Recent Search
    Create an account to secretly follow the author.
    Sign Up, Sign In

    みずひ梠

    @mizu240

    主に妖怪松版ワンウィークチャレンジ参加作品となるSSを投げています
    よろしくお願いします

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 36

    みずひ梠

    ☆quiet follow

    【へそウォ妖怪松】+α
    土地神である九尾の狐が異郷・赤ツ鹿へと迷い込む話。

    赤ツ鹿探索、其の思索盛夏せいかの候。時刻は深夜、丑三つ時。
    術を用い、目覚めて直ぐに知覚した情報は其れだった。書物を読んでいた筈なのに、何時の間やら眠りについていたらしい。何か、夢を見ていた様な気がするが……その内容は明確には思い出せない。たしか、読んでいた書物の世界観を引き継いだ様な夢であったような……。此れ以上は思い出せない。うたた寝同然の睡眠を取ってしまったので、その記憶はろくに保持されず、起きた衝撃に追われて消え去ったのだろう。やはり少しでも眠気を感じ始めた時点で寝所に移るべきだったか。
    さて、それは兎も角として妙な時間に目を覚ましてしまった。差し当たって術を用い、視界の補助をさせる。これで辺りに光源が無くとも、日の出ている頃同然に周囲を見渡す事ができる。
    まま、再び書物を読み始めてしまっても良いのだが……此の時間帯も相まって、やたら静寂が耳につく。
    今現在、この場に居るのは己のみ。孤独であった日々の方が長い筈だが、今はもういずれかの者の居るのが常であり──ひとりはさみしいと、そう想うようになっていた。……読書の際は微塵も、気にならないのだが。
    如何せん今は、読む気になれず、書物を自室に転移(ワープ)させおもむろに立ち上がった。そのまま歩みを進める。鬱蒼と茂った木々は揺れる事無く、唯其処に在るだけだった。一切の生命力を感じないけれど、それは当然の事。此処は、妖界あやかしかいだからだ。
    其れは現世うつしよを写し取って創られた、妖怪達の為の世である。其れが創られたのは、妖怪は致死性の傷を得ない限り生き続ける故に直に現世だけでは居所いどころが足りなくなると、危惧されての事だった。──最も、先の抗争による影響で現世にいて妖怪達があぶれるような事は起こりえなかった訳だが。
    さて、其の様な事情の在る妖界だが、近代になってから創り出されたが為に不完全な所が数多くあった。風は無く、日は昇らず、生き物は居らず木々は虚像である。妖怪達以外のいかなる者も存在しないのだ。其れ由縁の、静寂。此れは書物を読む際には得てして都合の良いものであったが、今となっては裏目に出てしまった。頭の中で何かの音が響き渡り、耳に届く其れがどうにもおそろしい。堪え切れず、足を早めるが、依然として森から出る事が出来ない。
    気が動転している際に術を使うと、平常時より失敗してしまう可能性が格段に上がる。故に今、転移の術を使用する事はできない。抜け殻の様なやしろでは物寂しいからと、現世では訪れた事の無い適当な森に転移してしまったのを、今となってから悔いる。其れでも森から抜け出る事は叶わない。まるでこの森に、呑み込まれてしまったかの様だ。──ああ、嫌だ。ひとりはいけない。嫌な考えが頭を巡る。どうにかしてこの状況を打破せんとする為に、妖界から現世へと戻る事にした。妖界から現世の対応する場所に道を繋ぐ事は容易であり、この精神状態で転移の術を使うよりは余程危険性が少ないだろう。そう思って、現世へ繋がる道を創り出した。
    其れが出来上がって早々に、足を踏み出した。木の幹を借りて創り出されたその道は、漆黒に染まっていた。狐火で辺りを照らそうかとも考えたが、出づる場が分からなくなってしまってはたまらないので止めておいた。
    その内にった場が分からなくなる程の距離を歩いた。──妖界と現世とは、此れ程までに離れていただろうか。不安の種が、また少し大きくなった頃、其れは在った。出口、だ。安堵し、ひとつ息をついて、ゆっくりと足を進めた。

    「…しまった。」
    道を出、此の地に降り立ってから、肌で感じた此の異質さを前にして思わずそう呟いていた。
    妖界から現世に移る際、時々有るのだ──想定とは違う場に、誤って出て来てしまう事が。
    誤ったといえども現世の何処かには出づる事ができる故に、其れは大半がなんて事は無い不運で済ませる事ができるに違いは無いのだろうが……今回はどうも、其の様な単純な話では無いらしい。
    暮夜ぼやに呑まれた山特有の、重く冷たい空気に混ざり、常ならざる気配が流れている。此処は。
    ──私の知る現世では無い。
    何故此の様な地に辿り着いたのかは分からない。通常ならば、有り得ない筈なのだ。妖界から現世へと道を繋ぐ際、現世では無い場所に至ってしまう事は。しかし、此の現状は私がその想定外の状況に陥っている事を指し示していた。……起こってしまったからには仕方ない。どうにか、此の地から抜け出す事としよう。
    辺りに響き渡る生ける物達の声を前にして、静寂からは解放された為、ひとまず冷静さを取り戻す事はできていた。
    先ずは妖界へ戻ろうと試みた。が、其れは叶わなかった。どうやら此の地では、外部との接続が酷く困難になっている様子だ。完全に絶たれては居ない故、希望はある。最も、だからこそ私の様な者が迷い込んだのだろうけれども。
    さて、戻る事が叶わないとなると進む他に道は無い。そう断じて、おもむろに足を踏み出した。
    夏の夜に鳴く虫達が、涼やかな音色を奏でている。滝の轟音が、辺りに其の存在を厳かに知らせている。私の踏みしめる地から発せられる足音は、幾つもの音の有る中であっても際立って響き渡り、此の土地のものとは調和せずに奇妙な残留感を孕んでいた。
    そのうち、木々の騒めく音が、それら全てを覆い隠すように鳴り出した。其れは次第に大きくなり、耳を塞ぐべきか迷う程強くなったかと思えば、ある時を境にぴたりと止まった。同時に、虫達の声も止んでいた。無音の音が耳の奥で重く鳴り響いている。堪らず周囲を見渡した。ふと視界の端に、生き物では無い形状の何かが写った。意を決して、其方へと歩みを進める。
    程なくし、その全容を知る事となった。其処には、崩れた祠があった。中に居た者は今はもういないらしい。唯何らかの気配だけが、雑然と残されていた。
    私はその祠に向き合い、手を合わせた。気休めにしかならないだろうけれど、静かに祈りを捧げる。──この祠に込められた想いが、これ以上無下にされる事は起こらぬ様に……願うばかりだ。
    祈りを終えると、再び虫達がさざめき出した。強風に驚いていただけだったのだろうか。胸を撫で下ろし、強ばっていた肩の力が抜けた時、此の辺り一帯に残る何かの力を感じ取った。
    此の気配。何処かで、似た物を感じた事がある。
    暫く熟考し、思い起こした。そうだ、此れは天狗の力の残滓(のこりかす)だ。恐らくは風激の術と、落石の術を使用した際の物だと見受けられ、幾らか過去のものらしいが確かに残っている。しかし此れ程まで明確に残されている事は珍しい。何らかの意図が存在したのだろうか。
    其れを確かめずには居られなかった。念視を発動させ、土地に残された記憶を読む事とした。然れどもどうにも術が不安定であり、断片的な情報しか得られない。此の地では、神術ですらも制限を受けるのか。中々に困難であったけれど、辛うじて術者の意図を汲み取る事はできた。
    生贄からの解放、炎の抹消、近縁する存在の知覚に対する謝辞、そして六つの尊い魂への護りと餞別。根底にあった想いは其れらしい。成程、緊急時に守護者に対して当人らに知覚される形であっても術を用いたのか。
    人の子らに多数目撃されたが為、根強く在り続けた残滓ざんし。其れは偶発的に発生した存在であり、本来なら気取られる事を想定していなかった様子だ。ならば此れ以上、深追いする必要は無いだろう。私は其の場を後にする事を決め込んだ。
    暫く獣道同然の道を進むと、尾が全て此方を向いた狐の像があった。その傍らには末社があった。稲荷神社らしい。中の者は……あまりに小さく、主がいるのか力が託されている形なのかは分からない。拝み、会釈をしたが返事は無かった。この場には居ないのか、眠っているのかもしれない。
    又少し進んだ所には拝殿のみの造りの社。社の向きから察するに、その神体は山そのものである様子。当然ながら中に意思ある神の居る気配は無い。然し、社の辺りの神力は満たされている。この社の主は、奥社に住まう方式をとっているのだろうか。それとも……あくまでも自然神、魂を取らぬ者であるのだろうか。真意は分からない。此方の拝殿も礼拝し、挨拶を述べる。丁重に祀りの執り行われている地特有の、神気を感じた。この地の神は、昨今であっても人の子と近しい間柄にあるのだろう。
    社の正面には明神鳥居があった。一礼し、くぐり去る。其処からは、人の子によって造られたものは姿を消した。但し傾斜は下り向き、このまま進めば参詣道を遡る事にはなるが、山を出づる事はできるだろう。其のまま暫く歩き続けた。風は穏やかではあるが確かに吹き、生ける物達の声も聞こえる。それは此処が間違いなく妖界でない事を示していたが、何処どこか現世とは思えない無機質さがあった。確かに音はあるのだけれど、反響が妙に空虚だ。まるで、生命力が無いかのような──其れこそ創り出された虚像のような。その理由は知れない。或いは、此の地に充満する異質な気配が関係しているのかもしれない。
    其の様な事を考えつつも歩みを止める事はせず……徐々に緩やかになって行った傾斜が、殆ど平坦になった時、とうとう森を抜けた。眼前には、田園風景が広がっている。人の子の手が、入っている……。その情景を知覚し気が抜けるのに、そう時間はかからなかった。
    遮蔽物のない中、強い風が吹いている。田園には豊かな穂をたおやかに揺らす稲が育っている。実りは十分、土地神の管理も行き届いているのだろう。
    風と、水路の水の流れる音が響き渡る中、私は前方に見える集落の方へと歩みを進めていた。
    ほどなくして目的地へと立ち入った。其処でまた、得体の知れない気配を感じ取る。家屋が立ち並んでいるのは確かなのに、あまり人の子の気配がしないのた。眠っているにしても、生命力溢れる人の子の気配を感じ取る事は容易なのだが、其れが為されないという事は……この地に暮らす人の子は、随分と其の数が少ないらしい。否……或いは、人の子とは異なる何かが家屋にて息づいているのか。ふと近くを通った家屋で触れた気配は此までに知った事の無いものだった。人の子でも、妖でも、神でもない、それの気配。……深く考えるのはやめにしよう。
    暫く歩いた先に、やたらと目を引くものがあった。桜色の外壁と、紅白のしまの屋根を張った建造物。正面にある扉の上には『喫茶ニューヨーク』とあった。名前にある通り喫茶店らしく、ほんのりと食物の香りがする。これは……何時いつかに食した事のある、ドーナツに類する香りだろうか。兎も角この家屋からは、魂の色の濃い者の気配がひとつ、発せられていた。
    魂の色。それはおよそ六つに大別され、その色の濃さで存在の確かさと、内包する力が決まる。人の子ならば顕著に現れるのは瞳の色に限定されるが、妖怪となれば話は変わる。妖力の濃度が高い場合に使う妖術の色も、その魂の色に染まるのだ。そして妖怪は魂の色の濃い者程、強い力を有する。其れ故か、色が濃くあればあるほど交わりが少なく孤立する者が多いのだ。──その色の濃さ故、如何なるものにも染まる事が決してできないのかのように。
    其れが此処には……多数の魂の色の濃い者の集って居た気配がある。人の子だと勝手が違ってくる可能性もあるだろうが、どちらにせよ此れは珍しい。
    その者達は、かつては確かにそこに居たものの、今は殆どがこの場を後にした様だ。
    赤、青、緑、紫、黄、桃の色が混ざり合い、住まう者の魂の色が何色なのかまでは分からなかった。
    ひとしきり歩き続けると、赤鹿駅と書かれた地にたどり着いた。駅とあっても閑散としているのはこの時間帯故か。電車は無論、走っていなかった。
    ……あの喫茶を経て、明確に知覚したから、だろうか。此処にも魂の色の濃い者達の気配が残されていた事に気がついた。其れ所かこの者達の気配は、他の地でも知覚した事が有るような……そうだ、此の地に降り立って始めに見た、彼の祠の周辺にも、社の辺りにも、同じものが有った筈だ。ならば彼の天狗の守護していた者達はきっと……彼らだったのだろう。私は意図せぬうちに彼らの足跡を辿っていたのかもしれない。
    何とは無しに、術を用いて駅を注視した。二つの魂の残滓が線路上に有る事が分かった。其の二者は既に此の地を去ったのだろう。他の者達は……駄目だ、一人一人の残滓は薄すぎて行き先を辿る事はできない。此処までか。何れにせよ、興味深いものを見れた。幾ら魂の色が濃いといえども、人の子の魂の残滓が見れる事は稀である。妖術における残滓のように、何者かに知覚され、記憶された場合ならいざ知らず、人の子の行動を其うまで視られる事はあまり例に無いからだ。しかし今回は其の例に及ばず、彼らの行動を視て居た何者かが在ったのだと想定される。魂の色の濃い者が、六者も同じ地に集い行動を共にするなどという事象は希有だ。興味を引いたとて不思議で無し、それだけの理由なのだろう。
    駅を通り過ぎ、暫く歩くと再び畦道あぜみちとなり、先刻と良く似た田園風景が広がり出した。しかし、先程とは異なり幾ら歩みを進めても集落は現れない。視界に映るのは平坦とした景色のみ、建物ひとつ、標識ひとつ無く唯只管ひたすらにに田と畦道だけがひろがっている。そのうち、たとえ振り返ろうともいかなる建造物を見つける事が出来なくなってしまった。──終わりが近づいている。そんな予感がした。
    気づけば周囲は霧に包まれていた。それは段々と色濃くなり、夜にも関わらず視界が真白に染まった。静寂が漂う。それでも進み続ける。そのうち、依然として此の地の空気に混じり存在し続けていた奇妙な気配が徐々に薄らいでいき、とうとう完全に無くなった。其れを皮切りに、静寂が解け、命有る者達の声が溢れ出す。そうして、霧が晴れた時、私は私の知る現世へと帰り着いていたのだった。此処に広がっているのも、田園風景。しかし確かな生命力に溢れていた。虫達のさざめき、稲穂の擦れる音、雨に濡れた土のにおい、衣の揺れる案山子。眠る町であろうとも確かに存在する、生き物達の生への賛歌と人の子の息づく気配。それが彼の地では大きく欠落していたのだと、図らずとも認識させられた。
    彼の地は、如何なる存在だったのだろうか。その疑問がふっと現れた時、同時に駅に記されていた赤鹿の字が頭をよぎった。
    赤鹿……赤ツ鹿……?其れは現世に在る地名で、訪れた事は未だ無かったけれど、……恐らくは同じものを指している。何故なら、神術を用いて今此処に居る地の名を調べた結果がその名であり、私の眼前には見覚えのある集落が広がっていたからだ。然し、此処とあの地は気配が大幅に異なる。まるで根幹から創りが違うかのように……。
    嗚呼、……そうか。
    「並行世界……」
    それは無数の世界の可能性のひとつ。ある地を起点に幾つもの繋がりを見せる、人の子は勿論の事、私達妖怪もといそれに与する神ですら完全に知り得る事は叶わない、真なる神の秘めたることわりである。どうやら、妖界にて居た地が赤ツ鹿を基に創られており、道を繋ぐ際に誤った──否、同名の結ぶ縁の糸を手繰り寄せた、彼方側から引き寄せられたらしい。
    生き物達の声に生命力が、人の子の気配が殆ど無かった理由。それは彼の地そのものが意志を持っており、それが手ずから彼の地に存在する物の殆どを創り出していたから──なのかもしれない。神術を用いれども確実な答えを得る事は叶わなかった。断片的に得た情報を繋ぎ合わせて得た結果が此、それ以上は知り得ない。如何にも腑に落ちないけれど、為す術はもう、無い。其れ所か、世界の理が絡んでいるからには此れ以上の追求は禁忌に触れる可能性が有る。
    退き際、か。私は此れより彼の地に関して詮索する事は止めにした。然し一口に取りやめるといえども、興味の強く向いていた事を瞬時に無かった事にするなど無理に等しい。それ故気を逸らす為に此の地を探索する事にした。見た所、良く在る温もりのある田舎町の様で、異常は感じられない。己の土地を見て回る事は良く為せど、他の者の治める地をひとりで時間をかけ見物した事はさほど無い。きっと、良い経験になるだろう。──間違っても、彼の地の答えを知るに繋がる手掛かりを得ようとしてはならない。そう戒めながら、私は集落の方へと足を踏み出した。長い夜を経てとうとう目を覚ました朝日が、二つの並んだ山の隙間から顔を出し、暖かな日差しが無数に眼前を照らし始めていた。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    🙏👏👏☺☺☺💖💖💖
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    recommended works