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    @7_kankankan_100

    気の赴くままに書き物。今はエク霊、芹霊。(以前の分はヒプマイどひふです)
    正しい書き方はよく分かっていません。パッションだけです。
    書きかけ多数。

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    @7_kankankan_100

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    どひふ版深夜のワンライ、お題「最後の一口」で書きました。

    二ヶ月に一度の定期配送にしている荷物が届いた。
    一二三はどっしりと重たいそれをキッチンまで運び、ひとつずつダンボールから出していく。無塩バター五百グラム、薄力粉一キロ、アーモンドプードルに純ココア。今回はストロベリーパウダーも用意してみた。子猫ちゃんたちへの愛を表現するためにピンクのハートを型どるためだ。
    一二三の提案により、fragranceで一年間限定で行われる一二三の手作りクッキーのプレゼント企画もこれで三回目。大量のクッキーを作る段取りに、初めて作った時は少々手間取ったが三回目ともなれば慣れたものだ。頭の中で手順を描いてその通りに手を動かしていく。家庭用のオーブンだと一度では焼ききれないために数時間がかりの作業となる。休みが半日潰れるが、せっかく料理が趣味なのだからそれを生かせないかとずっと考えていて、ようやく形にできたこの企画を一二三は心から楽しんでいた。評判も上々で、プレゼントする偶数月には限定クッキーを手に入れようといつもより多い予約が入った。
    とは言え、焼いている間はやる事がないので待つ傍らで家事もこなせば一石二鳥だった。
    あと一回オーブンをかければ作業が終わるという頃、独歩からメッセージが入る。仕事は終わっていないが、出先で家の近くにいるので夕飯を家に食べに帰ってもいいか?という内容だった。指定された時間は一時間後。家事も全て終わっていたしクッキーも焼くだけなので問題はない。一二三は了承の返事を返した。

    一時間後。
    独歩はマンションの自宅のある階に辿りつくとどこかから甘い匂いが漂ってきた。それは自宅に近づくにつれ濃くなっていくのですぐに一二三が何か作っているのだと気づく。玄関ドアを開けると、まるでお菓子の家に紛れ込んだかのような甘い空気が流れ出てきた。
    リビングへ向かえばキッチンでは軽快な調理音と共に一二三の「おかえりー」という声が。料理しながら喋るれるなんて相変わらず器用な奴だと思った。独歩自身が料理をする時は作業に集中しないとすぐ失敗してしまうから。
    「今オムライスの卵焼いてるから待っててな。さっきベランダから独歩が帰ってくるの見てたからタイミングばっちりだろ〜」
    「急に連絡して悪かった。近くまで来てもいつもだったら帰社するんだが、確か一二三は今日休みだと思って」
    「外で食べなかったんだ。そんなに俺っちの手料理が恋しかった?」
    からかう口調で言うと、独歩はウッと言葉を詰まらせる。その通りだった。今日で三日間連続終電帰宅になる予定の独歩のクタクタの心を癒せるのは一二三と一二三の手料理しかなかったのだ。そのちょっとした甘えを指摘されたのが恥ずかしくて、紛らわすように話しを変える。
    「と、ところで、お菓子でも作ってるのか?外にまで甘い匂いが漏れてたぞ」
    「そうそう、プレゼント企画のクッキー作ってたんだ」
    「ああ、あれか。お前も面倒なこと考えるよな」
    「何言ってんだよ、ちょ〜〜!楽しいぜ!」
    小さな子が、これくらい好き!と両手をいっぱいに広げてみせるような仕草で言ってみせる一二三の言葉に嘘はないようだった。
    オムライスを食べ始めた独歩に、今回は前よりもっと上手く出来たと見せたクッキーはまるで買ってきたかのように綺麗な出来で、もう何度となく作ってきている技術が表れていた。
    そういえば、と独歩はふと思い出す。一二三は子供の頃からクッキーを作っていた。母親と一緒に作ったから独歩にもあげる、と星型のクッキーが入った袋をドキドキしながら受け取った。友達手作りの物をもらうなんてなんだか特別みたいで嬉しかった。その場面を思いだし、独歩はふっと吹き出して笑った。
    「どしたん?」
    「いや、小学校の頃、一二三が初めて手作りクッキーくれた時に一ヶ月後くらいに俺が突然休んだの覚えてないか?」
    「あー、小三ん時くらいの?なんとなく覚えてる」
    「俺が熱が出て一緒に登校できないからお前も休むって駄々こねただろ。あれ熱じゃなかったんだ」
    「え!風邪じゃなかったん?寂しく登校した俺っちの気持ちどーしてくれんの」
    「俺にも深い事情があったんだよ。あの時貰ったクッキーがとにかく嬉しくてな、一日一枚ずつ大切に食べてたんだ。それで最後の一枚になったらもったいなくて、もっと後になってから食べようって机の引き出しに大事に取っておいたんだよ」
    「……それってもしかして」
    「どうなったと思う?」
    あの頃、休んだ独歩が次の日に登校してきてもずっと下を向いていたので、まだ体調が悪いと思って一二三は心配していたのだ。今の話とそれを踏まえると、
    「食べれなくなったんでしょ」
    「正解。しまっておいたの忘れてて、見つけた時にはカビだらけになってた。大切にしてた物を忘れてたことと、一二三に貰った物をこんなにしちゃったっていうショックでめちゃくちゃ泣いて、朝起きても泣いてたから、もう休みなさいって言われたんだよ」
    二十年の時を経て発覚した真実に一二三はテーブルに突っ伏して笑った。そして嬉しくて堪らなかった。あの頃からずっと自分の作った物をそんなふうに思っていてくれていたなんて。
    「ありがとう、独歩。一人で登校した俺っちが報われたわ」

    夕食後、一二三はすぐに仕事に戻っていく独歩に「休憩の時食べて」と出来たてのクッキーの包みを渡す。ありがとうの気持ちを込めて一二三を抱きしめると、クッキー作りで染み付いた砂糖とバターの甘い甘い香りがした。
    「最後の一口、デスクに置いといてカビ生やすなよ」
    「さすがにもう大人だからしないよ……。それに」
    独歩は一二三にキスをしてから目を覗き込んだ。シャンパンゴールドの目に映る自分は一二三と出会った頃よりもすっかり歳を取っていて、こんなになるまで一緒にいられたのだからこれから先もきっと一緒だと自負がある。
    「それに、食べきってもまた作ってくれるだろ」
    この一口を食べきってしまったら、次はいつ作ってもらえるだろう、と未来に不安を抱いていたあの頃はもう遠い昔だ。
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