『どこまでもふかく、きみと一緒に』「なあ、明日は外食でもしようぜ?たまにはいいだろ」
ふと思い立ってかわいい恋人をデートに誘ってみたというのに、返ってきたのはつれない答えだった。
「ごめん、夜コンビニのバイト入れちゃってさ。人足りないって言うから、引き受けちゃったんだよね」
「はあ?前もンな事言って無かったか」
「うん。まあ、この時間その分時給もいいしね。明後日は3限からだから、遅くなってもなんとかなるかなって」
…全く。お人好しも大概にしろよ。折角の誘い断りやがって。
何となく面白くなくて、オレはふと、こんなことを聞いてみた。
「なあ。暁人クーン。オレとバイトと、どっちが大事なんだよぉー」
「…は?」
突然の言葉に、文字通り目をまん丸くして、皿洗いを終えたばかりでエプロンを外す手が止まる。
はは、我ながらバカな事聞いちまったかね。
まあ、言っちまったモンは仕方ねえ。
さて、このかわいい恋人は、どんな言葉を返してくれるのだろう?
ニヤニヤしながら待っていると、はあ、と大げさなため息をつきながら、とことことやってきて、オレの隣に腰を下ろす。ふたりぶんの重力を支えたちいさなソファが、ぎし、と揺れて、綺麗な琥珀色の瞳がオレをまっすぐに覗き込んできた。
「…そんなの、どっちとか言えないよ。KKと一緒にいっぱい色んなとこ行きたいし、美味しいものも食べたいし。これからずっと、二人で生きていくためには、お金が必要だから、仕事も頑張らなきゃ、だろ?だから、どっちも。が僕の答え、かな」
コイツらしい、真面目な答えだ。
まあ、こんなもんだろ。
「へーへー、ソウデスカ」
少し、つまらなそうに聞こえたかも知れない。
ふ、と視線を反らしたオレの耳に、
「…しょうがないなぁ」
と、呆れたような声が届いた。
なんだよ文句あんのか、と口にするよりもはやく。
掠め取るようにキスをされる。
「…明日の夜。バイト先まで、迎えにきてよ。少しだけ、散歩しよ?ーあの時みたいに、さ。」
どう、まんぞく?そう言って上目遣いでウィンクしてみせる、その笑顔が憎らしいほどに愛しい。
「ーさすがはオレの相棒、心得てるねぇ、暁人クン?」
そう言って今度はこっちからキスしてやる。ふにゃ、と溶けそうな顔でふふん、なんてドヤ顔しやがるから、本当に、手に負えねえんだ。
「ねえ、僕ってば。KKには勿体ないくらいの出来た恋人だって、思わない?」
「あ?ーーばぁか。オレみてーなイイ男だからこそ、オマエの恋人としてやってけんだろーが。感謝しろよ」
「は?何だよそれ。ほんっと、KKって時々自意識過剰だよね」
「はっ、うるせえよ。オレほどオマエを愛してる奴がどこにいるってんだ?」
少しくらいは見栄切らせろよ。そんなオレの言葉を見透かしたように、暁人がぴたりとオレの胸に顔を寄せてくる。
「じゃあ…もっと愛して?全然足りないんだけど…?」
ークッソ、本当にコイツは。
「良いんだな?明日が辛くなるくらい、めちゃくちゃに愛してやるよ」
覚悟しな?
「それは困るけど…でも、楽しみ、かな」
墜ちる覚悟だなんて、とっくにできてる、と、可愛いことを言ってくれる。そもそも、オレはすっかりこいつに堕ちきってる自覚があるから、何も問題はない。
そのまま舌を吸い上げ、唇を貪って。
どこまでも深く、堕ちていく。
白いシャツの隙間から手を這わせれば、
あふ、と熱い息を吐き出して、甘い声で、一言。
「けーけー。痕、つけちゃダメだから…、ね?」
笑いながら囁くその言葉は、聞こえないフリをして。首筋に歯を立てる。
「聞こえねーよ?」
今度は暁人が、ふふ、と笑った。
(聞こえないふり、ばれてんだよ)