ヒュンケルは白や銀色の男だと思われているが、近づいてみるといろんな色が隠れている。
例えばここ。肩から背中にかけて薄らと影を落としたような幾つかの細かな模様。
「そばかすだ」
ラーハルトがそう言って背後から指でなぞると、風呂上がりのヒュンケルが驚いたように首を左右から後ろに捻る。が、残念ながらそばかすの部分までは見えない角度である。
「自分で気づいてなかったのか?」
「いや、知っていたが…まだ残っているとは思わなかった。昔、子供の頃に酷い日焼けをして…」
「地底魔城で日に焼けるようなことがあったのか?」
「いや、アバンに連れられていた頃だ」
曰く、アバンと旅をしていた頃のヒュンケルは、師を仇と思い心を開くまいとしていても教わる内容はやはり面白く、結果黙々と教わった事に没頭することで会話を避けつつも師事の建前は守るという絶妙な距離の弟子として過ごしていた、らしい。
しかし、ある天気の良い日に師弟で出かけた草むらで、小さなヒュンケルは意識を失って倒れてしまった。教わったばかりの草木や生き物を見つけるのに夢中になって、今で言う熱中症になってしまったのだ。
『私としたことが』
ヒュンケルが宿のベッドで目が覚めたときに申し訳なさそうにアバンが言った。
『あなたがあまりに楽しそうだったからそれで良いと思って。こんなお天気の日に帽子もなしの軽装であんな長時間、迂闊でした。背中もこんなに焼けてしまって』
「…それで、肩から背中の日焼けには治癒魔法が施されたが、皮膚の中の炎症があとを引いて何日か仰向けに寝られなかった。その間、先生がずっと冷えた布を取り替えてくれて…」
ヒュンケルの先生語りが始まるとラーハルトは正直面白くない。自分の知らない顔で誰かとの思い出を語るなと思うが、表に出すとあまりに器が小さいので素知らぬ顔で流す。
胸をチリチリと焼く嫉妬と独占欲は、おそらくこの後に何倍にもなってヒュンケルへと還元されるだろう。
「その日焼けの跡が確かそばかすになったんだ。でも段々薄くなっていって…ミストバーンに拾われてからはどうだったかな、修行でケガする度に全身ホイミだの暗黒闘気だのをやられて、そばかすも何も全部まとめてなくなってしまったと思っていた」
「確かに大分薄いな。オレも今この距離でやっと気づいた」
この距離、と言ってラーハルトは肩に口付けを落としてやる。
くすぐったがって身を捩るヒュンケルを後ろ抱きに捕まえてじゃれるように横倒しにすると、安宿のベッドは軋んだ音を立てた。
笑いながら文句を言うヒュンケルの濡れた髪から水滴が落ち、ラーハルトの目の前の白い首筋を流れていく。そばかすの肩が上下する。扇情的な既視感と予感。
この首や肩がこれから何色に染まるのかを、ラーハルトだけが知っている。