歌を捧げて~エピローグ最近、月島が子守唄を歌ってくれる様になった。
最初は照れがあったのか、歌詞が聴き取れない程か細い歌声だったが
何回か聴いている内に、低音で落ち着いた声になってきた。
案外良い歌声で聴き惚れる。
これはロシア語の歌?
歌詞は全く分からないが、最後の
「バーユシキ バィユ」
と恐らく聴き取れる歌詞が何とも心地よい。
どこで覚えたのだ?
鶴見中尉から教えてもらったのか?
ロシア語で何と歌っているのだ?
色々聞きたい事はあるが尋ねない事にしよう。
きっとお前は照れて
「夢ではないですか?」
などと言ってはぐらかして歌わなくなってしまうかもしれないから。
子供の時に子守唄を聴いて眠った記憶が蘇り
愛する者に抱かれて眠る心地良さを思い出した。
この男の声、かかる吐息、優しく触れてくる指先
逞しい腕の中、厚い胸から聞こえる鼓動・・・
すべてを独り占めにして甘えたい。
少しでも長く。
***
俺には知っている子守唄がなかった。
歌ってもらった事も歌った事もない。
決して安らぎではなかった眠りの時間を
心地良いものに変えてくれたのは貴方だった。
優しい声、撫でる手、きゅっと抱きしめてくれる腕
甘い香り、艷やかな褐色の胸から聞こえる鼓動・・・
すべてを独り占めにして甘えさせてくれる幸福を知った。
その内、自分も愛する者に同じ事をしたいと思うようになった。
自分が唯一知っている歌。
かの上官が歌っていた、あの歌。
一人きり、自室で骨らしきものを指で擦りながら歌っていたロシア語の歌。
いつも同じ歌。何回か聴いているうちにいつの間にか覚えた。
今思えば、亡き妻子に歌っていたのだろうか?
Спи, младенец мой прекрасный,
Баюшки-баю.
Тихо смотрит месяц ясный
В колыбель твою.
Стану сказывать я сказки,
Песенку спою;
Ты ж дремли, закрывши глазки,
Баюшки-баю.
眠れ我が子 ねんねんころり
明るい月が見守る中で
話や歌にまどろみながら
そっと目を閉じお眠りなさい
ねんねんころり おころりよ
愛しい人は今、自分の胸に埋まっている。
頭を撫でると汗で乱れていた髪が乾いてさらさらになっている。
このまま朝までゆっくりとおやすみ。
夜が明ければ次々と新たな関門が待っている。
この先貴方は進む程重いものを背負って生きていく。
真っ直ぐな人だから逃げずに突き進んで行くに違いない。
だがふとした時に、迷うことも弱音を吐くこともあるだろう。
その時はいつでも俺にぶつけてくれ。
どんなに泣いても怒っても構わないから。
全部受け止めるから。
たとえ周りが敵だらけになったとしても
俺は貴方の側から離れず守り抜く。
絶対に、何が何でも
二人で生き抜いてやる。
※引用歌
『コサックの子守歌』
引用元:Webサイト『世界の民謡・童謡』