もしも真西が高校生で、同学年だったら②夏休みに入って一週間が経った。
西谷からは、何の連絡もない。
つまり特に何もやることはなく、予定もない。
何となく学校から与えられた課題に手を出してみたり、昼寝をしたり、何冊か持っている漫画本を読んだり、ダラダラとして時間を過ごしてみている。
折角の長期休暇だからと、集まり馬鹿をやれる友人も真島には西谷以外に居ない。しかし、それを真島は寂しいとは感じていない。
クーラーが吐き出す冷気を浴びながら、自室のベッドに寝転び、何度も読み返している漫画本に目を通していたが、さすがに同じ内容を読み返すのにも飽きてきた。
退屈さを感じ、気分転換も兼ねて、真島は近場のコンビニまで足を運ぶことを選んだ。
自宅から外に出ると、当然だが暑い。ジリジリと肌が焼けるような直射日光。
テレビのニュース番組で、今年の夏は数年ぶりの猛暑だと言っていたことを思い出す。
夏が苦手な真島にとっては気が滅入りそうになったが、真夏の晴れ晴れとした空や景色は、そこまで嫌いではない。
「いらっしゃいませ~」
コンビニ店員が妙に間延びしたヤル気の無いような声で、客の顔も見ずに出迎える。
省エネ対策なのかは知らないが、コンビニのクーラーは真島の部屋の方がよっぽど効いていた。
クジ付きの安価な棒アイスと炭酸飲料。書籍コーナーで目に留まった漫画本を一冊購入した真島はコンビニを出た途端に見知った顔に出会う。
西谷だ。
距離はあるが、真島には直ぐに判った。
黒のインナーに、夏らしく季節を取り入れたアロハシャツ。下は色褪せた黒のダメージジーンズ。真島が西谷の私服姿を目にしたのは、この日が初めてだった。一方、真島は黒いTシャツに黒のジーンズの黒一色だ。
真島は西谷に気づいているが、西谷は真島に気づいていないようで、誰かと会話をしていた。西谷の前には、中年の男が立っていて、男は西谷の肩に片手を置いたりと何やら親しげな雰囲気に見えた。
父親なのか、親類か、ただの知り合いなのか。
暫くの間、コンビニ前に立ち尽くしたままの真島が西谷と男の様子を眺めていると、男と談笑していた西谷が不意に真島に気がついた。
途端、西谷は真島に対して意外そうな顔をしたと思えば、直ぐに不機嫌そうに表情を曇らせ、真島の視線を避けるように目を逸らしてしまう。それ以降の表情は真島には確認できなくなってしまった。
中年の男が西谷に声をかけながら、西谷の肩に置いている手で、さりげなく西谷を近くに停めてある車にと誘導し始める。
真島は声をかけることも出来ないまま、一歩だけ足を前に出した。
俯き加減で車に乗り込む西谷を、ただただ見ていることしか出来ない。自分でも理由は解らないが、真島の胸には心地の悪いざわめきが生じていた。
自宅に戻った真島は購入した炭酸飲料や漫画本が入ったビニール袋を自室の床に適当に投げ置くと、ベッドに横になり、先ほど見た光景を思い返した。
西谷と中年の男が親しげにしている様子。
暫く談笑を交わし、西谷は男に誘導をされ、男が所有しているのであろう車に乗り、何処かに去って行った。
その様子を真島はコンビニ前に立ち尽くしたまま、ただ眺め、西谷は真島に気付いていたのに、あえて目を逸らした。しかも、何やら都合が悪そうに。
(あれは西谷の家族なんか?父親か親戚か、それともバイト先か何かの知り合いか……)
いつもの西谷なら笑顔で「真島くん!」と駆け寄って来てもいい筈である。
隣に大人が居たからだろうか。
その感覚なら真島にも解る気がする。親や教師と一緒に居るところを同学年の生徒に見られたり、ましてや同じクラスメイトの同級生、友人、見知った顔に見られるのは何故かバツが悪いような、心地の悪さを覚える。西谷もそんな気持ちだったのだろうか。
先程の西谷の様子が何故か胸に引っ掛かり、消化できない感情ばかりが積もる。
そういえばアイスを購入したのだと思い出し、ベッドから身体を起こしてコンビニのビニール袋に手を伸ばし、アイスだけを取り出すと若干溶けかけていた。
真島は溶けかけの棒アイスを口にしながら、男の車に乗り込む際の俯き加減だった西谷の横顔を頭に思い浮かべていた。
* * *
いつの間に眠っていたのか。
枕元に置いてあったスマートフォンの振動で真島は自分が眠っていたことに気が付く。
震え続けているスマートフォンを手にすれば、画面には『西谷』と表示されている。
西谷と知り合ってから、これが初めての電話だ。
暫く考えた末に、真島は電話に出ることにした。
『真島くん?』
どこか他人行儀な西谷の声。
電話で聞く西谷の声は、こんな感じなのかと思った。
昔、電話の声は電話会社が相手に似せた声を作っているという話を聞いたことがある。であれば、これは西谷の声を電話会社が似せた声なんだろうか。
「おう、久しぶりやな。西谷」
『ほんまやで~。元気しとった?今、何しとったん?』
「いや、別になんも…、特には」
素直に眠っていたと伝えるのは、変に茶化されそうで避けたかった。
『おっ!もしかして、お楽しみ中やった?』
「なんやねんそれ。そんなんちゃうわ」
『え~、怪しいのぉ』
「で、用件は?」と先を促す。
『あんな、夏休み前にどっか二人で遊びに行こうって言うとったやん。覚えとる?』
「…あぁ」
あの日、屋上で交わした会話が思い出された。
忘れていた訳では決してない、どこか真島も気にしていた約束。
『ほんでな、真島くんさえ良ければ…、その…夏祭りに遊びに行かん?二人で』
暫く沈黙が流れた。西谷が自分の返事を待っているのが電話越しに判る。
「あー……悪いけど夏祭りの日、空いてへんかもしれんのや。予定があってな」
嘘だ。
夏祭りの日の夜に、真島に予定など無い。
何故、自分でも嘘を吐いて断ってしまったのか解らない。
真島の頭には、西谷とあの中年男の光景が浮かぶ。
『…そうなんか。そりゃ残念やな』
「…誘ってもらって悪いな」
西谷の声は明らかに沈んでいて、真島は言葉通り罪悪感を感じていた。
『ううん、急にごめんな。また連絡するわ。またな、真島くん』
「…おう」
『熱中症で死ぬなや!次会う時、葬式なんて嫌やで』
「あほくさ。そっくりそのまま返し足たるわ」
『へへっ、僕は不死身やさかい死なへんもーん』
そう言って、最後に『ほな』とだけ告げられ、西谷の方から通話は切られた。
通話が切れても尚スマートフォンを暫く耳に押し当てていたが、何処からともなく地の底から響くような低い音が聞こえた。スマートフォンから耳を離せば、音の出所は直ぐに判った。
雷だ。一瞬の閃光の後、遅れて怪物の唸り声のような低い音がする。ぽつぽつと窓を叩き始めた雨音は徐々に勢いを増し、その夜は一晩中雨となった。
それが本来の原因ではないと頭では解ってはいたが、雨音が煩いからだと勝手に理由をつけ、真島は眠れない夜を過ごした。