かたゆでたまごある日のことだ。
夜戦部隊に組み込まれ、夜が明けた頃帰城した俺は、疲れと眠気でふらふらと廊下を進んでいた。
が、本丸内の連絡用掲示板に書かれたれた今日の朝餉のメニューを何気なく見やり、その中の単語のひとつを認めて一気に目が覚めた。
ゆでたまご。
俺は、大倶利伽羅の作るゆで卵が好きだ。
ゆで卵の好みは半熟から固ゆで、そもそも好きではないなど本丸内でも意見が分かれるところだが、大倶利伽羅の作るゆで卵は、黄身が全部固まっている、いわゆる固ゆで卵。
歌仙の作ってくれる半熟のゆで卵も美味いが、俺はどちらかと言えば固ゆで卵が好きなのだ……と思う。
俺が作ると大体茹ですぎて黄身の表面が緑になるのに、大倶利伽羅の作るゆで卵はいつも黄身が均一に黄色に染まっていて見た目もとても綺麗なのだ。
……その黄身の色が、まるで彼の瞳のようだ、と思ったのはいつからだったか。
きっと、その頃にはもう、大倶利伽羅に惹かれていたのだろうと思う。気がついたら、目で追いかけるようになっていた。
厨を覗くと、そこには大倶利伽羅だけがいた。
大倶利伽羅は、ちょうど卵を水に浸けて冷やしている最中のようだったが、俺の気配に気がついたのか、目線だけこちらに寄越して……俺だと気がついたのだろう、驚いたように二度見した。俺は幽霊か何かか。それとも俺が写しだからか。
…………きゅうりを背後に置かれた猫のようだ、と思ったのは秘密だ。
「……帰っていたのか」
「ああ、先ほど帰還したところだ」
「そうか」
そう言いながら何も言わずコップを出してくれるところが大倶利伽羅の優しいところだと俺は思う。
水を飲みつつ、本題を伝える。
「その、朝餉にゆで卵が出ると聞いたから……ひとつ、貰いに来たんだが……」
「あんた、そんなにゆで卵が好きなのか」
「あ、ああ。好きだ」
大倶利伽羅は、少しの沈黙の後、
「……そろそろ冷えた頃だろう……少し待っていろ」
と、ひとつ卵を持ってきてくれた。
ありがたく頂戴し、殻を剥いて一口かじる。
が、大倶利伽羅は何故か俺のゆで卵を見てため息をつき、一言、
「……失敗した……」
とだけ言って、机に突っ伏してしまった。
何がどう失敗なのか分からず、とりあえず口の中の卵を飲み込み反論を試みる。
「えっなんでだ美味いぞ?どこが失敗……」
「肌が綺麗じゃないだろう」
指されたのは、少しだけ表面が剥がれ、ぼこぼことした白身部分。
「そんなことまで気にするのか……?」
「もったいないし見た目も良くない」
「美味いのに……」
釈然としないまま残りを口に放り込み、咀嚼する。
黄身はいつも通り、全て綺麗に黄色だから、俺はそれで満足なのだが。
でも、細かいところまで妥協しない彼のその姿勢が、俺はとても好ましいと思う。
夜。
新しく本丸に来た仲間の歓迎会で、大広間は既に宴会場と化していた。
あまり騒ぐのは得意ではない俺は、偶然隣に座った大倶利伽羅と結託して宴会場からこっそり抜け出し、縁側で取ってきた料理をちまちまとつまみつつ酒を飲んでいた。
もちろん、皿の中にはゆで卵もある。
が、酒が入っていたせいか、俺は失態を犯してしまった。
「あっこれ歌仙の卵だ、間違えた……隣だったか……」
「なんだ、あんたは半熟卵は嫌いか?」
「いや、歌仙の作る半熟卵も好きだ。だが、俺はあんたの作る固ゆで卵が一等好きだな」
「そうか」
「なんだろうな……あんたの作るゆで卵の加減が好きなんだ。全部綺麗に黄色で、まるであんたの瞳のようで。だから、好きだ」
「……そうか」
そう、聞かれてもいないのに本人を前にとんでもない告白をしてしまったのだ。
しばしの沈黙。
…………待て。今俺は何を口にした?
などと今更気づいてももう遅い。出してしまった言葉は戻らない。
この想いは、折れるまでずっと、秘めておこうと思っていたのに、こんな形で知られるなんて。
いや、でも卵が好き、という意味にも取れるはず……
などとぐるぐる回る思考を止めたのは、心地よい低音。
「俺は、あんたみたいだと思っていた」
「…………は?」
ぽつり、落とされた言葉。
俺が、何だと?ゆで卵?意味がわからない。
思わず間の抜けた声を出して大倶利伽羅の方を見る。
思っていたより近くで目があって、心臓が跳ねた。
龍の巻きついた腕がこちらに伸ばされる。
「……白に包まれていて」
被っていた布が落とされる。
「中身は綺麗な金色なところが」
そのまま髪を触られる。
「そっくりだと思っている」
なんだ、その、顔。
そんな顔、初めて見た。
「きっ……れいとか、言うなっ……」
金色から逃れたくて目を逸らし、布を被り直す。
顔があつい。
その視線の熱で、茹だってしまいそうだ。
「……で、あんたが好きなのは、俺の作るゆで卵だけなのか?」
「…………あんた、ずるいぞ……」