仮 吉岡は定職に就いていなかった。
もともと縛られるのが苦手で学校も居心地が悪かった思い出しかなく、社会人になっても組織に所属して働くというのがあまりに無理で就職して三年で勤め先を辞めた。
働き口なんて選り好みしなければいくらでもあるし、その場の人間に合わせるのも苦ではなかったので、気の向く時に働き、そうでない時は無職でのんびりやる、というのが自分に合ったライフスタイルだった。
ただ、“選り好みしなければいくらでもある仕事”というのは当然まともなやつではない。
吉岡は求人誌なんてまともなもので選ぶ事は少ない。あちこち飲み歩いている先で知り合った似た物同士たちと、情報交換をして仕事にありつくのが大半だった。
便利屋であったり、探偵事務所だったり、“何か”を運ぶ運送業だったり
その中でも一番最近に紹介してもらった、山奥にあるナントカの研究をしている研究所の守衛の仕事が飛び抜けてやばかった。
稼げればよかったので求人内容なんて聞いてもいなくてなんの研究をしている所かも知らなかった。山奥なんかにあるのだから碌でもない事をしているのだろう。
吉岡は自分にぴったりの仕事だと思った。何より山奥なのでほぼ関係者しか行き来がなく楽な業務なのが気に入っていた。
なのにだ、ある日二人の少年が訪れて(書きかけ)
そこから記憶がない。
気付くと吉岡は耳を負傷し山の麓で意識を失って倒れていた。それで会社に連絡をしても繋がらないし、なんとか自力で会社が存在していただろう場所まで歩いてたどり着くとそこは瓦礫だけが残っていて唖然とした。
瓦礫は本当に吉岡が記憶している会社の建物だったのかすら分からず、かと言って追求する気にもならなかったのでそれっきりだ。
それ以来、さすがにどんな会社なのかくらいは確認しようと胸に留め置いた。
それから、この頃からよく記憶が飛ぶようにもなった。そんな時は、体を打ち付けたような痣や擦り傷がよくあったので、酔ったか夢遊病かと疑ったが、困っているわけではないのでこれについても深くは考えなかった。
現在の吉岡は、以前の失敗を踏まえて、しばらくは普通の生活をしていようと、割とまともなとこで仕事をしている。定型ルートのある運送業の、中間倉庫の荷下ろしと積込みだ。
それでも急に手持ちが心許なくなるとついつい変なものに手を出すのは相変わらずだった。
その日吉岡は呑んだ先で気の合ったキャバ嬢の女の店を訪れていた。仕事外で気が合ったのだから、さらに店でプロの接客を受けたならそれはもう気分がよくて、うっかり財布の紐も緩んだ。
高い遊びではあるので、二度目はないだろうと思いつつも、また来るよ、と社交辞令を口にした帰り道、吉岡は深いため息をついた。
全部使い切るつもりではなかったのに、多めに入れてきた財布がすっからかんになってしまっていた。まともな企業は今やどこも安月給なのに。
あの研究所の件以来、どうにもついてない事が続いたので、仕事と言えども優しい言葉をかけられたらつい羽振りのいいふりをしてしまうのも仕方がないというものだった。
無茶苦茶な仕事ぶりのくせに変に堅実なとこがある吉岡は、給与の一部を投資に回しているので、今月分の手持ちはもうほとんど無い。
絶望的な思いで、河川敷で食べられる葉っぱの採取すら頭に浮かんだ吉岡だったが、深夜の繁華街をふらふら歩いていたらビルとビルの隙間の奥の裏路地にふと視線が向いた。
なんてことはない、よくある風景。けれど切羽詰まっている吉岡には奥まったそこにひっそりと立つ電柱に貼られた『アルバイト急募、給与即時支払い』の文字が飛び込んできた。
今どき電柱に貼るなんて怪しい匂いがプンプンするが、今までやって来た仕事を思い返せばどうということはない。
貼り紙の詳細に目を通すと、この不安な世の中を明るく生きるためにと銘打った活力剤のようなものの効能を試すアルバイトらしかった。
吉岡は以前治験のバイトの話は聞いた事があるがそれのようなものだろうか。高給とは聞いているが、薬が苦手なので手は出してこなかった。しかしこれは多分栄養素ドリンクのようなものだと勝手に解釈した吉岡は、バイト代の即時支払いに目がくらんで、翌日にはそこを訪ねていたのだった。
倉庫番の仕事の後、昨日の怪しげなバイトへ赴き無事に数万円を入手できた吉岡は大満足で家路に着く事ができた。
貼り紙の胡散臭さに反して、内容は吉岡の想像とそう違いはなくごく普通のものだった。事務所も歯医者のような雰囲気で小綺麗だったし、吉岡の他にもバイトでやって来たらしい男が一人いて少し安心したくらいだ。
奥に通されると壁一面に遮光瓶が整然と並んでいて、中身は漢方の材料のようだった。
軽い問診の後で試作品を摂取して二時間ほどその場に留まり、身体に出る反応のデータを取る、という作業だったのだが、吉岡にはなんの変化もなかった。
白衣を着た研究員らしき人物にあれこれ尋ねられたが全く持っていつも通りであった。
「体温も平熱ですね。体の末端にも何か感じませんか。皮膚に触れる感触とか」
「いいえ、とくに何も」
「発汗も特に無し……。う〜ん、体格がいいので量の問題かな。あなたくらい大きな人が来たのは初めてなのでデータに入れておかないと。身長は……186センチですね」
問診票にメモを書き込まれたあと、脈拍と瞳孔も確認され、それも変化がなかった。「この後、もし変化があればまた電話でも再来所でもいいので報告が欲しい」と言われた。その時は追加報酬もあると付け加えられ、連絡先をもらっての帰宅となった。
もらったカードには“ハッピーエブリデイ研究所”と記されており、研究所の名称にいい思いのない吉岡は、頬を引き攣らせて苦笑いが浮かんでしまった。
「まあいいか……。明日は休みだし、今夜は臨時収入もあるし酒買って帰ろ」
気分を変えて足取り軽くコンビニに寄った吉岡は、そこから記憶が途切れた。
✢ ✢ ✢
「くそっ!こんなとこにいやがった!真っ直ぐ帰ってこないでふらふらどこ行ってたんだよ」
エクボは、超能力で世界征服を目論む組織『爪』との対立で、急遽必要になった身体をそこの守衛であった吉岡という男のものを借りたのだが、今までに感じたことのないほど動かしやすい憑き心地だった。
抵抗というのもを感じず、これは子供に多い現象なことから、吉岡という男は単純な人間らしかった。
エクボは吉岡の身体を気に入り、教祖時代を除いては憑依先を固定したことはなかったのに、今は彼の身体ばかりを借りている。何より霊幻との体の相性も良かったのが一番の決め手だった。
それにここまでの長身は見つけるのがなかなか難しい。霊幻の身長が平均よりも高いせいで、やはり吉岡の身体は都合がいいのだ。霊幻のあの物言いや態度で、目線まで見下されたらたまったものではない。
今日は身体付きで霊幻と呑むと決めていた日で、相談所の仕事が終わり吉岡の身体を借りるために彼の家を意気揚々と訪ねた。なのにどういうことだか部屋には誰もいなかった。
吉岡の予定は把握済みのつもりだったが、予定外のことが起こったのだろう。エクボは吉岡を求めて付近を飛び回っていたら、彼の自宅アパートの最寄りのコンビニに入る所を無事に発見したのだった。
いつもだったら目立ったとこでは入らないのに、急いでいたせいで入り口ドアをくぐろうとしているところでスポンと取り憑いた。
頰にじわりとエクボである印の赤頬が浮かび上がる。
反動で吉岡の身体は膝をつき、後ろから入店してきた別の客とぶつかり驚かせてしまった。
気を取り直してエクボはポケットに入っていたスマホを取り出して時間を確認する。
「あ〜、霊幻を待たせちまってるな。ちょうどいい、この店で甘いもんでも買ってってやるか」
いわゆる詫びスイーツだが、霊幻はお子様舌なので割と効果がある。目新しい物にも食いつく質なので新商品の、老舗茶屋とコラボした抹茶のミニパフェを一つ。それから定番のガトーショコラを一つ手に取った。
吉岡の財布を覗くといつもより多めに入っているようだった。エクボは察する。今日の予定外の出来事とは恐らく臨時収入得るためにどこかに行っていたのだろう。
碌なものに手を出していなければいいのだが、とエクボは一抹の不安を覚える。
吉岡という男は憑きやすい単純さ故か生活でも割と騙されやすく、変な高額商品のローン契約を交わされそうになっていたりするのだ。
別にエクボの知った事ではないけれど、まだまだ身体を借りるために破滅されては困るので、代わりに契約破棄をしてやっていた。
まあ、今はそれを探っている時ではない。エクボはさっさとスイーツを買い込み霊幻の元へと走った。
✢ ✢ ✢
霊幻のアパートへ着くとやはり「遅い!」とお咎めが飛んできた。
霊幻は、いつものかわいさの見出だせないクマのスウェットを着て、風呂上がりの清潔な匂いを漂わせていた。
肌の質のせいらしいが、霊幻は赤ん坊にも使えるという刺激の少ない石鹸を使っていて、エクボはその柔らかな香りをとても気に入っていた。
険しい表情で玄関ドアを開けて迎え入れてくれる霊幻を、正面から抱きかかえて押し入るように中に入る。よろけて後ろ倒れそうな霊幻がエクボの背中にしがみつき、それを支えながら、エクボはまず彼の首筋に顔を埋めて深く息を吸い込んだ。
人間の、霊幻の肌の匂いとそれを撫でる石鹸匂いが、五感を得たエクボの嗅覚を刺激して心が満たされていく。
「風呂入って待っててくれたのに悪かった。コイツがどっか行ってて探してたんだよ」
ご機嫌取りなんかではなく、ごく自然に霊幻のこめかみや頰にキスを送ると、背中を掴まれていた手からふっと力が抜けるのがわかった。そしてぽんぽんと優しく叩かれる。
咎めてごめん、の意味だろうが、どうしていつも口で言えないのか、素直でない奴の扱いはとても難しくて、面白い。
「その代わり甘いもん買ってきてやったから、メシの後に食おうぜ」
手に提げている袋を霊幻に渡すと案の定パッと明るい顔になる。
「美味そう。新商品じゃん、ありがとな。でもホントにいいのかよ」
「なにが」
「何か買ってくる時、その人の財布から出してんだろ?」
「何度も言ってるけどな、だから時々コイツの仕事代わってやってんだよ。散財も阻止してやってる。端金を抜く以上の事はやってんの!
いい加減に素直に受け取っとけよな。面倒くさいから」
見ず知らずの人間との金銭のやり取りを気にするのは分かるが、エクボはこれは正当だと指折り自分の行いを挙げていく。もう何回目かのやり取りなものだから、最後に余計な一言が口をついて出てしまった、とハッとして霊幻を見遣る。だが霊幻は口をふにゅりと緩めているだけで機嫌は損ねていないようだった。
「エクボが代わりに働いてるとこちょっと見てみたいかも」
そう言う残し、さっさと部屋の中に入っていった霊幻の背中を見つめて、エクボは目を丸くした。
違う一面も見てみたい、だなんてずいぶんかわいい事を言うようになったものだ。
きっと、遅れてやって来ても、待ってた!と言われる日はそう遠くない気がした。
「どうした、エクボなんか顔赤くないか?」
「……そうか?」
振り返った霊幻にそう言われたが、エクボは先の霊幻の態度に感心こそすれど、そこまで高揚したわけではない。
手の甲を自分の頰にあててみたがよく分からなかった。
「急いで来たからだろ。それより先に風呂いいか。汗がベタつく」
「おー、入ってこいよ。その間に飯並べとく」
赤みを指摘されたエクボはシャワーを浴び始めてからさらに違和感があった。勢いよく出るお湯が肌にあたる感触にうっすらと刺激を感じる。いつもはなんともないのに。
なんなのかと首を傾げつつ風呂を出ると、いよいよ疑念がわいてきた。腰の奥が重いのだ。
確かにエクボは今から霊幻を抱こうと思っているし、霊幻だって準備済みだが、この体の反応は勝手に起こっているものだった。
そこですぐに思い浮かぶのは、吉岡に憑いたばかりの時の感じた一抹の不安。一体何を体に入れたのだとほぼ確信へと変わって、エクボは頭を抱えた。
まだこれ以上があるのか分からないし、霊幻に言うのはもう少し様子を見てからでもいいだろう。できればここまでであってほしい。何かの解消なんかで霊幻を抱きなくなかった。
霊幻によって準備されていたエクボ用の部屋着に着替え、風呂のドアから顔を覗かせればすぐに霊幻と目が合い手招きをされる。霊幻は炊飯器を持っていないので自炊となれば大抵麺料理で、今日はパスタらしかった。
「ツナとトマト缶のパスタにした。全部入れて煮るだけだし焼きそばより楽だな」
「おー、美味そう。ん、枝豆もあるじゃねえか」
「チューブにんにく買ったからな、塩茹でじゃなくて、にんにくと粗挽き胡椒で炒めてみた」
ニッと得意そうに笑う霊幻からビール缶を受け取ると、ゴツンと乾杯をして一日の終わりを労いあった。
「お前さんは半分だけだからな」
「一本飲んでも大丈夫だって」
「そう言ってこの前は途中で目ぇ回しただろ」
「あっ!あれ、は……お前が揺らしすぎるから」
「良さそうだったからなァ。酒少しにしとけば続けられたのに」
「あー、わかったわかった!もういいから食おうぜ!」
自分の痴態を言われるのが恥ずかしかったのか、霊幻の耳がサッと赤くなって、それと同じようにすぐに下手くそな食べ方で口の周りもトマトで赤くしていた。
食事を済ませて、持ってきたスイーツも食べていても、体の変化は風呂に入っていた時からほとんど変わらず、エクボはすこしホッとした。
気にしすぎだったな、と気を緩めて後片付けを霊幻と一緒にしていたその時だ、おい大丈夫か!と突然顔を覗き込まれた。眉根を潜めて不安そうな表情の霊幻を見て、エクボはようやく気が付く。
いつの間にか体が熱い。
「お前、額の汗すごいけど大丈夫なのか?熱でもあるんじゃ……」
いいながら、霊幻がエクボの額に触れて汗を拭うようにすると、エクボの背筋に快感が駆け上っていく。視界が点滅するかのような反応を示したと思ったら急に下半身に血が集まって、あっという間に完全に勃起してしまった。
あまりに急だったものだから痛みすら覚えて、足元がよろめいたがキッチンの小さなシンクに寄りかかっなんとか持ち堪えた。
ヤバい。これはダメなやつだ。
エクボは手が勝手に動いて目の前の霊幻を掻き抱いた。相手の体温を感じるだけで震えて、信じられないほど性感が高まっているのが分かる。もはや発情状態だ。
霊幻のつむじに鼻先をうずめて胸いっぱいにその匂いを吸い込むと頭がくらくらした。
「え、エクボ、どうしたんだよ」
「れいげん……、悪いちょっと待っててくれ」
エクボは元凶がなんなのかを探ろるために、脱いだ服や財布、スマホの中身を漁りだした。
すると、財布のカード入れに一枚の名刺のような物を見つけた。
「ハッピーエブリデイ研究所ぉ?」
エクボが怪訝な声でそれを読み上げると、霊幻が背中越しに顔を出す。
「なんだそれ」
「クソッ、多分これが原因だ」
「原因って、その……それの?」
それ、と言って霊幻が指差したのは、スウェットのズボンにくっきりと陰茎の形が浮かび上がるほど押し上げられているエクボの股間だ。
さっきエクボに抱きしめられた時、霊幻の下腹にはゴリッと音がしそうなほど剛直なものが押し付けられたのだが、まだ食事を終えただけなのに、ここまでなるのはいくらなんでも早すぎでは⁉ と思った通りなんだか様子がおかしいようだ。
打ちひしがれているエクボの手からカードをひょいと取った霊幻はそれに目を通す。
「なになに、この不安な世の中を明るく生きる活力をもたらすサプリメントの研究を日々行っております……? なんだコレ、胡散臭すぎるだろ」
「……お前さんが言えた義理じゃねえな。コイツの財布にいつもより多く入ってたんだよ。おおかた試薬の効能をみるバイトでもしたんだろうな。これはダメだろ……効きすぎだ」
今まで出てきたワードを並べると、エクボはどうやら精力が異常に増強している状態らしい。まあ、見れば分るのだけども。
これからせっかく二人の楽しい時間が待っているはずだったのに、エクボは苦しそうなほどで、額に浮かんでいた汗はついに滴となって頬まで伝い下りてきていた。
「霊幻、今日は悪いが俺様はこの身体返してくる。また戻ってくるから待っててくれ」
「ていうか、それ、出したら治まるんじゃないか? だったら別にこのままヤッても」
いいんじゃないか? と続くだろう霊幻の言葉を途中で止めて、エクボは霊幻の両肩を掴んで詰め寄った。
「俺様はな、お前さんのことはちゃんと楽しく抱きてえの! こんな状態じゃ意味がねえんだよ」
思いがけずエクボの気持ちを吐き出されて、霊幻の胸がきゅんと切なく鳴いた。
分かったら待ってろ! と言い残したエクボは部屋着から服に着替えようとしていたがズボンを脱いだところがで刺激が強すぎてその場に膝をついた。とてもじゃないが、コレを抑えて服に着替えるなんてできないだろう。
エクボが身動きが取れないでいると、見ていた霊幻がそっと寄り添ってくれたが、その口は薄ら笑いが浮かんでいる。
「てめぇ……、なに笑ってんだ」
「ん、ふふ、ははは。だって、意気込んでたと思ったらしおしおになるから。返しに行かなくていいから休んでおけよ。なあ、苦しいならお前は出てきたらいいんじゃないか?」
「いや、そしたらコイツが目を覚ますからこのままでいい」
エクボは霊幻に支えてもらってベッドまで移動して横になる。すると力抜けてだいぶ楽だった。
履き直せないズボンの代わりに霊幻が上掛けをそっとかけてやると、それでもエクボはビクンと体が跳ねる反応を見せた。
「顔ずっと赤いけど水いるか?」
「いる……」
霊幻は深い呼吸を繰り返すエクボに水を持ってきてやったが、起き上がれるかもあやしい。ストローもないし、霊幻は一瞬考えてエクボに「口は開けろ」と言った。そして自分が水を口に含み、ベッドの端に腰をかけるとエクボに覆いかぶさるように顔を近づけて口移しで飲ませてやった。
エクボの喉が上下して、上手く飲み込めたようだ。
「お前さん……ずいぶん恥ずかしいことするんだな」
具合の悪さか照れなのか、どっちにしろエクボはじとっとした目つきで見上げてきた。
「生まれて初めてやったけど上手くいったな」
霊幻がイタズラが成功したような顔で笑った。
一体どれくらいで治まってくるのかも分からず、小一時間たってもエクボは体の熱が治まらいのに苛立ってチッと舌打ちをした。
その間、霊幻は小さな音量でテレビを見て待っていて、時折目心配するように視線が向けられていた。
「エクボ、まだキツいか?」
霊幻はベッド脇にペタンと座ってエクボと目線を合わせると、額の汗は引いているようだったが、首筋は相変わらず赤いままだった。
下はどうなのだろう、と上掛けをそっとめくると、エクボから静止の声が上がる。
「おい! そっちはまだ……」
「うわ、バッキバキのままじゃん」
下着を押し上げる陰茎は上を向いていて、同じ器官を持っているものだから、それが痛みを伴っているとすぐに分かり、霊幻は眉をひそめた。
「やっぱり一回出したほうがいいって。ん、でも握ると痛いか」
それならそっと触れればいいのか、と霊幻はエクボの怒張に羽根を滑らせるくらいささやかに指の背を滑らせた。なのに熱がハッキリと伝わってくるほど熱い。
「だぁから、いいんだって! コイツが勝手に飲んだんだからお前さんが何かする必要はないだろ」
「それ言うならエクボが我慢する必要もないな。今日はお前に触れないの寂しいし。まあ、いいから寝とけって」
霊幻がおもむろにベッドに上がると重みでギシリと軋んだ音をたてる。
痛かったらごめん、と前置きして、それでもできるだけそぅっとエクボの下着を下げると猛る陰茎がぶるんと震えて出てきた。血の筋が浮き出てぱんぱんに張り詰めているのが見て取れる。そして、いつもより大きくもあるようだった。
霊幻はついゴクリと喉が鳴って、丁寧に洗浄をして準備しておいた尻の窄まりが疼いた。
エクボが苦しいのは分かっているが、それでもこれを入れたらどんなに中が擦れるだろうと好奇心がふつふつ沸き立つ。もちろん今はそんな事しないし、大きさだけが気持ち良さではないので、好奇心だけで片付けておくのが無難だ。
握らずに刺激するとなると、先端を愛撫するしかない。
張り詰めているだけのエクボの陰茎の先は濡れていなかったので、霊幻は口の中で唾液を溜めてそれをたっぷりと塗りつけるように亀頭に舌を乗せた。まだ動かしはせずにエクボの反応を伺う。
「ぅ゙……く、う……」
上から降ってくる声に辛さは感じられなかったので、霊幻は続けてぐるりと回すように舌を擦り付けると、エクボの太ももが二度三度と暴れた。そしてじわりとしょっぱさを感じて先走りを確認する。このまま続ければ射精できそうだ、と思っていると、ふと霊幻の頰にエクボの振るえる手が添えられた。
どうしたのかと、霊幻が顔を上げると唾液と先走りが混ざった粘液が糸を引いてぷつりと切れる。
唇に垂れ下がるそれを舐め取りながらエクボと目が合った。口をぱくぱくさせて何か言っているようだが上手く聞き取れない。
「なんて言ってんだ? 声出せない?」
「ち……がぅ……、くわえて……だいじょうぶ、だから」
「なにそんな泣きそうになってんだよ」
「だってよぅ……お前さんに処理させてるみたいで」
霊幻はまたしてもズドンと心臓を撃ち抜かれる。
普段と違う状況では別の一面を垣間見る事ができるのは知っているが、こんな嬉しい事ばかりでいいのだろうか。
霊幻は胸を落ち着かせるために深く息を吐いて
「俺、愛されてんのな。でも俺だってお前を楽にさせてやりたいんだよ。いいから黙って出しとけ」
霊幻はいつもより慎重に口の中にエクボを迎え入れる。これだけ敏感になっていたら吸い上げはしないほうがいいだろうと思い、首を傾げて先端を頬の内側にあてた。頬にぽっこりと陰茎の形を浮かびあがらせて、ぐにゅぐにゅ擦っていく。
熱くどっしりとしたもので口がいっぱいなっていて息が上手くできない。意識がぼんやりとしてきたせいで、性感が理性よりも高まってきた。エクボのこと楽にさてやると言っておきながら、霊幻は自分の下腹もじんわりと熱くなってくるのを感じて腰が揺れてしまった。
頭上からエクボが、はあっと大きく息を吸ったのが聞こえた。次の瞬間、エクボの両手が霊幻の頭を捉えて金茶の髪指を差し入れた。
霊幻は嬉しくて自然と目が細まった。
「えぅぼ、ひもひいい?」
「あぁ……。もう、いく……から、そのまま擦ってくれ」
痛くないのなら良かった、とホッとした。
霊幻はエクボの下生えが鼻先に触れるほど深く咥え込んで、柔らかく狭い喉奥で亀頭を包む。するとすぐにエクボの手に力が入って、髪を混ぜるように撫で回された。その手付きにはいつでもうっとりとしてしまう。
エクボに呼応するように昂ってきた霊幻は堪らなくって、自分の股の間にもそっと手を差し入れる。芯を持ち始めて入るそれを扱くと気持ち良さで喉がぐっと狭まり、はからずもエクボのモノを締め上げてしまった。
「あ゙っ……ぐ。れ、げん…。出る……っ」
エクボの掠れた声が霊幻の首筋にぞわぞわと這い上がる。
元々エクボの声は低く艶があるというのに、余裕のない掠れたそれに聴覚まで冒されるようだった。
さすがに喉では受け止めきれないので、口内まで引き抜くとエクボはあっという間に達した。
ビクビクと暴れる陰茎が口から外れてしまいそうだったが、霊幻はなんとか堪えてエクボの精液を全て受け止めようとしたが、いつもより射精が長い。霊幻の口の中はいっぱいになってしまって慌てた。
溢れ出さないようになんとか唇を結んで、急いで洗面台へ駆け込む。
べぇっと吐き出した白濁は、洗面台に溜まってどろりと流れて落ちていった。
残りを唾液と吐き出そうと顔を上げると、正面の鏡に映った自分を見てふと思い当たる事があった。ここで口を開けたらまるでアレだ。
AVのワンシーンを思い浮かべてしまい、好奇心からその通りに口を開けてみると、薄白く濁った精液を纏っててらてらと光を反射していた。
霊幻はあまりのいやらしさに笑ってしまった。度を超えると人は笑ってしまうのだ。
いつかエクボにもしてやろうと思った。こんな姿で煽られたエクボは一体どんな行動に出るか楽しみだ。
−−−−−
洗面所から戻ってきた霊幻が隣に座ると、エクボは迎えるように両手を広げた。霊幻は驚くほど素直に胸に飛び込んでくる。
喉を鳴らす猫のようにスリ、と頭を擦り付けられて、かわいいなと思う。
外では私生活など感じさせない振る舞いの霊幻だが、家や人目がないところででは、こうして子供のようにくっついてくる。
霊幻が意識的か無意識でやっているかは分からないが、エクボはそれを指摘したことはない。言ってしまえばもうくっついてくれなくなりそうなのは寂しいので。
「楽になったみたいだな」
「ああ、助かった。でもそれだけでまだ全然治まってねえ、ホレ」
エクボは霊幻の手を掴んで自分のモノを触らせた。
本当に萎える様子もなく、熱さも硬さもさっきと同じで、大きさもそのままだった。
霊幻は下着越しに触れるそれを、今度は少し擦るようにしてみる。すると、これが欲しいという欲望がぞわりと背筋を駆け上った。
お腹の奥に熱が灯ってそわそわし始める。息が上擦って、喉がゴクリと鳴った。
エクボは霊幻の腰が揺れているのに気づいた。
顎に指をかけて下を向いている顔をあげさせる。視線が合わさって、その瞳はいつになく物欲しそうに震えていた。
「な、なんだよ!」
欲を見透かされた霊幻は、かぁっと顔を赤らめてエクボから距離を取った。
「おやおやおや〜? 霊幻センセイはまだ触られてもないのに、どうして興奮してるんですかねぇ?」
わざとらしく先生などと普段を思わせる言い方で今の痴態を浮き彫りにさせて、エクボは霊幻ににじり寄って壁際に追い込んでいく。
霊幻は本音を言い当ててられると羞恥心で身を固くするのだが、言葉巧みに相手を言いくるめる人間が、言い返すこともできない姿が堪らなく可愛くてエクボはついついからかってしまうのだ。
逃げる霊幻の肩が壁に着き、エクボは壁に両腕を張って霊幻を囲い閉じ込めた。
耳に唇を寄せ、霊幻が好きなこの声を流し込むようにじっとり問いかける。
「なあ、いつもと違うチンポに興奮してんだろ? 随分スケベだな」
「ち、ちが……ぅ……」
「そんな目を逸らして言われても。ちゃんと見て言わないと信じてもらえねえぞ」
もう一度霊幻を自分に向かせると、落ち着きなく視線をさまよわせてからようやく口を開いた。
「う〜……だ、だって……、それ挿れたら、どうなんのかなって。……興味くらいわくだろ。スケベで悪かったなっ」
語気は強かったが腕の中でしか聞こえないようなか細さに、エクボの口元が緩む。
「なぁんにも悪くねえ。俺様を欲しがってくれてんだろ、堪んねえよ。まあ、クスリが一枚噛んでるのは気に食わないがな」
エクボは縮こまっている霊幻の肩を押して仰向けに倒した。霊幻の視線はもう迷っていなくて、エクボを真っ直ぐ見据えている。それは期待の眼差しだった。
「これ、挿れたらどうなるのか俺様にも教えてくれよ」
とエクボが霊幻の服を脱がそうとすると、霊幻は「まだキスしてない」と首に手を回してエクボを引き寄せた。
霊幻は薄く口を開けてエクボを迎い入れる。ぬるりと滑り込んできた厚い舌に、ン、と早くも声が漏れてしまった。黙ってはいられないほど心が揺れるから仕方がない。
舌を絡めあい、口内の唾液がどちらの物ともわからなくなってきた頃、エクボに舌を甘噛みされて、霊幻は刺激の強さに腰がビクッと跳ね上がった。
「んんん、エ…ク、っん、は……んむ、ぅん」
霊幻は張ってきた陰茎の熱さに我慢できなくて、膝を立て腰を浮かせるとエクボの太ももに擦り付けた。
エクボはそれを支えるように霊幻の尻に手を回す。そのまま指が沈むくらい掴んでぐにぐにと揉み込んだ。
「あ、エクボ……触って、直接さわって」
霊幻は堪らない、とばかりに自分でズボンも下着も脱ぎ去って、先走りを垂らしていた先端はその糸を引いた。
エクボは霊幻の膝を割って足を大きく開かせた。
立ちきった陰茎の裏筋から、会陰、窄まりまで舐めるように視線を滑らせる。
最初の頃こそこんなとこを見られて恥ずかしさで震えていた霊幻だが、慣れと気持ちいい事をされるのだと体が覚えて、すっかり身を委ねるようになっていた。
縦に割れた窄まりに、親指の腹を少し沈めるようにローションを塗り込む。艶を帯びたそこは事が終わればぽってりと腫れて、そこに至るまでの霊幻の乱れた姿を想像すると、エクボは早く挿れたいと熱い溜め息を漏らして舌舐めずりをした。
「ローション、足すぞ」
ローションをたっぷりと纏ったエクボの指が、霊幻の窄まりをかき分けて差し入れられた。
まだ圧迫感なんてないのに、霊幻はぐっと息が詰まって、でも身を固くしては猥路が狭くなってしまうのでふぅっと大きく息を吐いた。
「そうそう、力抜いてろよ。お前さんのイイとこはこの辺だったな」
エクボの二本の指は、這い進むだけでなく空間を開いていくようにぐにぐにと動く。
真っ直ぐ霊幻のイイところにたどり着くとエクボはじっと霊幻の目を覗き込んだ。
エクボが少しでも指を曲げれば霊幻が鳴くだろう。すでに圧迫でじわじわと疼きだしているこの状況に、霊幻の呼吸は乱れきっている。早く早くと急く思いで指先まで震えてきた。
「ん、んう……えくぼ。いっつもそこで、止まるのやめろよ」
「んー? お前さんこの顔が見たくってな」
いつもつり上がっている霊幻の眉尻はすっかり垂れて、相手の行動を何手先も読むような目付きはもう目の前の事しか見えていないほど溶けている。
こんなにも可愛いのだと見せびらかして回りたくなるが、そんな事できるはずもなく、この世でただ自分だけが知っているのだと思うとエクボは優越感を覚えるのだ。
エクボにとって、俺様だけの、というのは数百年この世を漂っていて初めての事だ。だからこれだけは霊幻に言われようとも止められない。
「まァ、すぐ良くするから許せ」
宥めるように笑いかけたエクボはほぼ同時に、霊幻の前立腺をぐっと押し潰した。間髪入れずに捏ねるように指先を回す。
「あ、あ! そ……んな、急に、んあ!ぅ〜〜っ……! あっあっ、
♡ひぅ、んっ♡」
足したローションが水音をたて、喘ぎと相まって部屋が淫らな空気で満たされていく。
次第に膨らんできたソコをきゅぅっと指で挟み上げると、霊幻は強い刺激に反射的に瞼を閉じた。目に張っていた涙が目尻からほろりと流れていく。
「あ、ぅ゙、だめ……それ、ダメ。あ、やだ」
「なんで、イイだろ。穴ヒクついてるぜ」
「ゆび、で、イキたくない……。コレ、これがいい。も……いれて」
霊幻はエクボの怒張の手を伸ばす。下着に指を引っ掛け下ろそうとするが、力が入らないのかたどたどしい手付きに、エクボの胸がときめいた。
セックスの間はバカみたいに可愛い生き物になる霊幻が愛おしくて堪らない。
「れーげん、好きだ。かわいい」
指を抜いて、霊幻をキツく抱きしめる。かぶりつくように霊幻の唇を塞ぐと、さっきよりも深いキスで口内をくまなく愛した。
舌先で歯列の裏の上顎を擦ると、霊幻の背中がビクビク震える。
「う♡ん、んぅ。ふっ♡、んむ、んんん♡」
口の中で漏れる声がエクボの脳に直接流れ込んでくる。興奮で血が滾ってくるとエクボは再び股間に痛みを感じた。
霊幻の声に煽られて勃起が増長されてしまったのだ。せっかくいい感じに治まっていたというのに、霊幻を抱きしめる腕だけでなく体から力が抜けて、へなへなと霊幻に覆い被さる。
「ぐえ、エクボ重い。どうした、また痛むか?」
「少しだけな。……それよりも力が入んねえ」
霊幻はエクボの下から抜け出る。力が入らず両腕を投げ出しているエクボの赤頬を指先で撫でて少しの間考えた。
エクボが動けないなら自分が動けばいい。
ただ、上に乗ると下からまじまじと見られるのが恥ずかしくてあまりした事がない。慣れていないというのもあるけれど。
しかしこの状況なものだから、霊幻は意を決してエクボの体を跨いだ。
「よし、俺が動く」
「……できるのかよ。上、苦手だろ」
「俺はやる時はやる男だ」
それは知っている、とエクボは思った。こちらの心配などよそに無鉄砲に飛び出すのを何度追いかけたことか。
そんなとこまで含めて惚れてしまったのだ。
「俺が良くしてやるから、な」
「俺様のセリフ取るんじゃねえよ。こう動けないんじゃ仕方ねえ、任せた」
エクボが力の入らない手で、霊幻の腿をゆるりと撫で、霊幻は動いた。
エクボの陰茎にもローションを垂らして十分に濡らしていく。
霊幻は窄まりに自分の指を入れて開き、そこをエクボの先端にあてがう。ふぅっと息を細く吐いてゆっくりと腰を下ろした。
ミチミチと割り開かれていく感覚はよく知っている。なのにその熱さと硬さは初めて味わうものだった。
「あっ、うわ!……あっ、つぅ……っっ。なん、だ、これぇ……、うぅ」
未知の事に一瞬背筋がヒヤリとしたのもつかの間、すぐに全身が熱を帯びてぶわぁっと汗が浮かび上がった。
「ん〜〜っ!ぅあ、ぁ、はっ」
「ん゙、う、れーげん……だいじょうぶ、か」
「ん? ぅん……わ、わかん、ない。けど……え、えくぼは?」
「俺様は平気だ。いつもより、お前さんの中が狭いくらいで」
「バッ、カ……お前のがでっかいんだよ!」
挿れたらどうなるのだろう、という好奇心は想像以上だった。
まだ少ししか入っていないのに、頭の奥が微かに点滅しているようだ。霊幻は次第にぼぅっとしてくるのを振り払うように頭を振って意識を保つ。
霊幻はエクボの腰に手を置いて体を支えて、中をゆっくりとエクボで埋めていく。そのたびに心臓が強く打って急かされているようだった。でも慎重に進めないと、こんなモノを一気に入れでもしたら意識が飛びかねない。
あ、う、と仕切りに漏れ出る声のせいで、開いた下唇から唾液が溢れて、一筋エクボの臍の脇に垂れ落ちた。
「あ、はいっ……たぁ」
奥を突かないように、根本までは無理だがそれでも充分にエクボが納まった。
霊幻はゆるゆると腰を上下させるとどこもかしこも圧迫してくる大きさに、滲み出てくる汗が止まらない。額から流れてきた汗がこめかみを伝った。
それを繰り返して少しだけ余裕が出てくると、霊幻はいよいよイイところにあてようと腰を上げて中を探り、ぐりっとあたった瞬間だった。
あまりの刺激に、背筋を突き抜けた快感が頭の中でバチバチと弾けて、霊幻は悲鳴じみた声を上げた。
「んン〜〜っっ!!ひぃっ、あっ!
あ、はぁ♡♡♡あ♡、こ、れ……ヤバい。イイとこ、めちゃくちゃ押されるっっ」
あまりの善さに霊幻はくらくらして、まるでアルコールで酔っているかのように理性が追いやられた。
下を向いてエクボと視線が合って、こちらを見られているというのに文句のひとつも出てこない。
ただただ頭のてっぺんから爪先まで快感に染まっていた。
「あ、あ、えく、えくぼぉ……♡きもち、きもちぃ。こし、止まんね……」
「好きな、だけ……振れよ。なるほどなァ、お前さん、こうなるのか」
「ん……、へ? なに……?」
よほど浸っているのか、エクボの声もうまく届いていないようだ。
いつもだったら、見るな!だの、あっち向け!だのうるさいし、顔をそらしてばかりの霊幻が、エクボと顔を見合わせたままだ。