おまんらが金さえ貸いてくれりゃぁわしはこげな目にゃ遭わんかったがじゃ! 最初の一荘の配牌がよくなかった。なんとか挽回しようと願い、表情にも出さないように努めながら牌を取り、捨て、役を揃えた。
連荘するうちにそこそこ勝ててきたから、思い切って大きく賭けて出た。
その結果、一人負けした。
おかしい。
「おまんら、イカサマなんぞしちょらんじゃろうの」
凄む以蔵に、ビリー・ザ・キッドは笑顔で首を振った。
「やだなぁ、僕は正々堂々を座右の銘にしてるんだ」
「お前さんの幸運Eを他人に転嫁するのはよしな」
キャスターのクー・フーリンも愉しげに缶ビールをあおる。この男も幸運Dで以蔵とたいして変わらないにもかかわらず、この差はなんだ。
「いや、イゾウさん、顔に出るから……」
マンドリカルドは及び腰に言う。この男は今日初めて麻雀を知って、以蔵たちは牌の取り方や簡単な役の揃え方を一から教えた。以蔵はそんな男にも負けた。
「そがなわけあるか、わしはいつでもぽーかーふぇいすしちゅうがよ」
「ポーカーフェイスの意味を辞書で調べ直してきなよ」
ビリーの笑声に嘲りを見出してしまうのは気のせいか。
「ほたえな! もう一局じゃ!」
「いや、俺、なぎこさんから逃げなきゃいけないんで抜けます。そもそもなんで巻き込まれたかもわかんねぇし……」
「逃げなや卑怯者!」
「気にするなマンドリカルド、今精算してやるから……まぁお前さんが置いてくQPはないはずだがな」
クー・フーリンが卓に出された点棒を引き寄せた。
卓を囲む三人から同時に見られ、さすがの以蔵も言葉を濁す。
「ま、まぁ待て。ツケにしちゃるき、また今度」
「どうしてお前さんはそう上からなのかね」
呆れながら点棒を数えるクー・フーリンに、ビリーが言葉を重ねる。
「僕らはもう君の『返す返す詐欺』に慣れてるけど、マンドリカルドは初めてなんだ。さすがに、初めての相手にはツケないよね?」
「あっ俺はいいっすよ、イゾウさんが返せる時で」
「こいつを甘やかしちゃダメだぜ」
場を収めようと言うマンドリカルドを、クー・フーリンは止める。
己を詰問する空気が息苦しい。しかしここで逃げては、今後ギャンブルに誘われなくなるかもしれない。以蔵の信用は底辺に至っているはずだが、底が抜けてはより人権がなくなる。
以蔵は必死に考え、ひとつの答えを得た。
「………そうじゃ! ちっくと待っちょれば調達しちゃるき」
「またマスターから借りるの?」
苦しまぎれの以蔵の言葉を、ビリーは聞き逃さなかった。
「君はマスターを便利な財布とでも思ってるのかな?」
ビリーの吐く息の温度が体感十五度くらいは下がった。もちろん、クー・フーリンも黙ってはいない。
「俺はあんたらの仲を応援するつもりでいるが、さすがにヒモ男はかばえねぇな」
「マスターを粗雑に扱うのは、許せねぇ、っす」
マンドリカルドまで厳しい声を出す。アトランティスでともに戦ったマイフレンドではないにしても、この男はあのマンドリカルドを意識している。以蔵がマスターに害をなすと判断すれば、不帯剣の誓いを容赦なくふるうだろう。
手立てを見抜かれた上に釘を刺され、身動きが取れない。
考えなければ。この場をうまくうやむやにする方法を。
(新兵衛、ここにおまんがおってくれたら……!)
以蔵は胸の中で同志――と言うには見解の齟齬が大きな男へすがる。
『――ちゃんはね』
ふいに、立香の声が耳に蘇った。
『――ちゃんはね、生前銀行もやってたんだって』
以蔵の生前には、銀行という種類の店舗はなかった。だから、それに対するイメージも、たいへん自分に都合のいいものになっている。
「マスターには借りん。じゃが、おまんらに耳ぃ揃えて賭け金を返す方法を思いついた。やき、わしが戻って来るまで待っちょれ」
卓を囲む三人は、それぞれへ目配せをする。
「まぁ、お前さんがどこでいくら借金を増やそうが、俺には関係ないしな」
「マンドリカルドにだけは返してあげてね。君の片方の腎臓にもお別れを言っておくよ」
「……無理はしないでくださいよ、俺は後回しでいいっすから」
明らかに憐憫の色を含む三対の瞳も見ず、以蔵は高らかに宣言した。
「絶っ対! わしはやっちゃるき!」
幸か不幸か、以蔵は多重債務という言葉をまだ知らない。
この部屋の自動ドアの脇には、『テンプル銀行カルデア支店』という看板が飾られている。
「君に貸すお金? ないよ」
フォーリナーのジャック・ド・モレーは、愉しげに言った。
いきなり望みをへし折られて、以蔵は思わず己よりも低い肩を両手で掴む。
「どいてじゃ。おまさんが銀行もやっちょってたくばえちゅうことは、カルデアのもんもよう知っちょります。ぴっとでえいき、貸してつかあさい……」
以蔵にしてはへりくだった頼み方だ。賭けごとを奪われるのは、以蔵にとって死活問題だからだ。敬語も遣う。
しかし生前冤罪で処刑され、サーヴァントとしての現界にあたって性別まで変わってしまった女は、亜麻色の髪を非情に揺らす。
「アタシもね、慈善事業をしているんじゃないんだ。銀行は、期日までに利息がついて返ってくることを前提に融資している。たとえば、貸した資金でで設備を整え、商売を軌道に乗せた者からは資金回収のめどが立つ。融資を受けるためには、アタシを説得できるような、綿密な計画を示す必要があるんだ。極東のサムライくん、キミの計画を聞かせてくれるかな?」
「計画? 賭場で倍にしちゃります。種銭さえあればざんじ増やいて返せます」
「……」
モレーは以蔵へ可哀想な者を見る目を向けた。
「サムライくん、キミ、本当にアタシを説得できると思ってる?」
「計画ですろう、問題は何もない思います。わしはわしにできることをするだけですき」
「本気か、本気なのか」
モレーは嘆くように言い、部屋の奥へ向かって呼びかけた。
「コロンくん、キミの出番みたいだ」
霞が凝るように空間が歪み、一人の男が現れた。西洋の船頭がかぶるような帽子の下は、白い蓬髪が伸びている。あごからはやはり白い髭が、稲妻のような軌跡を描いて伸びている。
黙っちょったりゃいけおじなんじゃけんどの、こいたぁは。
偉大な『発見』で世界の姿を一変させた探検家、クリストファー・コロンブスは、以蔵を見下ろしてにやにやと笑った。
「驚かねぇか」
「霊体化しゆうサーヴァントの気配なんぞ目ぇつぶっちょってもわかる。それにこの姉やんも、何するかわからんわしかたけがいな男と二人きりにはなりとうないろう」
「よくわかってるな」
「その自己観察力を三割でも事業計画に回せればよりいいかな!」
コロンブスは嘲り半分に言い、モレーは銀行家らしく冷静に現状を観察する。
「コロンくん、聞いてたよね?」
「あたぼうよ。この計画性のなさ、いっそ腹立たしいな。カスティーリャの女王様からたんまり航海資金を引き出した俺からしちゃ、ちゃんちゃらおかしいぜ」
ギザギザに折れ曲がった髭を揺らし、コロンブスは胸を張った。
「いいかサムライ、交渉ってのはベネフィットが重要なんだ」
「べねふぃっと」
聞き慣れない横文字をおうむ返しする以蔵へ、コロンブスは顔を近づける。赤らんで皮が厚そうな頬は、生前の幾度もの航海がもたらしたものだろう。
「要するに、俺に投資すればお前さんにはこれだけ利益がある、って示すことさ。俺が西回りでインドに行って、新しい航路を確立できれば、いくらでも香辛料を持って帰ることができる。強欲なトルコ人どもから高ぇ関税をむしられることもねぇから丸儲けだ。俺は手間賃と取り分を抜いた儲けを女王様に貢ぐ、って約束をした。おかげで航海の資金が得られた」
「まぁ、キミが着いたのはアメリカだったんだけどね」
「くそ忌々しい、ヴェスプッチめ。なぁにが『新世界』だ」
コロンブスは吐き捨てるように言ったが、すぐに以蔵へ視線を戻した。
「サムライ、お前さんも考えな。どうすればモレーから融資を引き出すことができるか」
その言葉に、以蔵は腕を組む。
しかし、何も思いつかない。
以蔵は堅実さや無難さを母の胎へ置いてきた。こつこつ日銭を稼ぐとか、先のことを考えて節約をするなど、一番向いていない。金は宵を迎える前に遣い込むものだ。
生まれつき頭が悪い、とも思っている(立香は『瞬間的に正解を見出す以蔵さんが阿呆なはずはない』と言ってくれるが)。
うんうんと唸る以蔵を尻目に、モレーとコロンブスは備えつけの椅子に座ってホットチョコレートを飲んでいる。こいつで儲け損ねた、というコロンブスの愚痴も、今の以蔵には聞こえない。
最近起きたさまざまなことが、脳裏に浮かぶ。
立香は微笑む。叱る。もろともに閨へ沈む時、えも言えないとろける感触を与えてくれる。
離島へのレイシフトで持ち帰られたカツオを、エミヤがたたきにしてくれた。とても酒が進んだ。
竜の牙が足りない、とパーティーに加えられ、ひたすらワイバーンを狩った。立香の指示でなければサボって一杯引っかけていたところだ。
そんなことをつらつら思い返しているうちに、先ほどの負け戦のことも連想される。
ビリーは言った。
『君の片方の腎臓にもお別れを言っておくよ』
これは――
「のう、歯茎のおっさん」
以蔵が呼びかけると、コロンブスは眉根を寄せた。
「その呼び方はやめろよ」
「わしん腎臓は売れるか」
モレーとコロンブスは揃って以蔵を見た。
「腎臓かぁ……」
「そうさな……サーヴァントの内臓は人間に移植できねぇからお前さんのは……いや、待てよ。確か」
コロンブスは以蔵へ向き直った。
「極東じゃ人の肝臓を薬にしてたって本当か」
以蔵はうなずく。
江戸の東端、小塚原刑場では、代々『山田浅右衛門』を襲名していた処刑人が重罪人の首を落としていた。
その際浅右衛門は武家の刀を預かって、罪人の首で切れ味を確かめていたらしい。
そして、死体も有効活用されていた。
「わしん時代じゃ、死体の肝を干して砕いて『山田丸』ち薬にしちょっての、労咳や他の難病に効く言うち取り引きされちょった」
――わしんことは考えとうもないがの。
「それよ」
コロンブスは歯茎をむき出しにした。
「人間の肝臓は、半分切り取られてもその状態に適応して働けるようになるそうだ。ましてサーヴァントなら、内臓がなくても魔力で動ける」
「それにさ」
モレーも身を乗り出す。
「ご存知の通り、アタシたちってサーヴァントじゃない? 多少肉体に損傷があっても、霊体化して魔力補給して戻れば、傷も欠損も全部回復する」
「そうか――つまり、肝臓を切り取って霊体化して元に戻れば……永久機関の完成だ!」
「錬金術だよ……キャスターでもパラケルススくらいしか至れない、魔法にも近い領域へ、アタシたちは到達できるんだ!」
「なぁサムライ、モレーから借りなくても、お前さん自身で金を稼げるんだぜ」
呼ばれて、以蔵は二人の方を向いた。楽して稼げる気配を感じ、哀傷が霧散する。
モレーとコロンブスは視線を交わして笑った。
「俺たちの儲け話に噛ませてやる。肝臓ひとつにつき五〇〇〇QPがお前さんの取り分だ。悪くねぇだろ」
「ほんまか」
その金額は、まだミス・クレーンの衣装代すら返せていない以蔵を刺激した。
『錬金術』を繰り返せば、ビリーたちだけでなくカエサルとシバの女王から借りていた金も返せる。それどころか、どれだけ負けが込んでも永遠に博奕ができる。食堂の酒も飲み放題だ。
痛い思いをするのは嫌だが、圧倒的な対価は以蔵の感覚を狂わせるのに充分だった。
魅惑的な日々の訪れに、自然と頬が緩む。
「えいの、実にえい。で、いつから始める」
「まずハラキリしてくれるサーヴァントを探すところからだな。アスクレピオスは医療的な意味のねぇことはしねぇ、サンソンはもちろん嫌がる」
「あの子はどう? ジャック・ザ・リッパー」
「ジャックならわしが話ぃつけちゃれる。あいたぁは人体に詳しいき、しくじることもないろう」
「いいな! それでいこうぜ」
「コロンくん、サムライさん、アタシたちは運命共同体だよ……」
「食い物! 黄金! 男に女ァ!」
「飲んで打って買っちゃるぜよ!」
手元不如意に由来した、生前の惨めな思いすら吹っ飛んでしまう。
気分が最高にぶち上がった時。
前触れなく空気圧式の自動ドアが開いた。
「はいストーップ」
蜜柑色の髪が、悪巧みに包まれたテーブルへ割り込んできだ。
「げっ、相棒……」
「メートレ!」
コロンブスとモレーは椅子ごと後ずさった。勢いよく現れた立香はにこにこと笑っているが、その眉毛はつり上がり、目も険悪に細められている。
「わたしは悪巧みやお金儲けしちゃダメなんて言わないよ。みんなのストレス発散やガス抜きにもなるんだから。でもね、今回ばっかりは巻き込んだ相手が悪かったなぁ。ねぇコロンブス、以蔵さんの取り分が五〇〇〇QPだとして、肝臓のお薬はいくらで売るつもりだったの?」
金色の目に射られ、コロンブスはそっと視線を逸らす。
「コロンブス?」
「あぁ、その……二万五〇〇〇QP」
「つまり以蔵さんの取り分は五分の一? 以蔵さんの肝臓売るのに?」
コロンブスは半べそになってうなずいた。
「阿漕だなぁ……いくら以蔵さんが目先の欲求に弱くて後先考えない人だからって、そういう搾取はないんじゃない?」
「すまねぇ相棒、魔が差したんだ。あんまりグッドアイデアだったから……」
消沈するコロンブスに、立香はますます口角を上げる。その笑顔を見るだけで、呪いのデバフがかかりそうだ。
「わたしはお金稼ぎが悪いとは言ってないよ。ただ、わたしの大事な以蔵さんを口先三寸で騙さないで、ってだけ」
「も、もうしねぇよ! 懲罰房は勘弁してくれぇ!」
「イエローカードが一枚溜まったからね。で、モレーちゃん」
モレーはあまり動揺していない。ただ眉根を寄せて立香を見る。
「アタシ、まだ何もしてなかったよ」
「モレーちゃんはコロンブスの口車に乗っただけかもしれないね。それにモレーちゃんには感謝もしてるんだ」
立香は少し言葉を溜めて、言った。
「モレーちゃん、以蔵さんにお金貸さなかったでしょ。それは本当にファインプレイだったよ。以蔵さんは金づるを見たら泣き落としして罪悪感に訴えてまで借りようとするから」
「メートレ……キミはこのサムライくんのどこがいいの?」
もっともなモレーの疑問に、立香は少し淋しそうに笑った。
「どこだろうね」
しかし、以蔵に向き直った立香はこめかみをひくつかせている。以蔵の勘が告げている、これはよくない。
「以蔵さん、わたし以蔵さんと約束したよね」
「お、おぉ! ちゃんと覚えゆうよ」
「へぇ、覚えてるんだ……五〇〇QP負けたらギャンブルはやめること、わたしの財布をあてにしないこと、安易な儲け話に首を突っ込まないこと……覚えてるんだ?」
立香は絶対零度の声で言った。
この短時間で、よくもまぁ約束を破れることだ。いっそ律儀とも言える。他人ごとなら、感嘆すらしていたかもしれない。
しかし今の以蔵は冷たく尖った金色の視線に貫かれている。
以蔵は椅子から転げ落ち、ノーモーションで土下座をして額を床にこすりつけた。
「すまん、すまん立香! もうせん、絶対もうせんき……おまんにづかれるがはえずい……」
「えずいんだ? なら、わたしの恋人が『飲む打つ買う』なんて言い出した時のつらさもわかるよね?」
「そ、それも言葉の綾じゃ! わしにはおまんしかおらんがじゃ!」
「ふぅん……」
ひたすら頭を下げる以蔵へ、立香は思案げな声を出す。
「昔『誠意は金額だ』って言った人がいたんだって。以蔵さんがわたしの信用を取り戻したいなら、少しずつでも働いてみんなにお金を返すしかないんじゃないかな。もちろん、博奕で当てて倍にして返す、なんて思わずに」
「げにすまん、許いとうせ……」
「幸い、以蔵さんにお願いする仕事はたくさんある。素材集め要員でも、レイシフト先でのわたしの護衛でも。ちゃんとお賃金は出すよ」
「そ、そんでも」
「ん?」
絞り出すような以蔵の言葉に、立香はしゃがんで以蔵を見た。その目にはまだ赦しがない。
「ちまちま返すよりも、いっぺんに返いた方が心証もようなる思うがじゃけんど」
「そういうのは、計画的に自分の生活を切り盛りできる人のセリフだよ」
間近の笑顔の圧が強い。生半可なことでは赦してもらえそうにない。
「めった……げにすまんことした……」
そう謝ってから、以蔵は思い至る。
なぜこの女は以蔵の言動を知っている? 先ほどから、以蔵の一挙一動を逐一把握している。
もしや。
「立香おまん、わしになんぞ魔術か機械でもつけちょらんか」
「タネは内緒だよ、言ったら以蔵さんは外しちゃうから」
立香の笑顔は、普段以蔵の隣で穏やかに過ごしている時とはまるで別人のものだ。
信用がない。
しかしこれは己の蒔いた種だ。
「以蔵さん、お金借りてたりツケ溜めてたりしてる人のこと、全部教えて。わたし、以蔵さんにお金が貯まるまで待ってってお願いするから」
「えっ、それは」
ずいぶんな束縛ではないか。
しかし立香の顔を見れば、そんな不平は言えない。
「以蔵さん、わたし、結構怒ってるよ?」
「すまん、すまん、しょうまっことすまん……! 頼むき、後生やき、捨てんとうせ……」
「大丈夫、まだ今すぐ別れようなんて思ってないよ」
とげとげした言外の意が胸に刺さる。
しかし、博奕友達との縁が切れるよりも、もっと失いたくないものがある。
「わしは……変わっちゃる。おまんのためならなんでもしちゃる」
「じゃぁ早速、明日レイシフトしようね。キッチンから、肉が足りないってリクエストが来てる」
「お、おう、任いちょき。わしが絶対、おまんにゃかすり傷ひとつつけさせんき……」
「信じてるよ」
立香は笑う。その笑顔からは、普段の親愛や恋慕が感じられない。
そう仕向けたのは以蔵だ。
あの可愛らしい顔をもう一度見たい。そもそも捨てられたくない。
「立香、立香、愛しちゅう……」
「頑張ろうね、以蔵さん」
少しだけ優しくなった声音に甘えないよう、己の怠惰さを叩き直すべく、以蔵は再び額を床につけた。