今年も、一緒の手仕事を。 じわり、じわり、暑さが肌にまとわりつく頃。晴れたり雨が押し寄せたり安定しない空。
この時期になるとやる恒例の作業。押入れの奥から大きな衣装ケースを2つ取り出す。
「これとこれ。はい」
乾いた冬着を素材別に積み上げ、畳んだ後に隣に渡す。受け取った相手は手際よく整え、衣装ケースにしまっていく。この作業が割と好きで、黙々と進めている内に箱の中身は一杯になっていた。
「犬のTシャツ。お前が好きなやつだよな」
困った表情をした白い犬が大きくプリントされたTシャツがお気に入りで、夏になると着まわす服の中の一つ。詳しく覚えていないが任務先の商店街に寄った際にKKが買ってくれた。動物は苦手な筈なのに、マスコットのようなものだと大丈夫らしい。
小さなことでも贈り物は嬉しい、と少し襟の部分がよれてしまっても着続けている。
「KKがくれたものだからね。もちろん今年も着るよ」
「…そうだな」
一瞬曇ったような声色が耳に入る。確かめる間もなく衣装ケースに蓋をしてKKが先に立ち上がると、暁人から離れて押し入れのある部屋へと入っていった。
不安になることなんて、あるのだろうか。
ざわりと胸の奥が痛み、今まで感じたことのない恐怖心に似た感情が暁人に押し寄せる。含みを漏らしては彼にバレてしまうと通常を装い、キッチンへお茶の準備をしようと向かう。
衣替えの作業をした後はゼリーを食べる。あの夜を超えて何度か過ごした夏の色が見える時期に、二人で薄着や厚着をしまいTシャツや夏の服へと変える。季節ごとのルーティーン。
近所の奥様からスイカをもらって作ってみたゼリーで、下がヨーグルト味、上に果肉と果汁入りの赤い透明部分。横から見ると色合い的にピンク色に見えるところもあって小さな技の細かさがみて取れる。
「今日あたりに頼んでた枝豆が届くかも」
「枝豆か。混ぜご飯かそのまま塩茹ででも美味いな」
「勿論、ビールも冷やしてね」
プシュッとビールの缶を開けるジェスチャーを見せると、何よりもビール派のKKは嬉しそうにうんうんと頷き、冷えたゼリーを軽く咀嚼し飲み込む。あっという間に空になったカップが二つ。KKはスプーンを取ってクルクルと回し、掬う面を覗き込む光のない己の視線と目が合った。
「なぁ、暁人」
淹れた紅茶のカップから口を離し、何?と彼の声に耳と首を傾ける。ざわり、また音が波打つ。
「今年も夏がやってきて、来年も同じように一年が過ぎる。何気ない日常がさ。
もしもそれが”最後”っていったら、お前はどうする?」
話している意味が少しも理解できない。勿論訪れる夏前の衣替えや夏休み、ハロウィン、クリスマス。様々なことを楽しんで一年が過ぎて、また繰り返す。最後なんて、聞いていない。
「何変なこと言ってるんだよ。また今年も来年も一緒にいれる。最後なんてある訳無いだろ」
霧の渋谷を駆け抜けて色んなことがあってこうして二人で季節を共に過ごせるようになった。いつか終わりは来ると思うが今はそれを信じたくないのか暁人は苦い思いを揉み消し、KKと過ごせる日々を幸せに思い続けている。
「そうか…そうだよな…。って冗談だよ、ビックリしただろ!」
おどけたように振る舞う笑顔。少しだけ、嘘が混じった色。
こんな時だけあざとさを見せつけてくる悪い大人。安心したのか、胸のざわっとした靄がちょっとだけ取れたような感覚になる。
「ハァ…冗談にも程があるよ。KK、今度変なこと言ったらお仕置きするよ?」
「おぉ怖い怖い。分かった、静かにしておく」
氷のようなしんと冷たい目で訴えかけ、ほとんど力づくでKKを捩じ伏せられる。
やっぱり敵わない。小さな嘘でも見抜かれる相棒の眼力の強さは時に大きく時に胸を押し潰される程強いもの。たまに沈みかけるKKの心情を闇の底から引っ張り上げて、救ってくれる。
「まぁ、分かってくれたらいいや。今年の夏もあのTシャツ着るし、来年も一緒に作業してゼリー食べるんだ。父さんにも母さんにも麻里にもちゃんと報告しなきゃ」
子供じみた束縛が果たして効果的なのか誰も分からない。こうしていないとKKが遠くへ飛んで行ってしまいそうな心地に襲われてしまい、暁人なりの優しさにも捉えられる。
「…そうだな。お前の作るゼリー、美味いからな。来年の衣替えのあとも食べれたらいい、な」
KKは、すべてを受け入れた。
でも断言はしなくて濁す。この先の永遠を約束しない。巡る季節にゼリーを食べる時間が楽しいから、と今の笑顔で笑いかける。
「うん、ありがとう。じゃあついでにシーツも洗おうか」
「数少ない晴れてる日だからな、洗うか」
ようやく晴れたこの場の空気が清々しく、風が流れているような香りも漂うようで。
季節の仕事を、二人で出来た幸せに。
終