例のあの部屋〜番外編〜「じゃあ、今回の定例会議を始めるわ」
凛とした声が響くのは大魔王城の一室、会議室だ。
臨む面々は各国の魔王と大魔王を敬愛してやまないアストルティアのモンペたち。いや、魔王たちも含めて全員が大魔王のモンペだった。
議長を務めるのはこの会議の発案者であるイルーシャだ。強い意志を宿した灰色の瞳が長机につく面々を見渡す。
「今回の報告を」
その言葉に何人かが挙手をする。イルーシャが最初に指名したのは、ファラザードの魔王ユシュカだった。
ユシュカは立ち上がり、ファラザードを訪れた少女の動向を報告する。それに度々ウテンが補足を入れた。
「成程、交際は順調のようね」
「順調というか、流石にこれは遅すぎませんかね?」
うんうんと頷くイルーシャにウテンが唇を尖らせて苦情をいう。
「確かに見ていてもだもだはするわね」
「ここらでハプニングとか起こしてみるのはどうかな?」
定例会議も今回で何度目だったか。両手では足りない程に開催されているそれは、ほぼ大魔王の恋路の応援会に近いものになっている。
なお、ナジーンは全くもってオマケに過ぎず、少女が選んだのではなければ認められていなかった存在だ。
そんな大魔王のモンペたちは、その名の通り過激である。大魔王過激派と言い換えても間違いではないだろう。
「それはアイツを傷つけないだろうな?」
その中でも特別な位置にいる少女の兄が瞳を剣呑に光らせる。
「もちろんだよ。最近面白い魔術を見つけてね」
それに若干黒い笑みを見せながら、発案者であるアスバルが魔術理論を話し出す。魔術に精通しているものにしか分からない話なので、イルーシャやアンルシアは置いてけぼりだ。
簡潔にアスバルの理論を要約すると、お題を達成しないと出られない部屋というものを魔術を用いて作るというとんでもない話だった。
「命を奪ったり倫理的なことは禁忌に触れるらしいからできないけど、簡単な手を繋ぐだとか好きだと言うとかそういうことならできるよ」
「それは面白そうだな。早速必要な素材を集めようぜ」
「今度ナジーンにこの城を案内してもらうってはしゃいでたから、まずはどこかで試してみましょ」
はしゃぎながら魔術に長けたものと、錬金術師である兄が術式を構築していく。
試しに部屋を作った場所はネクロデアだった。ジャンケンをするなどという簡単なお題を設定し、それ以外で開くかどうかを検証する。
場所をネクロデアにしたのは誰も来ないからだ。この地に踏み入れられる存在など数える程しかない。都合が良かった。
検証を終えた過激派は、次に部屋を大魔王城に作った。案内という名目でデートするらしいとの情報を入手したからだ。
それからあーだこーだ言いながらお題を考え、結果として落ち着いたのが『えっちなことをしないと出られない部屋』だった。
こうして、上手くふたりを誘導し『えっちなこと』をさせることに成功したのだが……。
会議室はまるで通夜のような雰囲気だった。なんだ、この敗北感は。
部屋の中の様子は分からないので、部屋の外で待機して様子を伺っていたのだが、扉が開いた原因が耳へのキス。
その後も散々その程度のイチャイチャをしただけで、望む結果にならなかった。部屋の判定が思ったよりガバガバだったからだ。簡単なものしか試してないのがアダとなった。
「……こうなったらもう少し難易度を落として、かつ、限定したお題にしましょう!」
そんな部屋の中でウテンがぐっと拳を握りながら叫ぶ。
こうして爆誕したのが『キスをしないと出られない部屋』だった。次のデート先がゼクレスだと判明したので、アスバルは嬉々として自国にとんでもない部屋を仕込んだ。いいのか。
決行当日。
路地に怪しい集団が発生し、ヒソヒソと囁かれる中、大魔王過激派の皆々様は扉に耳を押し付けていた。
甘い口説き文句にウテンがきゃーきゃーと騒ぎそうになっているのを必死に押さえているうち、不意に鍵が開いた音がして全員の目が点になった。話の流れ的にどう考えてもキスするタイミングが早すぎる。
何が起こったのかあまり理解出来ていないうちに扉から少女が飛び出していって、後に検証した結果、場所の指定がなかったから別の場所で開いたのではという結論に達した。痛恨の極みである。
遂に痺れを切らした過激派集団は、少女の部屋に呪術を仕掛けた。そして、内容をぼやかして過激にした。これでこそ過激派だ。
「まあ、ナジーンさまなら間違っても大魔王さまに手ひどいことはしないでしょう」
「ナジーンだしな」
とはファラザード陣の台詞である。
過激派の面々もナジーンの溺愛を知っているので、そこのところは信頼している。信頼しているが、動きが遅すぎるので蹴り飛ばしているのだ。
こうして爆誕したのが『……ックスしないと出られない部屋』だ。今回は時限式の術式で、術者集団は大変楽しそうだった。
しかしここまでしたのに結果は敗北だった。
ソワソワと他の部屋で報告を待っていた面々に、堂々と部屋の前で待機していたウテンが駆け込んで発狂したのだ。
「普通に大魔王さまがお部屋から出てこられましたァァァ!!」
「えええ!?」
絶叫した集団に対し、兄だけは少しほっとしていたが。
やっぱり妹は可愛いので、血の涙を流してもなんでも嫁に行って欲しくない。いくら妹が熱愛していても、だ。
その後、ユシュカが確認しに行ったところ、ナジーンは少女のベッドでぐっすりと眠っていたという。
服を着ていなくて驚いたが下着は履いていたらしい。
このことはある意味物議を醸した。
もしかしなくとも大魔王は手馴れているのではないか、というものだ。
ユシュカやウテンが探りを入れたところ、マッサージをしたということが分かったが……。
「今度こそは……」
そうして次に決行されたのが『結婚しないと出られない部屋』だった。
バルディスタの月明かりの谷に設置した部屋は、鍵の開いた音すら聞こえず、のんびりと出てきたふたりに、過激派の面々は面食らい、そして事が露見した。
「もう、何してるの」
困ったような笑顔をうかべる少女と、呆れた表情をしているナジーン。
ふたりはいつもの距離感で寄り添っている。
「な、なんで……」
アンルシアは瞳を溢れんばかりに見開いている。大魔王が盟友だと判明した時よりショックを受けているようで何故かと問いたい。
「えっ、待て、この部屋のお題……」
兄が崩れ落ちている。少女は苦笑いを浮かべつつ小首を傾げた。なにゆえ兄が崩れ落ちたのか。
「な、ナジーン……?」
歓喜しているウテンを背景に、ユシュカがナジーンを指さす。
ナジーンは冷静にユシュカに「人を指さすのはよろしくないですよ」と窘めていた。
「結婚、したの?」
イルーシャが震える声で問いかける。
少女とナジーンはお互いの顔を見合せ、少女は頬を染めながらこっくりと頷いた。
「えっ待っていつ? いつなんだい? というか結婚報告受けてないんだけど?」
阿鼻叫喚を背景BGMにアスバルが慌てる。
「いや面倒だから、ふたりだけで……」
少女は恥ずかしげにもじもじしている。いや面倒って? というツッコミは受け付けない。
確かに少女が結婚しようものならアストルティア中を巻き込んだお祭り騒ぎが勃発するだろうが、それはそれである。
「というわけなので、これ以上の手出しはご遠慮願おう」
ナジーンは少女の手を繋いだ。
心得たように少女はアビスジュエルを取り出してとっとと転移してしまう。
「妹……妹がけっこ……けっこん……」
「わたしの、めいゆう……なのに……めいゆう……」
こうして、迷惑極まりない部屋は魂の抜けた過激派筆頭たちの屍が量産されて幕を閉じたのだった。
「…………え?」
「これは……」
To Be Continued……?