我が家のお稲荷さん「けーけー、ぼくのつがいになってよ!」
「暁人…」
この歳でまさか告られるとは思わなかった。見上げた狐の耳を生やした子供が真剣な顔でKKに告白している。気まずそうな顔をしたKKはどうしてこうなったのか、頭を抱えた。
『我が家のお稲荷さん』
木々が騒めく、空から雫が落ちてくる。天気予報で言われていた通り降り出した雨に持っていた傘を差す。草木に覆われた山の麓にある神社へと用事を済ませたKKは、長い階段を下っていく。
「ちっ、結構降ってきたな…」
キュゥーン、何処からか、か細い動物の鳴き声が聞こえてくる。今にも消えてしまいそうな、弱弱しい泣き声に動物が苦手なKKでも無視できるわけがなく。泣き声の方角へと歩き始めた。整備された道から外れ、草木生い茂る道を革靴で歩く。泥濘んだ土の上が歩きにくい。大きくなる鳴き声に近づいてきたことがわかる。
キューキュー、工事の為に一時置きされているショベルカーを屋根に、薄汚れた子狐が二匹、身を寄せ合っている。大きめの子狐が小さめの子狐を抱きしめるように覆いかぶさっている。覗き込むようにショベルカーの前で屈みこむ。KKの気配に気づいた大きめの子狐が顔を上げる。
う”ーーーー、先ほどまでの高めの鳴き声が噓のような低い泣き声に驚きながら、傘を片手に着ていたトレンチコートを脱ぐ。
「何もしない、弟か妹かわからんが、このままだと両方とも死ぬぞ」
激しくなってくる雨から、小刻みに震える小さな身体を守るように傘を差しだし、優しい声色で話しかける。危害を与える様子がない事がわかったのか、大きい方の子狐が大人しくなる。
「よし、じゃあ、持ち上げるぞ」
脱いだトレンチコートですっかり冷たくなった子狐たちを包み込み、片手で支えると、傘を差しながらアジトへと小走りで向かい始めた。
アジトで帰ると日も暮れている為か、すでに誰一人残っておらず、取り出したバスタオルで二匹を包み込んだ。濡れ鼠と化したKKが身体を温める為に、シャワーを浴び、浴室から出てくる頃には、二匹とも安心した様子で静かに眠っていた。
次の日、動物病院に連れていくと、大きい方は雄、小さい方は雌だったとわかった。特に病気もなく、体温低下で弱っていただけのようだ。今では元気だが、念の為と薬を処方してもらう。
「いい人に助けてもらって良かったわね」
そう獣医が微笑むと、前に助けてもらった恩があるからと、診察料は受け取れないと言われてしまう。流石にそれはと断るも押し切られてしまった。
「いい人ね…」
譲ってもらったゲージに二匹を入れ、アジトへ戻る中、獣医の言葉にむず痒さを覚えた。
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元気になるまで世話することを決めたKKは、呼びにくいという理由で、兄の方は暁人、妹の方は麻里と名付けた。いつか、山へ帰す為、あまり情を掛けるのは得策ではないのはわかっていても、後ろをついてくる二匹が可愛くて、突き放せず、気づくと二か月が経っていた。
ある朝、寝苦しさに目が覚める。
「…またか、」
寝起きで思考が回らない状態でありながらも、寝苦しさの原因の見当がつき、かさついた声で呟いた。最近、専用のベッドから抜け出した暁人が、KKの布団の上に移動してくることが続いており、今回も同じだろうと、下を覗いた。布団の上には狐の耳を生やした全裸の小さな男の子がすやすやと寝息を立てていた。
「……はぁ?誰だ!」
一時的に思考が固まるも、突如現れた子供に布団から飛び起き、立ち上がる。ゴロリと布団の上にいた子供が転がる。
「…まだねむいよ」
「……」
床に転がり落ちた子供が眠たそうに顔を擦りながら、嘆く。
「…お前、誰だ?」
「?だれって?ぼくだよ?あきとだよ?どうしたの?」
「暁人は狐だぞ」
子供らしい幼い声で、名前を名乗ってくるも、姿形が一致しない。暁人は子狐で、人ではない。確かに狐の耳が生えているが、疑いの目を向ける。
「きつね?ぼく、きつねだよ?」
「狐?確かに耳は生えてるが、人の形をしてるぞ」
コテンと、首を傾げた子供が不思議そうに答える。KKの言葉に不思議そうな顔をしたまま、下に顔を向ける。
「あ!にんげんになってる!にんげんになってるよ!けーけー!」
「…お前、本当に暁人なのか?」
「やったー!」
自身の姿を確認した暁人が嬉しそうな声を上げ、飛び跳ねる。その様子に撫でたり、褒めたりした時に飛び跳ね喜ぶ子狐の姿が重なる。
「ねえ、けーけー!」
「あー化け狐だったのか…」
「ねぇ、ってば!」
「……あ?ああ、何だ?」
跳ねるようにKKの足元に近づいた暁人が小さい手で寝間着を掴み、名を呼ぶ。頭を抱えたKKが下を覗くと、満面の笑みを浮かべている。
「けーけー、ぼくのつがいになってよ!」
爆弾が投下された。
「…暁人?」
「ね、けーけー、ぼくのつがいになって!」
「お前、絶対番の意味わかってないだろう…」
「むー、わかってるよ!つがいはこうびするんでしょ!」
「……」
小さい子供の口から、らしく無い言葉が出てきて、驚愕する。剝れている顔は可愛いが、言葉が最悪だ。更に頭を抱えることとなった。
「ね、けーけー、だめ?」
「……はぁー」
「けーけーは、ぼくのこときらい?」
深いため息に暁人の瞳に涙が溜まる。
「暁人、お前の事が嫌いだったら、一か月前にさよならしてた」
「じゃあ、なんで?」
足元にいる暁人に目線を合わせるべく、しゃがみ込む、ふさふさの耳が生えた、俯いた頭を優しく撫でていく。
「まだ、子供のお前には早いんだよ」
「こどもだとだめなの?」
「人間様の社会には色々あるんだよ」
小さい子供に言い聞かせるように傷つけないように伝える。
「おとな…おとなならいいんだね!」
そう嬉しそうにKKの寝間着を掴み俯いた顔を上げる。
ボンッ、という音と共に白い煙が立ち込めたと思ったら、KKは押し倒された。
「大人だったら、大丈夫なんだよね!番になってよ!!」
全裸の狐耳を生やした青年が、整った顔を近づけ笑った。
「お兄ちゃん!服着て!!」
聞こえてくる女性の声に厄介なことになったと、今更ながら、狐の兄妹を拾ったことを後悔したのであった。