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    りんご

    @Rin_YSWR

    かいたものを投函するたぬきです。
    小説とイラストは9:1くらいです。

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    りんご

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    まじない、あるいは、のろい (ここまで読みがな)
    K暁デー「スーツ」
    お題的なこともあって結婚と葬送の話をどっちも書きたかっただけです。あっきーがバカ重い感じですが、その環境ゆえにうまく隠すことがうまかっただけで彼の本質はこうだろうなーとか思ったり。いつものごとく二人で喧嘩して、戦って、駆け抜ける話です。
    中の人本当にありがとうございました、お陰で細々と楽しくK暁を追いかけられました。

    #毎月25日はK暁デー
    #K暁

    呪い短くも長くもない人生を振り返るにあたり、その基準点は節目にある行事がほとんどだろう。かくいうKKも、自らのライフイベントがどうだったかを思い出しながら目の前の光景と類比させる。
    準備が整ったと思って、かつての自分は彼女に小さな箱を差し出した。元号さえ変わった今ではおとぎ話のようなものかもしれないが、それでもあの頃のKKは『給与三ヵ月分』の呪文を信じていたし、実際差し出した相手はうまく魔法にかかってくれたのだ。ここから始めていく。そのために、ここにいる隣の存在をずっと大事にしよう。そうして誓いまで交わして。
    まじないというのは古今東西、例外なく『有限』である。
    呪文の効力は時の流れに飲まれて薄れてゆき、魔法は解け、誓いは破られた。同じくしてまさか、まじないの根本に触れることになるだなんて思わなかった、ところまで回想していた意識を、誰かに強い力で引き戻される。
    「暁人…」
    「お願い……KK、頼むから、」
    指の食い込んだ両肩は正直痛む。それだけコイツが平静を失っていて、それくらいのことなのだとわかっていた。けれど彼にとって大切な節目になるはずの呪文を、こんな時に使ってほしくはなかった。カチ、カチ、時計の針が刻む音は、一歩を踏み出すみたく響いている。どこへ向かっていくにせよ、決して明るい場所でないことは互いがわかっていた。もう一度自分がプロポーズした時を浮かべて、やはり暁人の姿を直視できずに視界の端へ逃がした。
    頽れた身体で縋るように引き留めて、俯いたまま動かない彼は痛々しい。まるで何もかもを捨てて転がり落ちるような、あるいは高い――あの夜の東京タワーから、ふたり飛び降りるような、こんな、


    「僕と結婚して」

    悲壮な決意に満ちたものではないはずなのだ。



    ◆◆◆◆◆

    冬の雨というのは梅雨時のそれとまた異質で、厄介なものだ。外気温も相まってより寒さを感じるくせに、それは氷点を超えずにただ点々と滲んで乾かない。どうせならもっと冷えて、雪になってくれた方がましだった。どこかでためらうから、凍りきれずに重たく残る。
    「KKと、結婚しようと思う」
    例えばこんなふうに。アジトの平穏なひと時を、暁人は簡単に壊してくれた。ご丁寧に『あのね、聞いてほしいことがあるんだ』なんて注意を引いて。全員が揃っていることなんて滅多にないのに、今日に限って一体どういう采配なのか。お陰でせっかく火をつけたばかりの煙草が何の味もしない。
    「はあ!? うっそ、お兄ちゃん!?」
    「キャー! 本当ですか、それ!」
    「ケッコン…Oh, you're married?」
    一拍遅れて各々が驚きのリアクションを取る様子を尻目に、KKは肺に溜めた息を吐き出した。眼前が靄がかって暁人の姿がかき消えていく。
    「ちょっと、なに全部暁人君に言わせてるのよ」
    煙を手で打ち払いながら凛子がこちらに向かってきた。銜えたまま外すことはせず、ゆっくりと吸い込む。明滅する火種がじわじわと周りを焦がしながら進んでいく。無言でそれを眺めていると、横から手が伸ばされた。
    「危ないよ、KK」
    「……」
    暁人がフィルターすれすれに削れた煙草を見ながら窘めてくる。誰の所為だと。
    「何とか言ったらどうなの」
    「そうだよ、結婚するんでしょ?」
    凛子と絵梨佳が詰め寄ってくるのが煩わしい。数日前、この場所での告白劇を語って聞かせたいくらいだ。間違ってもあの穏やかな言い方から想像されるようなことはない。大体、以前はこんなに気安いものではなかったのだ。暁人が変えた、あの夜を境に。オマエがいなかったら、どれだけ。
    「……少し出る」
    「えぇ、ちょっとKK!」
    気に入らない、何もかも。去り際、アイツは目を逸らすことなくこちらを見ていた。煙草が吸いたい。息をするたびに満たして、吐くことで染み込んでいく。そうして別のものに置き換われば、アイツの入る隙なんてなくなるはずだ。慌ただしくなる背後に構わずアパートを出た。鬱陶しいほどの雨に眉が寄ったのが自分でもわかる。
    「『これがマリッジブルーってやつかな?』」
    閉まる寸前、レコーダー越しに再生される音声データにかける言葉が遅れる。
    「…冗談、」
    笑えないくらい、厄介な。

    「濡れるよ」
    傘の形をした影が視界に入る。聞きたくなかった声に、思わずKKは舌打ちした。
    「…何で分かった」
    「わかるよ、僕には」
    答えになっていない台詞にうんざりする。誰にも言ったことがない場所だった。どうしても一人になりたいときに入り込んだ、細い路地裏。もう使えない。
    「式場は決めてあるんだ、あと指輪も それだけ伝えに来た」
    「…返事してないはずだが?」
    「お互い拒否はできない」
    聞き覚えのある言葉に思わず顔を上げる。逆光に立つ暁人の表情は読めない。ただあの整った顔を見ていると、理由のない苛立ちが湧いてくる。
    「勝手に決めるな」
    「三日後、午後一時 場所は地図を送る」
    「おい、」
    「アンタは知りたいはずだ」
    投げつけたいだけ投げつけて満足したのだろう、青年はさっと踵を返そうとする。その足が、暫し止まる。
    「仮にアンタが来なくても、必ず行かざるを得なくなる」
    「……」
    「そうなるんだ…多分」
    「『多分』って」
    「これ以上は言えない、とにかく来て……頼むから」
    またそれか。力加減を間違えて、煙草がパキリと折れた。水溜りに沈んでいく中身に構っていられない。勢いのまま相手を振り向かせ、首元を掴みにかかった。
    「テっメェ、……!」
    ス、と冷たい刃先を当てられたみたいな感覚だった。苦しそうにしながら、それでも顔色一つ変えない暁人に恐ろしくさえ思う。気味が悪くなって解放すると、咳き込んだのち、真っすぐこちらを向いた。
    「それまで、何してても、いいよ…でも忘れないで」
    トン、と体の中心に暁人の指が触れる。
    「これは『取引』だ、KK」
    言うなり暁人の身体は宙に浮かぶ。引っ張られるようにしてあっという間に上空へ消えていくのをぼんやりと眺め、ふと我に返る。
    「どんな芸当だ、アレ……」


    結局その日散歩してから部屋へ戻った。あんな空気を放り出した手前、顔を合わせるのが気まずかったともいう。人の気配がないことを確認して逃げるように部屋に戻り、いつも通り店屋物を食べながら晩酌し、そのままうつらうつらとしたはずだ。それでも小骨が刺さったような違和感が拭えず、KKは無理矢理瞼をこじ開けた。
    誰もいない状態というのは別段珍しくもない、アジトで寝起きするKKはもちろん知っている。だがこんなに異質な空気だっただろうか。例えば稼働している装置のファンの音さえしないなんて。
    状況を確認するためデジタル時計の表示を見て、固まった。
    「二…いや、三日進んでんのか……?」
    訳の分からない状況に急かされるまま手早く身支度して、古びたアパートのドアを開けた。眠る前に見た雨が、変わらない温度で降り続いている。明かりの消えた昼間の宴三町でも人通りはそれなりにあるのに、KKから見える限り人影すらないことにさらに疑念を抱かざるを得なかった。それに、自分でもかなり困惑している。
    ――この風景を、かつて誰かと見たことがある気がするなんて。
    ちらつくノイズを振り払うように、KKは走り出す。手袋くらいでは全く寒さを防ぎきれておらず、指先がかじかんでしょうがない。大きな交差点へ出ても車さえ通っておらず、手がかりさえつかませてくれなかった。
    「(…全くないわけじゃねえけど、)」
    暁人との会話を思い出し眉が寄る。無関心を貫いたこともあって、それに頼るのは万が一死にかけた時にしようと決めていたが、このままでは早々に方針を変える必要すらある。道路の真ん中に立ち尽くし、次の手を考えていた時だった。
    「!!」
    強風とともに、ひと際強い冷気が背後を通り過ぎる。
    弾かれたようにそちらを向くと、なにかが這いずるような音とともに白い布切れが建物の影に消えていくところだった。言うまでもなくこの状況と何か関係があるに違いない。判断は早かった。見失わないように、しかし気取られないよう後を追う。
    相手は自分の身体の大きさ故か、わかりやすい道ばかりを通った。時折急に姿が消えることもあったが、寒さの源をたどるようにしていれば見失うこともなかった。そのうち目的の場所に着いたのか、滑るようにして建物の中へ入っていく。小さな庭園に面したクリーム色の洋館の門扉はなぜか開いていた。それよりも。
    「おいおい、勘弁してくれよ……」
    確認のためスマートフォンからアプリを起動し、一番上に表示されている人物から送られてきたマップデータを開く。
    自分の現在地と示された『式場』の位置が、ぴたりと重なっていた。
    ギギ、と重厚なつくりの扉がひとりでに動き出し、やがて一人分ほどの隙間で止まった。招かれている。覚悟を決めてつばを飲みこみ、一歩、また一歩と進んでいく。
    「!」
    バタン、と響いた方を振り返ると、入る前のように固く閉じられた。念のため丸い輪の形をしたドアノブを引いてみるも、びくともしない。予想通りの展開にため息をついて、視界に入った服装にたじろいだ。窓の反射では判別しづらいが、白っぽいスーツになっている。袖や襟の雰囲気からしてこれが何なのか特定はできたが、まるで意味が解らない。結婚式で使うタキシードなんて、まるで自分が暁人の言葉を受け売りしているみたいだ。内装はやけに豪奢で、アンティーク調の棚と何に使うのかわからないオブジェが等間隔に並んでいる。床に隙間なく敷き詰められた赤い絨毯は、毛足の長さに足が沈み込んでしまいそうだった。今の自分では、とてもじゃないが場違いだ。それでも進むしかない。
    そうは言えど、早くも決意は揺らぎそうになった。どこにいて、どのくらい歩いたのか見当がつかない。ここも外と同じく誰もいないのだろうか。浮かぶ疑問に答えられる者はおらず、今度こそKKは一度状況を洗い直そうときっかけを探していた。この柱を過ぎたら、あの部屋が開けられたら、そこの角を確認したら。最後に見回したその遠くで、何かが集まって動いていた。彼らはいずれも背広やパーティドレスばかりで、何らかの行事を想起させる。その中に剃り込みの目立つ黒髪を見つけた。間違えようのない後ろ姿を見つけ、KKは手放しに追いかける。
    「おい凛子! どうなってやがる!」
    「……?」
    腕を取って確認するなり、ぎょっとしてその手を放してしまった。そこにあるはずの顔が、この女にもない。
    いよいよこれは何かあることを認めなくてはいけない。『必ず行かざるを得なくなる』、アイツの言葉が今になって浮かんだ。どうせここまで来たのだから、ついでに暁人を探して問い詰めなければ気が済まない。ただ、こんなに広い建物のどこにいるのか知る由もない。残る原始的な方法にさすがのKKも辟易していたが、前言撤回するつもりはない。ひとえに暁人への意地がKKをつき動かしていた。
    すれ違いざま勝手に開いた扉からは、人間がわらわらと出てきてはKKの後ろを追いかけてくる。あまりの人の多さに転んだりぶつかったり様々だったが、その誰もが顔を持ち合わせていなかった。チープなホラー映画にでも迷い込んだだけだったらよかった。僅かに残った冷静な自分が、『現実だ』と警鐘を鳴らしている。その状況を容認する方がずっと難しい。次第に走力が落ちていき息が乱れるようになったころ、何の気なしに前だけ見ていた目線を逸らした。左側に抜けられる別の廊下がある。さっと入りこみ息を殺していると、しばらくしてあの集団が愚直に向こう側へ行くのが見えた。そのまま消えていくのを確認して、気を引き締め直す。目を凝らしてようやく見えるかというところに、ぽつんと扉があるのだ。
    この先の突きあたり、きっとあそこにアイツがいる。根拠のない確信だけがKKを動かしていた。
    やっとの思いでたどり着いた扉を見て、ますます気持ちが強まる。色も模様も変わらないはずなのに、誰かが耳元でここだと言っていた。逸る心を抑えて、装飾の一部に触れる。
    開錠の音もなく動き出す扉に、拍子抜けするほどあっさりと先へ促された。花と香の強いにおいがする。
    「は、」
    見れば見るほど想定と現状が乖離していった。
    整列された椅子、前方を埋め尽くす大量の白い花、四角い誰かの写真。
    中央の通路、その先にある――“箱”?
    「なんだよ、これ」
    本当はここが何なのかすぐ分かった。何なら、この部屋のほうがずっとしっくり来るなと見当違いに感心さえしている。
    「だめだ……間に合わなかった」
    目が合うなり暁人の顔は蒼白になった。首を絞めても眉さえ動かなかったのに、明らかに動揺を隠せていない。ガタリと棺が揺れ、中から形容できないものがこぼれ出る。
    暁人が叫ぶのは同時だった。
    「KK逃げろ! いいから早く!!」
    何かを知っているような反応に疑念を覚えながら、それでも言われた通り扉に体当たりして廊下に躍り出た。走っては曲がりをいくらか繰り返して漸くKKも気づいた、いつまで経っても出口にたどり着かない。いつから、どこから、こんなことに巻き込まれた?
    「ぐっ!?」
    とうとう追いつかれたそれに足を取られる。なんとか受け身をとりつつ振り返ると、白かった革靴やタキシードがやはり呑みこまれたところから黒く変色していった。腰を通り、肩や袖まで真っ黒な礼服に変わる。こんなに黒の強いものは、葬式くらいしか見かけない。妙な焦燥感に襲われながら、それでも這いつくばって通路を進む。ひときわ強く足首を掴まれた。
    「なん、だ?」
    変化は再び足下から。黒から白、古びた草履、足袋。洋装がみるみるうちに着物に変わっていく。見覚えのありすぎる、左前の合わせになった真っ白な帷子。

    死ぬのか。唐突に理解した。

    「KK!」
    遠くにぼんやりと暁人が見えた。黒い服――いつも依頼で着ていくあのウエアだ、そのことに訳もなく安心する。
    「行かせない、KKは絶対に渡さない!」
    暁人から飛んできた風のかたまりが、異物に反応して火花を散らす。ハッと閃き指先に神経を集中させようとして、自分が今までこの力を使う発想がなかったことに愕然とした。おそらく体も同様だったのだろう、エーテルをうまく具現化出来ず、ぷすぷすと燻った音を立てるだけだ。そのすぐ前を、緑の弾丸がものすごい速さで通り過ぎた。
    「ごめん!」
    「あっぶねえだろうが!」
    KKのすぐ脇に開いた穴が細い硝煙を上げている。狙いが定まるのを待てずに撃ち込む、相変わらずの癖の悪さだ。ただ、これで目が覚めた。素早く右手から霊力を落とし周囲を確認する。街で見かけた巨大な白無垢が、とんでもないドス黒さでKKの前に立ちはだかっていた。
    「とりあえずコイツを切り離せばいいのか!」
    「それはだめ!」
    「はあ!?」
    「コアがKKの心臓に近すぎる! 霊視して、無かっただろ!」
    両手にエーテルを溜めながら暁人は端的に解説する。たしかに常にあるべき急所がなかった。それさえ不思議に思えないほどに、この異形は自分に巣食っているのか。
    「僕が少しずつ削っていく その間そいつは、KKから霊力を奪い続けると思う」
    マレビトの頭目がけて火炎が飛ぶ。直後何かが抜き取られていく感覚とともに、どっと怠さが襲った。
    「けど、僕がいる限りKKは絶対に死なせない
    そのためにつながりを強くしたんだ」
    だからだったのか、浮かんだ考えが確信に変わる。元々あった魂の結びつきに、婚姻を付加させた。そうすれば、必然的に家族としてのつながりも、唯一無二の相手としてのつながりも生まれるから。現に失われた端から新たな力が流れ込んでくる。この心地よさはいやというほど覚えがある、あの夜と同じ。
    「しばらく我慢させることになる、でもなんとか…っ、するから」
    息継ぎとともに放出した元素が再びこちらに向かう。土の障壁で防ぎながら、あまりにも無謀だと思った。対抗手段も戦術も、まるで打算的だ――暁人ばかりに負担を強いている。
    「なんでもっと早く言わなかった」
    「嘘で作ったつながりなんて何の意味もない!」
    水の刃が揺らいだ、ように見えた。肩を上下させて何とか立つ青年は、誰がどう見ても満身創痍だった。左手が反対の腕を庇うように支え持ち、印を結ぶ手を震わせながら、それでも双眸は燃えている。
    「……ごめん、でも敵がこんなに近かったら、言えなかった」
    「暁人!」
    「大丈夫、大丈夫……このくらい、平き、」
    そんなはずなかった、わざわざ見なくともわかる。大きくふらつく身体を見て、時間はないと悟った。
    オレだって暁人を失えない。
    「暁人、デカいのあといくつ打てる」
    「に、発くらい…」
    「合図したら、それ使え――力を貸す」
    「KK!」
    「迷うな! 分かってんだろ、オマエなら」
    自分の紡ぐ言霊で次第に頭が冴えてくる。どうしてこんなに暁人を避けたがっていたのか、力のことを思い出せなかったか。意識さえ敵に乗っ取られるところだった自分が不甲斐ない。だからこそ。

    「信じろ」
    「……わかった」

    空白は一瞬だった。揃いの印を切り、力を解放する。隅々までエーテルが行き渡って視界が開ける。均衡が崩れたのか、こちらも暁人と揃いの恰好に変わる。どこまでも走れそうな気がするし、どこまでも飛んでいけそうな気もした。
    「さて、ひと暴れと行くか!」
    「KKは動かないでほしいんだけど…ねっ!」
    「ハ! そのための共鳴だろうが、」
    KKが下がった後を暁人の破魔矢が追う。反応の遅れた悪霊の四肢に刺さり、断末魔とともにぼろぼろと崩れていった。そしてまた、あのごっそり持っていかれる感じに息をつかずにいられない。
    「…ッ、やっぱきちィな」
    「札係でもいいんだよ?」
    「お断りだね!」
    再生しようと蠢く傷口を、KKの豪炎が阻害する。直後麻痺札が辺りを覆い、出力をあげたエーテルが双方から放たれた。
    「どう!?」
    「おーおー、大分奴さんは慌ててるな」
    「このまま畳みかける!」
    身のうちの状態を手短に伝えて再び散開する。この、大切なところで触れ合っているとわかる感覚が一等気持ちがよかった。あの夜よりずっと深い快さを感じている。結んだ関係の数だけ、思いあう気持ちの深さだけ、正真正銘二人を根幹から強くしてくれる。
    「(何で、オマエだったんだろうな)」
    重ねがけされた札の結界に緑風を撃ち込みながら、同じように攻撃を仕掛ける相棒を思う。かつて自分がまじないをかけた相手とはあっさりと終わったのに、コイツは、暁人とは果てが見えない。
    「ラストだ! 思いっきり来い!」
    「分かった――、」


    大きく溜めた火炎槍が後戻りできないところを認めて、KKは、
    「!?」
    真正面に回り込み、両腕を広げた。


    辺りは壁も床も見境なく吹き飛んで破壊されていた。差し込む陽光にあたためられた土埃がきらきらと舞っている。白無垢はおろか、そこここにいたマレビトは見る影もない。
    「KKっ! KK!!」
    「……ッぐ、」
    「そんな…、なんで出てきたんだよ!」
    つんのめりながらこちらに駆け寄る暁人に視線を向けるだけで精一杯だが、まだやることがある。緩慢な動きで暁人の背中を探り目当てのものを二人の間に示せば、言わんとしていることが分かったのか、暁人は信じられないものを見るように首を振った。
    「嫌だ……絶対嫌だよ、そんな」
    「オマエ、にしか出来、ない」
    放心する暁人の右手に破魔矢を握らせ、その上から離せないように自分の手を重ねた。ぬるりとした感触に嫌な予感を覚えるが、それどころではない。
    「コア、が…ここにある、んだろ、が」
    「∼∼∼でも」
    「いいからやれ!」
    酷な役回りをさせていることは百も承知だった。今ならあのプロポーズの瞬間、隠そうとしていた暁人の気持ちが少しわかる。
    あの日も、オマエの手は震えていたな。
    「オマエがいい」
    「今ここで……っ、ずるい、」
    項垂れた相棒ははっきりと唇をゆがめた。目のふちいっぱいに溜まった大粒の涙が光を受け宝石のように輝いて、天気雨のように零れ落ちる。無性に過去の自分へ自慢してやりたくなった。短くも長くもない人生の基準点にいる自分自身よ、見てるんだろ、今が一番最高だってな!
    少しの間静かに泣いていた暁人だったがやがてゆっくり頷き、KKの胸元へ二人で持った矢じりを向けた。
    「…絶対、痛いからね」
    「しゃっくりして外すなよ?」
    「もう!」
    暁人が息を吸って、吐く。集中するときは一度整えろと指南したのは、他ならぬあの夜の自分だ。次いで開いた双眸にもう何も、残っていない。
    「いくよ」
    「ああ」
    矢が持ち上がり、力を伴ってまっすぐ振り下ろされる。

    薄れていく意識の中、必死で仲間の名前を呼ぶ暁人の慟哭と、燃えるような右手の熱を感じていた。



    ◆◆◆◆◆

    次に目を開けた際の感想は、白いな、それだけだった。周囲には物もなければ景色もない。ともすれば全体が発光しているようにも見える空間は、意識していないと前後感覚を失いそうだ。痛む胸のあたりだけが、自分に何があったのかを教えてくれるものだった。ならばこれだけは決して忘れてはならない。よっこらせ、と自然に出た掛け声に苦笑してしまう。
    あても無く歩いていくうち、蹲る誰かの後ろ姿が見えた。背を向けて不随意に肩が動いている――泣いているみたいに。
    「目ん玉溶けちまうぞ」
    すぐそばで同じようにしゃがみ込み、形の良い頭に触れる。思ったより小さいが、この子供をKKは知っていた。
    「…いいよ、なんにも見えないほうがいい」
    「なんでそんなこと言うんだよ」
    「だってみんないなくなる」
    心当たりがありすぎて咄嗟に言葉が出ない。クリスマスにサンタがいるかと聞かれたときのような居心地の悪さだった。
    「あー……オレがいるだろ? ずっと」
    「『ずっと』なんてないよ、なくしたものは帰ってこない、……」
    とうさんも、かあさんも。声のない呟きに、ああもう読み取るんじゃなかったと、KKは天を仰いで後悔した。この話において、コイツにはかなわない。ともすれば自分さえその中に入っていたかもしれないのに。今まさにその瞬間を迎えようとしているけれど。
    「他にも方法はあったと思う、でもどれもアンタが危なくて、時間もなくて……
    KKまでいなくなるのはどうしても耐えられなくて、だから、あんなこと言った」
    「暁人…」
    「そんなことしたら、なくしたとき僕がもっと悲しくなるのに!」
    だんだんと大枠はつかめてきた。恐らく暁人は、自分の言葉でKKを縛りたくなかったのだろう。KKのために、暁人自身のために。取引だと言って線を引いたのも、そうすることで彼なりにKKを守ろうとしていたのだ。
    「でもここで立ち止まったって意味ないんだ、アンタが教えてくれたことだろ?」
    そこで子供の暁人はこちらに向き直った。意志の強い光が交差する。
    「僕の残りを、KKに預ける」
    「、はぁ?」
    思ったより大きな声が出たが、驚く様子はない。むしろそれが反抗と取れたのか、下から睨まれる始末である。
    「KKが僕と繋がれてるのは、現実でエドさんや凛子さんが頑張ってくれてるからだ
    分かってると思うけど、今のKKはちょっとでもマレビトに当たったら死ぬからね」
    「何だよ、人を昔のゲームの残機みたいに」
    「それより酷いよ、ライフなんてゼロ切ってマイナスだよ
    だから僕がアンタに渡すんだ」
    言い切る暁人には一切の逡巡がなかった。小さな手がKKの右手を取る。さっきとまるで反対だ。
    「…オマエ、」
    「僕にしかできないこと、でしょ?」
    自分の言葉を引き合いに出されてKKは頭を抱えた。『ライフ』と形容した暁人の言葉がそのままであれば、それは良くない兆候だった。既に触れたところがあたたまり始めている、もう霊力を送り込んでいるのか。
    「……だからってな、」
    「常識とか建前とか、生き死にの前には何にも通用しない!!」
    瞳を目いっぱい見開いて暁人は叫喚した。真っすぐにKKを見やり、やがて力を失い地面に落ちる。頑なな態度とともに唇は引き結ばれ、さらに手を強く握りこまれた。
    「これは僕のエゴだけど、元はアンタのエゴで、アンタが始めたことだ
    だったら僕も、やりたいようにやる」
    今までも何度か暁人とは言い合いになったことはある。いつもなら困ったように笑って許してくれていたが、実は納得していなかったこともあったのだと遅まきながら気付く。ただ、譲れないこと、それはKKも同じだ。
    「……そうかよ」
    暁人の手を振り払って立ち上がる。なおもこちらの手を取ろうとするので、すかさず腕を組んで隠した。子供の身長では飛び上がっても届かないらしく、あからさまに歯噛みしている。
    「KK! こんなことやってる場合じゃないんだよ!」
    「なんで一かゼロしかないんだよ、オマエ」
    「アンタが死ぬかもしれないんだ!」
    「オマエも同じだろうが
    それがわかってて、オレが はいそうですかって言うと思ってんのか?」
    「ちが、だって……僕はそんなつもりで、」
    「じゃあなんだ、慈善事業のつもりか? 命削ることが?」
    はっきり告げると、分の悪さを感じたのか言葉を飲み込んでいた。怒っていることが暁人にも伝わっているだろう、おどおどとした反応が余計に癇に障る。
    「生き死にかかってんだろ ふざけたこと抜かすんなら、今ここで返してもいいんだぞ」
    「それはいやだ!」
    ほとんどぶつかるようにして暁人はKKを引き留めた。子供とは思えない力がKKを離すまいと必死に縋りついている。
    「やめろよ、やめ、…っやめてよ、お願い」
    「暁人」
    「嫌だよ、死なないでよ、いかないでKK、そんな…いやだ」
    徐々に濡れていく声が切実さを伴って訴える。今日見た冬の雨のように、きっと触れた端から冷えていくのだろう。二人して床に座り込み、今度はKKが小さな体を抱きしめた。暁人が自分の言葉で凍えてしまわないように。
    「生憎オレも同じ気持ちだ、あまり自分を粗末にすんなよ」
    「うぅ…」
    やんわり諭されてもなお、暁人は不服そうに唇を尖らせている。ごにょごにょと『KKだって』だの『すぐカッコつける』だの聞こえるが、話が進まなくなるので今は不問にする。
    「で、だ……暁人、勝負しようぜ」
    「ん?」
    「ここから二人とも生きて出られたら、役所行くぞ」
    「なんで役所」
    「今の流れで分かんねえか? 思考までお子ちゃまになったのかなぁ、暁人くんよ?」
    きょとんとする相棒があまりにも可笑しくて、にやけが止まらない。暁人は考えるそぶりを見せた後、途端に顔が真っ赤に染まった。行き着いた可能性に、自分で混乱している。
    「は、いや、待って…えぇ!?」
    「どっちかが負けたら、生き残ったソイツを呪う それでソイツも死んで終わりだ」
    「いやいやいや、まったく意味が分からないよ! しかも勝負になってないし!」
    目を回して百面相に忙しい暁人に顔を近づけた。
    「『人を呪わば穴二つ』だ、良かったな暁人――オレとオマエ、死んでも一緒だ」
    「っ、」
    瞳を合わせて言い聞かせると、ぴたりと暁人の動きが止まった。いつもより丸くて大きな瞳が不安げにこちらを見上げる。
    「…一緒で、怖くないの?」
    「あんだよ、まだ何かあるのか」
    「おれといたら、たくさん失くすかもしれない……大事にしたかったものも、これから出会う人も」
    能面のような顔つきで暁人がたずねる。それがコイツの本心だと、KKは悟った。だから今でも何もない場所で、子供の姿をして息を潜めている。幸せだったころ、戻りたいと求め続けている過去の自分。それは生きている限り心のどこかで残り続けるのだろう。
    「前に言わなかったか?」

    それでも最後にはいつだってそこにたどり着くのだ。
    夏と秋の境目、赤い月が照らす渋谷の真ん中でオマエと出会った、あの夜に。
    「もう失うものはねえよ、これから先のことは……まあおいおい考えるさ」
    そこで言葉を切って、KKは両手で暁人の頬を包み、こつりと額を合わせて目を閉じる。なぜ暁人だったのか、暁人でなければいけなかったのか――それはきっとこの瞬間のために。
    「さて、戦いを前にオマエは引き下がれるか?」
    「……分かってるくせに」
    かかる吐息が弾んでいるのを感じる。一つの身体じゃなくてもわかる、満ちてゆく霊力と、比例する魂の高揚。

    「絶対だよ」
    「おう、絶対な」

    最後に映った相棒の顔は、ようやく年相応に笑ってくれた。




    「遅すぎよ、貴方」
    散々な思いをしてようやく帰ってきたにもかかわらず、凛子節は健在だった。いつもの古びた天井と、装置を冷やすファンの音。少しかび臭い空気に、ようやく思い切り息ができる。
    「暁人くん、無線越しにも分かる取り乱しようだったし、来てみれば貴方は血まみれだし…あそこで一体何があったのよ」
    動こうとするも、身体の痛みと取りつけられたチューブが邪魔をして思うようにいかない。エドにいくつか外してもらい、やっと上体を起こすことが出来た。探し人はすぐ隣で横たわっている。
    「暁人は」
    「ごらんの通り、まだ意識が戻らない」
    バイタルこそ安定していたが、それだけだった。機材では測れない部分が深刻なダメージを負っているのだから無理もない。
    「『君に霊力を送り続けたことが相当負担になったようだね、自殺行為だよあんなものは』」
    「そもそも、これも暁人くんの提案なの、私たちはみんな止めたけど…」
    そこで顔を顰めたのは凛子だけではない。あのエドが表情を変えるなんて、今までになかった事だ。
    「暁人くん、『何もしないまま死ぬつもりはない』ってそればっかりで
    こんなところばかり貴方に似なくたってよかったのに」
    「オレに言うなよ」
    「監督不行き届きよ」
    「オレはアイツの保護者になる気はねえぞ」
    ただ一人の相棒を見つめたまま、KKは断言する。
    二人で決めたことがある。勝負を降りたつもりはない。だからこれは無力な祈りでもなければ、希望的観測でもない。
    「――『絶対』に」
    「そ……です、よ…」
    「暁人くん!?」
    初めに指先が反応して、声が聞こえた。騒然とする周囲をよそに目覚めた暁人は、眩しそうに目を細めている。
    「ぼくらで、決めたんで、す」
    伸ばされた手を握り返し、しっかりと指先を絡める。凛子は二度見し、エドは『おやおや』と訳知り顔だ。
    「…勝ったよ」
    「当たり前だ、負ける勝負なんざしねえ」
    「ああもう、ちょっと待って! 二人の世界に入らないで!」
    両手で制止しながら凛子が割って入る。
    「とにかく今から検査! それで絶対安静!
    二人とも方向は違うけど身体がボロボロなの、何を決めたのか後でじっくり…いや、いいわ、聞いたらこっちまで倒れちゃいそう」
    冷静さを保とうとしているようだが、語気の荒さが隠しきれていない。そのままふらふらと部屋を出る凛子と比べ、エドは正気に戻るのが早かった。手早くパッドを貼り付けながら端末から音声が聞こえてくる。
    「『マリッジブルーは解消されたというわけかな』」
    「マ、そんなところだ」
    「『それは良かった 君たちの繋がりの深度は、そのまま強さになる
    行き着くところまでいけば、本当に敵なしになるかもしれない それは僕らにとっても歓迎するべきことだからね』」
    「なるほど」
    「僕たち、祝われてる……?」
    「一応な」
    実利に基づく講評だが、あれでいて彼なりの最大の賛辞だとKKは知っているのでありがたく受け取っておく。赤いボタンが押され、機械から振動音がする。ややあって、再び端末から音声が再生された。
    「『安心するといい 君たちのそれは、もう取り返しのつかないくらいに雁字搦めになっているからね、ちょっとやそっとでは解けないし、むしろ不用意なことをすれば倍返しされそうだ、――』」
    その後続いた言葉に、暁人と二人顔を見合わせて肩を竦めた。ちょうど同じことを思っていたので。


    まじないこそ例外なく『有限』だが、それはもう別のものに成っている。
    あるいはそれは、のろいのように――






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    okusaredango

    MEMOフォロワーの雨映さんとお話してて話題にあがったK暁の猫パロのネタが湧いてきたのでとりあえずざっくりメモ。
    なんか、こんな感じの絵描きたい......
    本編後全員生存エンドで紆余曲折あってお付き合い後同棲を始めたK暁の世界線。K暁と猫2匹のほのぼの平和物語。
    以下思いついた設定↓

    KK→仕事(怪異退治)の帰りに怪我をした猫を発見。何となく既視感を覚えてお持ち帰り。そのまま飼うことに。我が子のように可愛がる。デレデレ。最近何処の馬の骨か分からない男(猫)連れてきてうちの娘(オス)はやりません状態。

    暁人君→同棲人がどこからか拾ってきた猫に戸惑いながらも懸命に看病するうちに愛着が湧いてそのまま飼うことに。デレデレ。自分と同じ名前なのでたまに自分が呼ばれたのかと思って反応してしまうのがちょっと恥ずかしい。

    猫1(あきと)→元野良猫。車と事故にあって右側(特に顔と腕)を負傷。倒れてるところをKKに保護されてそのまま飼われることに。怪我は治っているが後遺症で右目が少し見えずらくなっている。名前は模様が何となく嘗ての暁人君に似ているということでKKが勝手に暁人と読んでたら定着してしまった。通称あき君。飼い主大好き。最近野良猫と仲良くなって家に連れてきた。
    683

    takeke_919

    DONE #毎月25日はK暁デー
    素敵タグにギリギリ間に合いました💦
    お題は「おはよう」
    Kは成仏したのではなく、暁の中で眠りに付いたという説を添えて。
    毛色の違う話が書きたいなぁと思い至ったまでは良いものの、毎度のことながらお題に添えているかは迷走してます🤣
    目醒めの言の葉 東京の街を覆っていた濃く暗い霧は晴れ、東の空からは眩い光を放つ日輪が顔を覗かせている。

     幾重にも連立する朱鳥居を潜り、石燈籠の淡く揺らめく灯りに照らされた石階段を登る暁人の胸中には全てを終わらせた事による達成感と、追い求めた者を失ってしまった喪失感。そして、自身の中に宿る男への寂寥感が入り混じっていた。男の悲願は達成され、その魂が刻一刻と眠りに就こうとしているのを肌身に感じる。

     本当に独りぼっちになってしまう。

     そうは思うものの、妹に、両親に誓った。泣いても、みっともなくても生きていくのだと。次に会うのは、最後の最後まで生き抜いた、その後なのだと。

     一歩一歩、階段を登る最中にKKから彼の妻子に向けての言伝を預かった。『最後まで、あきらめずに生き抜いた』と、そう語られた言葉は、彼の想いが沢山、たくさん詰まった大切なモノだ。何があっても絶対に伝えなくてはと、しかと心に刻み込んだ。
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    32honeymoon

    DONE◇#毎月25日はK暁デー ◇お題:匂い
    ・久しぶりのあまいちゃ糖度120ぱーせんとなので苦手な方は要注意!
    ・KKと暁人くんが同棲してる世界のおはなし
    ・相変わらずKKが暁人くん大好きマン

    長編をあげた後だったので、今回は短くさらっと。
    豪雨つづくここ最近、太陽が恋しくなって書いた作品です。
    台風の余波で大変な思いをしている皆さまの地域に、
    はやく気持ちいい秋晴れが届きますように。
    おひさまのにおいはしあわせの匂い。ーそれは秋晴れがさわやかな、とても良い天気のとある一日のおはなし。


    「KKー、布団下ろすの手伝ってー」
    「お?ああ、分かった」

    ソファでくつろいでいた休日のとある夕方。ベランダから聞こえてきた柔らかな声に、KKはよっこらせ、と立ち上がる。

    「布団、干してたのか。いつの間に・・・」
    「そうだよ。気づかなかった?」
    「・・・気づかなかった」

    少しだけばつが悪そうに目をそらす姿にはにかみながら、
    「だって今日はお日様の機嫌が良い一日だったからね。あやからなきゃ」と暁人が言う。

    「お日様の機嫌ねえ・・・また随分と可愛い事言うじゃねえか、」
    オレにしてみりゃただの暑い日って感じだったがな、と続けようとしたのを、KKが済んでの所で飲み込む。
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