丸ごとバナナを買いに「飲むな!!」
ロナルドが叫ぶも虚しく、半田が手に持ったカップの中身を一気に煽った。
ロナルドは絶句した。
「……お、おま、おま……ヴァァァア!!こっちに来るなぁぁ!!」
あろうことか、半田はそのままロナルドに迫って来るではないか。
半田が口に含んだ物を飲み込んだのか、そのまま口の中に留めているのか恐ろしくて考えたくないし、あまりの事に判断力が鈍り、ロナルドは部屋の角隅に逃げ込んでしまった。
「ヒィッ……っ!」
半田に追い詰められたロナルドは、とにかく彼に背中を向けてしゃがみ込むと、身体を守る様に頭を抱えて小さくなった。
一方、追い詰めた半田は、ガクガクと震えるロナルドの頭から手を引き剥がすと、渾身の力で持ち上げた。今のロナルドなら血液錠剤を使わずとも立たせられる。と思ったが、握った手を振り切られてすり抜け、またしゃがみ込んでしまった。
「チッ」
思わず舌打ちが溢れる。半田はジタバタと暴れるロナルドを羽交締めにし、顎を掴むと躊躇なく唇同士を合わせた。合わせるというより打つけるに近いそれは、キスと呼ぶには余りにも乱暴だった。
「んん??……っ!!……ブェッ……」
半田は合わせた口に舌を捻じ込むと、先程自分が含んだ液体を流し込んだ。とは言え、追いかけてる間に殆ど飲み込んでしまったので、少し“アレ”風味なディープキスと言った所だろう。
しかし、ロナルドにとっては少しだろうが風味だろうが“アレ”なのが問題だった。
「!!!……アッ……うぇぇ……はっ……」
ロナルドは半田を引き剥がそうと必死に踠くが、戦術も体幹も関係なく闇雲に暴れているだけなので半田には効かず、ただ口の中を蹂躙されるがままだった。
涙を流す事しか許されない仕打ちにロナルドが絶望して暫く、半田が漸く口を解放する。
「アビャッパラヴォーー!!」
間髪入れずに叫んだロナルドの鉄拳が半田に降った。
「うるさいし痛い」
「お前の所為だろ!?なんて事してくれてんだよぉ」
エーンと、泣きながら口を袖で拭うロナルドに半田が抗議をする。
「貴様がセロリを克服したいと言ったから協力してやったんだろうが」
「克服したいとは言ってねぇ!存在を抹消させたいんだ!」
「抹消は無理だから克服した方が建設的って話だったろ」
「だからっていきなり飲ますか!?そもそも克服に納得してねぇ!!」
「まずは少しずつ慣らしていってやろうという俺の優しさだ」
「優しさ!?嫌がらせしたいだけだろーが!!」
「キスに紛らわせるなんて優しいだろうが。直接飲ませても良いんだぞ」
そもそもがセロリ茶だから、元より味も風味も薄まってる上に食感もない。それを更にキスで誤魔化してやったんだと、半田は尤もらしい事を言って聞かせた。
「グッ……い、いや、だから別に克服したい訳じゃねぇし」
「ロナルド。俺だってこれでも責任は感じているのだ」
嘘は言っていない。責任を持って一生ロナルドにセロリを献上する所存だ。
そう、嫌がらせである。もし本当にロナルドがセロリを克服出来たとしたら、それは半田にとって死活問題だろう。そんな事になったら一体何を楽しみに生きて行けば良いのか……。
「……責任?」
「そうだ。貴様がここまでセロリが嫌いになったのは、俺の日々の努力の賜物だろう?」
「そうだけど、努力する事じゃないよな」
「日々の積み重ねでセロリがこんなに嫌いになったのなら、また少しずつ努力して摂取すればセロリが好きになるかもしれないだろう?筋トレと一緒だ」
半田はロナルドの両肩に手を添えて、真っ直ぐ瞳を見つめながら適当な事を言った。
「……そ、そうかも……いや待って、だから別に好きになる必要ないだろ!?そんな苦行の果てに好きになるメリットなくない!?」
「あるぞ。俺の手料理が食えるようになる」
「えっ!……あ?セロリ料理以外も作れるだろお前!もうやだぁ!いつまで続けるのこの話……」
ロナルドはとうとう、ウワァーン!と大声を上げて泣きじゃくった。両手を上下にブンブン振る様は正に5歳児である。
仕方がない。今日はこれくらいにしといてやるかと、半田は心のメモリーに『ロナルド本日の醜態』を収めた。後で録画も編集するので、カット割りを考えたりしながらロナルドのご機嫌を取る事にする。
ベチャベチャになっているロナルドの頭を撫でながら、出来るだけ優しく笑いかけた。
「今日はもうセロリは出さないと約束する。だから機嫌を直せ」
「……バナナ食いたい」
「ん?」
「まだ口の中にセロリいる気がする……バナナ食わないと死ぬ……いや、バナナだけじゃダメだ!丸ごとバナナじゃないと俺は死ぬ!」
「……わかった。買ってくる」
ロナルドはバナナと生クリームの相乗効果が云々言い続けていたが、ここで言い返してもまたごねるのは明白なので、半田は早々に要求を飲んでやろうと判断した。
「お前の分も買ってこいよ」
早速買い出しに向かおうとした半田の背に、ロナルドが追加要求をしてきた。
「俺はいらん」
「いやだよ、お前の口もセロリ臭いもん。丸ごとバナナで消毒しなきゃ今日はもうキス出来ない」
「……わかった。行ってくる」
キスしないではなく、出来ないか……フムと、半田は噛み締めながら玄関を後にしたのだった。
おわり