フリスクは恋を実らせたいニンゲンとモンスターを繋ぐ親善大使。可愛らしくて人付き合いが上手いのにも関わらず、彼女にはここ10年、浮いた話がひとつも無かった。ひとつも、だ。
「フリスク」
大使館で、スーツを着たアンダインが彼女のそばに寄り、視線を周りに巡らせながら耳打ちをする。
「ニンゲンの男がお前と会いたいらしい。なかなかイイ男だ。17時に裏庭のイチョウの木」
フリスクはそっと頷く。
「今度こそうまくいくといいな」
アンダインがフリスクの頭を撫でた。
16時。
フリスクはアンダインとアルフィーに髪をセットしてもらいメイクを念入りにした。
鏡に映る自分は今までの中で1番綺麗になったように思う。
16時50分。
大使館の窓から裏庭を見ると人影があった。
1ヶ月ほど前に新しくニンゲン側のモンスター課に配属されたらしいスラリとした長身の男性だ。
そういえば書類を渡すときに手が触れて、数秒熱い視線を送られた。
─今度こそ…
繰り返すが、フリスクには浮いた話が1度もない。
一般的に恋をしたい年頃であった。
お誘いがあり、お見合いのような事もした。
しかしどれも実りはしなかった。
16時55分。
裏庭への扉を開ける。
─今度こそ。
フリスクは目にケツイの光を灯す。
パンプスが落ち葉を踏んだ。
木陰に長身のスーツの男性の後ろ姿をとらえ、その名前を呼ぼうと息を吸った。
「よう」
そこに現れたのは青いパーカー。
少し離れた場所でスーツの男性もこちらを振り返った。
─あぁ、やっぱり。
スーツの男性に気付かない様子でサンズはフリスクのもとに足を進める。
ザクザクと桃色のスリッパが落ち葉をかき分けてやって来た。
「ちょうどいいところに現れたな。パピルスが新作パスタを作ったんだ。アンタに食べてほしいそうだけど」
その様子を見て、スーツの男性は気まずそうにフリスクに頭を下げてその場を後にしてしまった。
フリスクも深々と礼をする。
「…おっと、待ち合わせだったのか?悪いことしたな、恋人か?」
「そうなる未来もあったかも」
下を向いたまま、短くフリスクは言う。
「…ふぅん」
毎回だ。
フリスクが他の男性ときっかけが出来そうになるたびに、サンズは現れる。
おかげで何も進まない。浮いた話には発展しない。
初めは偶然だと思った。
だけどここまで積み重なれば。
キュッと拳を握った。
「…わざとだよね」
フリスクは恋を実らせたい。
今回こそは。
「…なんのことだか」
フリスクのパンプスが落ち葉をかき分け、サンズのもとへ歩を進める。
「わざとだよね」
至近距離でまっすぐにサンズの目を見つめた。
後ずさるサンズの手を掴んだ。
「…怒ってるのか?わるかったよ。邪魔しちまってさ」
「わざとだよね」
「いや、だからさ」
フリスクはサンズの胴に腕を回して、パーカーに顔をうずめた。
「わざとがいい」
「…は?」
フリスクに浮いた話が出ないのは、直前で毎回サンズが邪魔しにくるからだ。
時には「大使の用事が入った」だの、今回のように偶然を装ってだの。
そうして機会を潰して去っていく。
それを、毎回フリスクは嬉しいと思ってしまう。
しかし、他の男性との機会を潰しておきながらサンズはフリスクを自分のものにしようとはしない。
嬉しかったり、悲しかったり、それこそ他の恋に行こうとしてもこうして邪魔が入り、またそれを嬉しく思ってしまうという、付かず離れずの関係が続くのだ。
結果、ひとつも浮いた話がないまま10年の月日が過ぎることとなった。
─今度こそは
サンズを捕まえて離さないと決めたのだ。
「嬉しいから…あやまらなくていいから…」
サンズを抱きしめる腕に力をこめる。
「だから…オレのものになれって言って」
言い切って、息を深く吐いた。