2人で旅をして、初めて人混みの中で互いを見失った。慣れない大きな街の通りで人にぶつからぬよう、避けたり早足になったりと気をつけているうちに、後ろにいるはずの同行者の姿が見えなくなっていた。
慌てて気配を探るが行き交う人が多すぎる。仕方なく来た道を引き返しながら見知った姿を探す。いた、と思う度に似た背格好の別人で舌を打つ。
マントのフードを被っていなければもっと見つけやすかっただろうが、不用意に目立たぬよう宿が見つかるまではこのままで、という打ち合わせだけ先に済ませてあったのが悔やまれる。とにかく地道に探すしかない、と焦りつつ足を動かす。
それは同行者の方も同じであったようで、どうやら2人とも闇雲に動き回って無駄にすれ違っていたらしい。再び出会うのに小一時間ほども費やし、その後どちらが不注意だったかで少し揉めた。
不毛な口論をしながらとりあえず適当な飯屋に入り、遅い昼食を取ったら刺々しい気持ちもなんだか引っ込んだ。
多分空腹なのが良くなかったんだ。すまない。人混みを歩くのに慣れていなくて。
そんなことを何度か繰り返して、道中知らない街に着いたときは、最初に目についた一番目立つ建物を待ち合わせの目印にするのが2人の暗黙の了解になった。
寺院、城門、大きな噴水、鐘の鳴る塔。
もし互いを見失っても、そこに行けば必ず会える。
時が経ち、人の世代が何度か交代するのを、ラーハルトは魔族の寿命でもって見た。色々と世の中が変わった今でも旅は好きだ、性に合っていると思う。
あのとき共に旅をしたヒュンケルとはその後情を交わす仲となり、生涯一人の相手として愛も恋も独占欲も全て持っていかれた。人間であった彼をこの世から見送ったとき、自分にはもう何も残っていないと思ったくらいに。
空虚な男は今でも知らない街に立ち寄ると、つい目印になる建物を探してしまう。
人の多い通りの向こうから鐘の音が響く。あれはこの街で一番高い塔の鐘だ。
今あの下に駆けて行けば、見知った友にまた会えるような気がする。フードから少しだけ覗く銀髪。待ち合わせに先んじた優越感に輝く瞳。振り向きながら名を呼んでくれる、あの愛しい声。
過去の街で互いに迷子になったときと、現在の自分がラーハルトの中で重なる。あのときも人混みの中で一人だった、ヒュンケルとは少しはぐれただけ、また落ち合える世界。
それを束の間錯覚するために、ラーハルトは賑わう通りの中へと足を向ける。
20240128 2時間くらい?