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    みずひ梠

    @mizu240

    主に妖怪松版ワンウィークチャレンジ参加作品となるSSを投げています
    よろしくお願いします

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    みずひ梠

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    【百鬼夜行妖怪松】
    物思いに耽る蛟の話

    天象 狐の嫁入りしとしと、しとしと。やわらかにほおに触れる水滴の感覚で、ふっと夢から引き戻された。まだぼんやりかすむ目をこすりながら、あたりを見渡した。陽の光がさんさんと差している。木の葉が、さわさわとゆれている。木々のすきまを通り抜けてで来た風が、湖に波風なみかぜを立てたかと思えば、その水面には波紋はもんがいくつもおどっていた。次いで、空からきらきらとまい降りてくる金糸が目に付いた。──雨が降っている。ようやく、そう分かった。
    気づくまで、それなりの時を必要としたのは、眠気がまだ残っていたのもあるだろうけど、一番は日が差しているのに雨の降り続いている非日常によるものだった。取り立ててさわぐほどめずらしいものでもないけれど、『晴れ』と『雨』という一見正反対に思える二つが共存している様子には、ひとしおの感動こそあれ、若干のとまどいもあるのも事実だ。これはやっぱりまだ、夢の続きなんだろうか。どこかで、そう思わずにはいられなかった。
    『狐の嫁入り』。この天気の事をそういうのだと、いつだったかおそまつ兄さんが言っていたのを思い出した。天気に詩的な名前のついているのが不思議で、根掘り葉掘り聞いて回った。おそまつ兄さんは、あんまりちゃんとは覚えてないけど、と前置きしながら言った。
    『狐の嫁さんが結婚する時のお祝いの行列が、狐火ずらって灯したとしても人目につかないようにする為に、狐達が幻術使って作り出すんだと。そっちに意識を向けて、じゃまされないように……ってね。』
    と。狐達の知恵に関心しつつも、まだ分からない事があった。だから、
    『お祝いの行列って何?』
    そう問い返した。おそまつ兄さんは、ちょっとだけ困った顔をしてから、目を泳がせながら答えた。
    『結婚ってのが何かは……ええっと、恋仲の者同士が、生涯お互いだけを愛し合うって誓いを立てること、な訳だけど……で、とにかくそれやると結婚する奴の親類やら友達やらが総出でお祝いにくんの。行列は、そいつらみんなで足並み揃えて、式の前に心を落ち着かせる為にやってる……筈。たぶん。』
    ……どう見ても、おそまつ兄さんもあんまり知らない様子だった。これ以上質問を重ねたら、兄さんの誇りが少し、くすんでしまいそうで可哀想だったから話題を切り替える事にした。
    『おそまつにいさんは、狐さんに会ったことある?』
    その問に、兄さんはわずかに目を見開いてから、ふっと伏せて答えた。
    『……あるよ。まあ、俺にとっちゃ大分前の話だから、顔なんてろくに覚えてないけど。』
    そう言ったおそまつ兄さんの顔が、ひどく悲しそうで、さみしそうで、なにか助けにならないかと口を開いた直後、おれが言葉を発する前に、おそまつ兄さんが声を出した。
    『世間様はこの雨の事、狐の嫁入りって言うけれど……俺はなんとなく、この雨はお前っぽいような気ぃするよ』
    『……おれ?』
    あまりにすっとんきょうな話に、聞き返せずにはいられなかった。
    『うん』
    目を閉じて、にこやかに笑いながら続けて言った。
    『いちまつは〝明るい水〟って感じするから』
    ……その時は、確かにそうだと思った。蛟の有する、神力と水のおりなすそれが、そう形容されるのに異論が無かったから。それでもなんとなく気恥ずかしくて、『そうかな』そう言ったら、『そうだよ』と言い切ってくれて、それがどうにも嬉しくてたまらなかった。…………でも今は。
    どろり、と握りしめた手から瘴気しょうきがもれた。また制御が出来なくなってしまっている。いけない、落ち着かなくちゃ……。ぐっと、目を閉じた。
    ──蛟であるおれは、近頃、蛟の有するもう一つの力である……毒、を制御する事が出来ていなかった。幼い頃は、肌に触れるとぴりぴりする程度の毒が排出されるだけで済んでいたのに、成長につれどんどんと力が強くなってしまったせいだ。それは強い妖怪であるおそまつ兄さんには、さしたる影響はなかったけれど……弟の、十四松には致命的だった。
    ……だから今、おれはふたりとは離れて暮らしている。おそまつ兄さんは、暇を見つけては来てくれるし、じゅうしまつも時間の許す限りそばにいて遊んでくれる。それでも……。毒は、水に触れている限りは大きく支障が出る程濃くはならないから、おれはなるべく湖にいなくちゃならない。雨の日だけは自由に出歩けるけど、下手にふたりの暮らす人里近くの社に降りて、迷惑を掛けたくないから……つまるところ、どこへも行けない。危なくないようにって張られた結界のせいもあって、ふたり以外は誰も来れない。……前は、こんなんじゃあなかったのに──。
    「さみしいなぁ……」
    そう言った時、ほおに伝ったものが雨粒なのか、はたまた涙だったのかはおれには分からなかった。それは天気雨が、いつもの雨とは異なって、妙なあたたかさをはらんでいたからだ。
    明るい……陽……。もしかしたら、この雨なら、おれのこのかげを洗い流してくれるやもしれない。そう期待して、おれは地面にごろりと寝そべった。──まあつまりは、今日も変わらずいそうろうが如くのんべんだらりと生きる為の長々とした口実だった訳だ。
    陽の光と、あたたかな雨に包まれて、その心地良さに身を委ねれば……もう、この先は夢の中。
    次はどんな夢を見るのかな。期待に胸をふくらませて、おれは静かに意識を手放した。
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