右手に抱えた鞄は書類でパンパンに膨れて、仕事場を出る時に必死で閉めたジッパーをじわじわとこじ開けている。書類が落ちないように左手で押さえながら、おぼつかない足取りで家路を辿る。仕事場を出たのがもう0時過ぎだったから、今はもう1時は回っているだろう。街灯の光が目に染みて、少し涙が滲む。
今、ドイツは何してるのかな。6時くらいに俺の家着いったって連絡きたけど、それからどうしてるんだろう。俺が家に呼んだくせに帰ってこないから呆れちゃってるだろうな。というか、もう寝ちゃってるかな。涙が下瞼からぽろりと溢れ、それと同時に堪え切れなくなってべそべそ泣き出してしまった。両手が塞がっているので目を擦ることもできずに、俺は駆け足になって家へ急いだ。
「ただいまぁ……」
「おかえり」
「ヴェッ?!」
顔を上げると、寝巻き姿のドイツがリビングのドアを開けてこちらへ歩いてきていた。すっかりもう寝てしまっているだろうと思っていたから、俺は驚いた顔のまま目をパチクリさせて恋人の姿をじっと見つめてしまう。
「どうした、そんな顔をして」
返事の前に大急ぎで靴を脱いで、鞄を放り投げて、その大きな体に抱きついた。
「うわーん待っててくれてたんだねドイツ!!遅くなってごめんね!!」
逞しい首に回した腕に全体重を掛けてぶら下がるようにしても、ドイツの体はびくともしない。その丈夫さになんだか安心する。さっきまでの澱んだ気持ちが晴れていく。
「仕事なら仕方ない、気にするな。それにお前を待つのには慣れている」
「えへへ〜いつもありがとね〜」
「普段は時間通りに来い!」
耳元でドイツが呆れたようにため息を吐く。俺はそれに気づかないふりをして、石鹸の香りのする温かな首元に顔を埋める。ついでに両脚をドイツの腰に回して全身でしがみついてみる。
「ベッドまで送ってください!」
「自分で歩け」
「疲れたんだよ〜お願い〜」
「全く……」
再び大きなため息が聞こえた。ドイツは観念したように俺の体を片手で抱えて、もう片手で玄関に転がっている俺の鞄を拾ってスタスタと寝室へ歩き出した。
「……ねーねードイツ」
「何だ」
「今日は俺が呼んだのに、ごめんね」
「お前にしては珍しくしおらしいな」
寝室に着き、ベッドにそっと降ろされる。
「別に気にしなくていいと言っただろう。疲れすぎて弱気になったか」
「だって」
ドイツに会えた安堵で一度は引っ込んだ涙が、またぼろぼろと溢れ始める。舌先がひくついて、そろそろしゃくりあげて大泣きしてしまいそうだ。
「だって今日、一緒にご飯食べて一緒に映画見て、たくさんお前といちゃいちゃするつもりだったのに、お前も急いで俺んち来てくれたのに」
急にあんな仕事入ってくるなんてさ、と言おうとしたところで、えぅっと喉奥が痙攣して嗚咽が込み上げる。
「あー、もう、泣くな泣くな! ほら鼻かめ!」
鼻にティッシュを押し当てられ、チーンと鼻をかむ。えぐえぐと泣き始めた俺の頭を抱き寄せて、あやすように背中をさすられる。
「全く、お前の泣き虫はいつになったら治るんだ」
「ゔぇ…多分ずっとむり……うっぐ、ゔぇああぁぁ」
ドイツのムキムキに顔を埋めて本格的に泣き出したけれど、疲れていたせいもあって、ものの数分で泣く体力がなくなってきた。
「落ち着いたか?」
「う゛ん……」
「大体な、明日は休みだろう。今日一緒にいられなかった分、明日は一緒にいればいい」
ドイツの大きな手のひらが優しく俺の頭を撫でる。心地よい低音が泣き疲れた俺を癒していく。
「今日はもう遅いしさっさと寝ろ」
「ん、そうするー。俺眠くなって…き……」
「待て、その前にスーツを脱げ」
ドイツの声が届く前に俺の体力は尽きて、マットレスにどさりと体を横たえた。だめだー、もう動けない。
「おい、イタリア、寝たのか?」
呆れたような口調で声をかけられながら体を軽く揺さぶられるけど、俺にはもう反応する元気も無い。
「……寝たか。仕方のない奴だな」
ドイツため息を吐きながら俺のスーツに手をかけて、テキパキと手早く俺を素っ裸にして、最後にシャツとパンツを着させてくれた。なんだかバンビーノになった気分。ドイツがマンマになるとしたら、きっとすごく面倒見の良いマンマになると思います。
気づけば部屋の明かりは消えているようだった。ベッドに潜り込んだドイツが俺の頭をまた撫でてくれて、本格的に眠りそうになってきた。
と、その時、唇にぶちゅっと柔らかいものを当てられた。それがドイツの唇だと分かった途端、思わず口角がにやにや上がってしまいそうになる。でも起きてるのがバレたらドイツが恥ずかしがっちゃうだろうから、必死で堪える。
「明日は起きてる間にさせてくれ」
今度は額に軽くキスを落とされ、そのまま抱き寄せられる。しばらくしてドイツの寝息が聞こえてくるまで俺は寝たふりをするのに必死だった。なんでそんなに可愛いことするの、俺堪んなくなっちゃうよ。
ドイツも俺といちゃいちゃしたかったんだ、と思うとまた口角がみるみる上がっていく。明日はたくさんいちゃいちゃしようね、ハグもキスも気が済むまでたくさん。
疲れた体を頑張ってよじらせて、ドイツの首元に顔を伸ばす。眠りったばかりのドイツを起こさないように、優しく優しくキスをする。可愛い俺の恋人。早く朝がきますように。