お題:降谷さんに手料理をふるまう風見「うわ」
思わず風見の口をついて出た声に、降谷がムスリと顔をしかめた。
「何だ、その反応。僕だってたまにはミスもする」
「いや、むしろそれだけで済んだのが奇跡です」
そう言いながら、風見は降谷の前に、買ってきた飲み物や鎮痛剤を置く。
「折れてはいないんですよね?」
「ああ。ヒビが入っただけだから二、三週間で動かせるようになる」
そう答えた降谷は右腕を三角巾で吊っている。とある事件のさなか、巻き込まれた……否、首を突っ込んできて見事に解決した、眼鏡の少年を崩れた瓦礫から庇った結果の、名誉の負傷だ。
「失敗したよ。まさか利き手をやってしまうなんて」
「ポアロに連絡は?」
「今回の事件には最初から『探偵安室透』として関わったからな。安室が負傷したことは、ポアロ周辺の人たちは知っている」
それに「彼女」からも「彼を守っての怪我だから、他には黙っておいてあげる」と連絡が来た。組織側の動きには、最低限の警戒でいいだろう。
「なら、現状を隠すことなく堂々と休めるんですね」
「ああ。その間、ハロの世話を頼めるか」
「はい」
降谷の頼みに頷き、風見は買ってきた飲み物を冷蔵庫にしまおうと、キッチンに向かった。
いつも綺麗に片付けてはあるが、今日の状態は少し違う。
「降谷さん。食事はどうされているんですか?」
「いざという時に備えて買い込んであった保存食で済ませている」
いつもきっちり自炊しているだけに、降谷はやや不満げに答えた。
「もう残り少ないんじゃないですか? 追加で何か買ってきますよ」
そう言うと、風見は冷蔵庫を閉めてセーフハウスを出た。
*
近くのスーパーでカートを押していると、小さな少年と目が合った。
「か……飛田さん、こんにちは」
江戸川少年は危うく本名を呼び掛けたが、すぐさま偽名の方に切り替えてくれた。
「……こんにちは」
珍しくポロシャツにジーンズ姿の風見に驚いたのか、コナンはまじまじとこちらを見上げている。
「今日はひとり? もしかして、怪我をした安室さんの代わりに買い物?」
「ああ。……君は?」
「蘭姉ちゃんのおつかい。ごはん作ろうとしたら、買い忘れに気づいたみたいで」
ひらがなだらけの買い物メモを手に、コナンはかごに野菜を入れていく。
それを見ているうちに、風見はふと思い立ち、呟いた。
「スプーンで食べられて、初心者でも簡単に作れる料理って何だろう……」
その言葉に、コナンが再び風見を見上げた。
「飛田さん、料理しない人?」
「ああ。ほとんどしない」
「ボクもやらないしなぁ……。ちょっと待ってね」
そう言うと、コナンは尻ポケットから赤いスマートフォンを取り出した。
「あっ、蘭姉ちゃん。ごはん作ってる時にごめんね。ちょっと教えてほしいんだけど……」
*
食欲をそそるにおいで目が覚めた。
鎮痛剤の副作用だろうが、いつの間に眠っていたか全く記憶にない。不覚ではあるが、枕元に寄り添うハロの穏やかな寝顔が、安寧を物語っている。
降谷は身を起こし、鼻をひくつかせた。馴染みのあるスパイシーなかおりが漂っているが、どうもそれだけではない。
ベッドから降りて、においのする方に向かうと、エプロンをした立ち姿があった。
「風見?」
「降谷さん、おはようございます。ちょうど良かった。いま出来たところです。食べられますか?」
降谷が頷くと、風見は皿にごはんを盛り、上からカレーをかけた。
テーブルについた降谷が左手で取れるようにスプーンを置き、カレーもいつもとは逆向きにセット。
「降谷さんみたいには旨くないですが」
しょぼ……と眉を下げて言った風見の前で、降谷はすぐカレーを口に運んだ。
スパイスとは別に利いている味と、柔らかく煮込まれている具材を意外に思い、降谷は風見を見つめた。
「いや、旨いよ。出汁が利いているな。それに、カレーに大根とは」
「じゃがいも中心の普通のカレーだと煮込むのに時間がかかるから、大根やにんじんを薄く切って豚肉の薄切りを入れて和風にしたらどうかと教わりました」
「なるほど。さすが蘭さん」
あっさりとアドバイザーを言い当てた降谷を見て、風見がぎょっと目を見張った。
「どうして彼女だと?」
「時間的に、君はこの近所のスーパーに行っただろう? そこで鉢合わせたとして、君が僕の食事について相談できるのはコナンくんだけだ。彼は料理はしないが、同居している蘭さんは料理上手。しかも、毎日空手部の練習で帰りが遅くなりがちな彼女は時短レシピに詳しい。合っているかな?」
「……完璧な推理です」
恐らく、コナンも同じ思考で蘭に相談したのだろう。全く、ふたりとも何て恐ろしい。
感嘆の息をついた風見に、降谷は空になった皿を差し出した。
「おかわりをお願いできるか」
「えっ? いいんですか?」
「美味しかったからな。君も一緒に食べよう。それと……」
「はい」
「……いや、何でもない。これ、気に入ったからまた作ってくれ」
「降谷さんの手料理には到底及びませんよ」
そう言いながらも、誉められた風見は嬉しそうにはにかんでカレーをよそった。
彼の、縦結びになったエプロンの腰のリボンを眺めながら、降谷は柔らかく微笑む。
レシピを聞けば、降谷にもすぐ作れるだろうけど、それよりも、風見にまた作ってもらった方がきっと嬉しい。