……まさかあんな荒唐無稽な話、信じるとは思わねえだろ……」
「怪盗殿、ずいぶんと嘘がお上手なんですねえ、OUTWITTERの名は怪盗殿にお譲りしたほうがよろしいかもしれませんねえ」
「黙れてめえと一緒にするな」
あんな、荒唐無稽な、お伽噺のような、戯言を何の疑いもなく信じる。そして、躊躇いなく、俺と同じ道を共に歩いていこうとする。それが、どんな道であろうとも。ちょっとからかってやろうと思っただけなのに、こっちが思わぬ反撃にあってしまう、予測不可能な男、それがルークだってことをすっかり忘れていた。後悔すると共に、どうしようもなく嬉しくて、これじゃあまるで構ってほしくてあまえている子供のようだ。
強くなるために、この身体が人間の何倍もの力を持つ機械のようになればいいと、そう思っていたあの頃。毎日夢想していたことを、つい、口にだしてしまった。ヒーローを護ることが出来るのなら、たとえ人間ではなくなっても構わない。強くなりたい。でも、ヒーローは人間でなくなった自分を、どう思うだろうか。恐がらせてしまうだろうか。そう、考えるたびに胸が痛かった。ヒーローに嫌われてしまうのは、何よりもつらかった。
……杞憂だったな。てめえが惚れた男はそんなことで相棒を嫌うような小さい男でも、恐れるような臆病な男でもなかったよ。そうだ、奴は本物のヒーローだ。そんなこと、もうとっくに解っていたはずなのに。
「もしかしてこれか⁈ アーロン、見てくれ何やら怪しげなサイトを見つけたぞ。国家警察の勘が告げている……ここが怪しい、と。もしかしたらその市場の手掛かりを見つけることが出来るかもしれない……!」
「いや、やめとけその国家警察の勘は当たっているっちゃ当たってるかもしれねえが別の勘だぞ。そのパソコンでアクセスするのはやめておけ。いや、何ためらいなくすすもうとしてるんだよいいからパソコンから離れろおいこら待て、待てだドギー!」
恐れを知らない勇猛果敢なヒーロー。でも、ときにその身をかえりみない、あまりの勇敢さに、相棒はいつもはらはらどきどきして、そして、もっともっと好きになってしまう。好きになりすぎてもうどうにかなってしまいそうな相棒が、英雄のパソコンを強制終了させるまで、あと、一秒。