3月3日刹那たちCBのクルーは地上にいた。
落ち着かない中東の情勢、崩れ落ちた軌道エレベーターの仮の再興、時折迫ってくるアロウズから逃れるように母艦の修復とカタロンからの補給を受けて、今後について検討を重ねる日々の中、ふとフェルトが思い出したように、「明日、ロックオンの誕生日…」と呟いた。
ライルは単独でカタロンに出向いていっているので不在だった。カタロン所属というのは公然の秘密のようになっていたし、ライルがいるからカタロンとの交渉もうまくいく。しかしこの三人の顔を見なくてすんでよかったかもしれない。
ライルは確かにCBには欠けてはならない存在だ。けれども忘れられない、もう一人のロックオン。喪いたくなかった、大事な仲間。
「ミス・スメラギ」
「なぁに、刹那」
「半日でいい。時間をくれないか?半日が無理なら三時間でも構わない」
「どうしたの?」
今は明るい色をした空を見上げた。
「花を、贈りたい」
「花?」
「今日は誕生日なんだろう?ライル・ディランディと、ニール・ディランディの」
「…」
「ライルは祝える。アイツのことだ。夜には帰ってくるから、ささやかでもいいから宴席を作ってやればいい。だが、ロックオンは一人でいる。だから、せめて、今日ぐらいは」
スメラギは溜息をついて、三時間だけよ、と念を押して刹那たちを送り出した。トレミーにはガンダムマイスターが不在になる時間という危機的状況であったが、三人の顔を見て頷くことしかできなかった。
刹那、アレルヤ、ティエリアは近くの町の花屋で各々花を買う。人工プラントで栽培されている花は季節など関係なく店頭に並んでいて、三人を驚かせた。そして短い時間しかない中で必死に選んだ。
刹那は白い桔梗の花束を。
アレルヤは黄色の大輪の向日葵の花束を。
ティエリアはオレンジ色の花菱草を。
ラッピングはしてもらわず、簡単に紙で包んで持ち帰った。
「ハッチを開けてくれ」
刹那の要求にスメラギは「ほんとにしょうがない子達ねぇ」と苦笑しながらガンダム各機を発進させた。
「いいんですかぁ?」
ミレイナが不安そうに言うのを聞いて、少しだけ辛そうに笑う。
「行かせてあげましょう。彼らにとって、亡くしてはいけない人を亡くしたんだから」
ガンダムで上れるところまで上る。途中成層圏を抜ける時に「成層圏の向こう側まで狙い撃つぜ」と言った言葉がよぎり胸が痛んだ。
そこも通り抜けて、完全に地球が見下ろせる位置まで上昇し、ガンダムはその場で止まる。タイミングを合わせたわけではないのに同時にハッチが開き、宇宙に花が流れた。マイナス200度以下の空気がない宇宙では花はすぐに凍ってしまった。
刹那の桔梗も、アレルヤの向日葵も、ティエリアの花菱草も。
砕けてしまった花弁もあり、漂う凍った花に、胸をよぎるのは痛みだけだ。
ロックオン
ロックオン
ロックオン
帰って来て欲しかった。
一緒に未来を変えて行きたかった。たとえそれが痛みを伴っても。自分達の過去の悔いという激痛を押しつけられても。
それでも平和になった世界で、一緒に手を取って笑いたかった。
アレルヤの小さな嗚咽が聞こえる。
ティエリアも声は聞こえないが、涙を流しているに違いない。自分と同じように。
「ロックオン。お前に、誕生日おめでとう、と言いに来た」
声が震えるのが解った。けれど刹那は語りかける事をやめる事が出来なかった。
「守秘義務なんてもうない。お前の本名も知った。なぜ、お前がCBに入ったかも知った。お前が最後まで気にしていた弟は元気だぞ。ライルは一緒に行動している。お前は不本意かもしれないが」
ヘルメットの中に涙が丸くなって漂う。
「聞こえているか、ロックオン。もし、お前が俺達の声が聞こえているならば、一緒に帰ろう。トレミーへ。俺達の家に、帰ろう」
それだけ言うと、刹那はもう声が出なくなった。
「ロックオン…」
通信が入り、時間ですぅと言うミレイナの声が帰還を促す。
ハッチを閉めて、その宙域を後にしたが、後ろ髪を惹かれる思いだった。
「ロックオン」
ちゃんと会って言いたかった。おめでとう、と。それから、俺達は変わらずにお前のことを思っていると。そして、願わくばあの笑顔と共に帰って来てくれることを望んでいる、と。
地球の重力を感じながら刹那は眼下に広がる地球の色に涙をこぼす。
誕生日おめでとう。
だけど、どうしてこんなに悲しいんだ。祝うはずの言葉なのに。涙が止まらない。
「ロックオン」
自分の名を呼ぶあの声が懐かしく、悲しく、切なくて、刹那はゆっくりと地上に降りて行った。
[Fin]
花言葉
桔梗:変わらぬ愛
向日葵:あなただけ見つめている
花菱草:私の願いを叶えてください