ラビリィの特別な一日 柔らかな白い日差しが廊下の小窓から差し込み、まりあの細くてなめらかな髪の毛を一本一本煌めかせている。
時刻は朝の七時。休日にしては早い時間に、まりあはラビリィと玄関で向かい合っていた。
「じゃあラビリィ、そろそろ行ってくるラビ」
「ラビリィ……本当にまりあ達が着いて行かなくて大丈夫ですか?」
心配そうな表情を浮かべるまりあを安心させるように、ラビリィがにこっと笑った。
「大丈夫ラビ! ここからランドまでは、そんなに遠くないラビ」
「でも……」
ラビリィが一人でプリ☆チャンランドまで向かうだけでも、まりあは少しだけ不安なのだ。出会ったときから、ラビリィは人一倍トラブルに遭いやすい。だからか、リングマリィの二人は昔からラビリィにやや過保護だった。
そんなまりあに、ラビリィは再度「大丈夫ラビ!」と繰り返した。
「まりあちゃんとすずちゃんは、おうちでゆっくりしててほしいラビ。今日はどこにも出かけないんラビよね?」
「はい! まりあとすずちゃんはおうちにいますよ」
それを聞いて、ラビリィが「良かったラビ」とホッとしたように呟く。不思議に思ったまりあがその意味を問いかけようとすると、ラビリィがパッとドアを開けた。
途端に、明るい陽の光や朝の新鮮で澄んだ空気、小鳥のさえずる音など、さまざまな「かわいい」ものが、まるでプレゼントみたいに玄関の中へと入り込んでくる。それらと交換するように、ラビリィが外へと飛び出して行った。
「じゃあ、まりあちゃん、すずちゃん。いってきますラビ!」
「ラビリィ! いってらっしゃい! 気をつけてくださいね〜!」
まりあは玄関を出て、ラビリィの姿が見えなくなるまで手を振りながら見送った。
「行っちゃいました……」
家の中に入り、ドアを閉めて背後を振り返る。そこには、廊下の壁にもたれかかって立っているすずがいた。近づいたまりあが顔を覗き込んでも、反応はない。それもそのはず。その瞳は、瞼にきっちりと遮られて見ることができない。そう。すずは、立ったままほとんど寝ていた。
まりあはくすっと微笑むと、すずに向かってそっと声をかけた。
「すずちゃん、すずちゃん。ラビリィ行ってしまいましたよ。ベッドに戻りましょう? ふふっ、かわいいおめめが全然開いてなくてかわい〜」
二、三度、まりあが軽くすずの身体を揺すると、ぴったり閉じていた瞼がゆっくりと開き始める。オレンジの瞳を隙間なく縁取るように生えた長いまつ毛が、ぱたぱたと上下に動いた。
「ん……え? あ、ラビリィ、出かけちゃった……?」
「はい。すずちゃん、早起きがちょっぴり苦手なのに、かわいく頑張りましたね」
「うん………」
それにしても、とまりあは言った。
「こんな早くから、ラビリィはプリ☆チャンランドで何をするんでしょう……?」
◇
お昼過ぎ。ちょうどおやつの時間になった頃、まりあとすずは、ラビリィにプリ☆チャンランドに呼び出された。
二人がラビリィに指定された場所まで行くと、そこにはアリスの経営するお店兼家であるキャンピングカー・ペペロンチーノ号が停まっていた。
「なんでここにペペロンチーノ号が?」
「さあ、なぜでしょう?」
二人で首を傾げていると、背後から華やかな明るい声が聞こえた。
「やっほー!」
「アリスちゃん!」
振り返ると、そこにいたのは店主であるアリスだった。太陽のような眩しい笑顔を浮かべるアリスに、すずは尋ねた。
「あの、アリス先輩。ここらへんでラビリィを見ませんでしたか?」
「ラビリィならペペロンチーノ号の中にいるよ! 今日は訳あって貸切なの。ふっふっふ……二人とも絶対、すっごい驚くよ!」
「まりあ達が……」
「驚く……?」
まりあとすずは顔を見合わせた。一体、ラビリィはキャンピングカーの中で何をやっているのだろう?
そう考えているとき、二人をここに呼び出した張本人であるラビリィが、プリティーマスコットの姿でちょこんと顔を出した。
「まりあちゃん、すずちゃん! 来てくれてありがとうラビ!」
「ラビリィ! って、そのエプロン姿は……?」
「きゃあーー! フリフリで超かわいいです〜!」
「えへへ……。実はこれから、ラビリィはご主人様たちをおもてなししたいラビ」
「おもてなし?」
すずがラビリィにさらに深く尋ねようとしたとき、楽しそうなアリスが合間に入り込んできた。
「ハイハーイ! 二人は今日スペシャルなゲストなんだから、ここに座ってね〜」
「わあっ! な、なに!?」
「きゃあっ、かわいい予感がします〜!」
アリスに背を押されながら、案内されたのはパラソル付きのテーブルだった。椅子を引かれるまま、そこに座る。
白いミニテーブルの真ん中にはピンクや赤、黄色のバラの花が飾られていて、まりあはそのかわいさにキラキラと目を輝かせた。そんなまりあを眺めるすずも、なんだか楽しそうにしている。ラビリィは二人の様子を見て、うれしそうに笑った。
「二人とも、もう少しだけ楽しみに待っていてほしいラビ!」
そう告げてペペロンチーノ号の中に入って行ったラビリィの『おもてなし』を、まりあとすずは期待を胸いっぱいに詰め込んで、待ち侘びることにした。
ラビリィがペペロンチーノ号の中のキッチンスペースに入ると、窓の外からアリスに優しく声をかけられた。
「じゃあ、私は近くにいるから、何かあったら声をかけて。呼んでくれたらすぐ来るから」
「はいラビ! アリスちゃん、たくさん手伝ってくれてありがとうラビ」
「いいっていいって。二人ともよろこんでくれるといいね!」
満面の笑みを浮かべて応援してくれるアリスに向かって、ラビリィは力強く頷く。
アリスが扉から出ていくと、ラビリィは棚から二つのグラスと、冷凍庫からバニラアイスクリームとうさぎ型のもなかを取り出した。そして、それぞれのグラスに氷をいくつか入れ、朝から準備していたコーヒーを注ぐ。片方にはガムシロップを少量入れ、もう片方にはコーヒーと同じ量のミルクと、スプーンで掬った黄金色のはちみつを垂らして、カラカラと混ぜた。
ふう、と一息吐く。次が難関だ。アリスが言うには、アイスクリームは常温に数分置いておくとプラスチックの壁面に触れ合っている端っこ部分からやわらかく溶け出してくるという。凍って固いままだと、ラビリィの小さなからだではいくら踏ん張っても上手く掬うことができないから、アイスにはやわらかくなってもらう必要があった。
「よーし! やるラビ!」
アイスクリームを掬う器具、アイスクリームディッシャーを手に取ったラビリィは、器具の半球部分をアイスクリームの端の方に埋め込もうとした。しかし。
「ラ、ラビ?」
やわらかくなったと思ったアイスはまだまだ固く、全く削り取れる気配がない。プリティーマスコット状態のラビリィ一人では、力が足りないのだ。
「ど、どうしよう……!?」
不測の事態に、焦りがどんどん募ってくる。
――これを完成できなかったら、まりあちゃんとすずちゃんをおもてなしできない……!
ラビリィの大きな瞳がわずかに潤み始める。アリスを呼びに行く選択肢もあったのだが、軽くパニックになっているラビリィには思いつかない。
――そのとき。
「……大丈夫?」
突然、月夜の湖のように静かで穏やかな声が、キッチンカーの中に響いた。
「ラ、ラビ!?」
驚いたラビリィがパチパチと瞬きをすると、そこに立っていたのはイブだった。
「イブちゃん!?」
「ふふ、こんにちは。……大丈夫? なんだかラビリィが焦ってる声が聞こえたから、来てみたのだけれど……。良かったら、私も手伝うわ」
「で、でも、迷惑じゃないラビ?」
ラビリィが恐る恐る尋ねると、イブは優しく微笑んだ。
「私がラビリィの力になりたいの。それに……覚えてる?」
「ラビ?」
「昔……私が、ランドに初めてライブを見にきたとき、私達二人で工事中のムーンライトエリアで迷ってしまったでしょう? あのときラビリィはとても焦っていたはずなのに、諦めないで私をライブ会場に連れて行こうとしてくれた」
「イブちゃん………」
「だから、今度は私が助ける番よ」
イブはそう言うと、ラビリィの手からアイスクリームディッシャーを受け取った。
「ううっ、」
まだまだ固いアイスに格闘するイブは、白い肌をわずかに赤く染めるほど力を込めている。ラビリィも急いで持ち手へと飛んでいき、一緒に踏ん張った。
数秒後、二人で力を合わせた甲斐があり、アイスをしっかり掬い取れた。思わず、二人でハイタッチをする。
ラビリィはそのままディッシャーをコーヒーの上に持っていくと、持ち手を閉じて、そっとアイスクリームを載せた。綺麗な半球がコーヒーの海に島のように浮かぶ。ラビリィとイブは顔を見合わせた。
「やったあ! 上手くできたラビ!」
「やりましたね……!」
そして、同じようにもう一つのグラスにもアイスを盛り付け終わると、ラビリィはイブの方を向いてぺこりとお辞儀をした。
「イブちゃん、手伝ってくれてありがとうラビ」
「ふふ、どういたしまして。これで出来上がり?」
「ううん、まだもう少しラビ」
ラビリィは冷蔵庫からキャラメルソースを取り出し、それをアイスに垂らしていく。そして、準備していたうさぎ型のもなかをそっと載せた。
「よーし……! これで完成ラビ!」
満足げな顔で喜ぶラビリィに、イブは尋ねた。
「ラビリィは、どうして今日、こんなに素敵なサプライズを考えたの?」
ラビリィはイブを振り返り、きょとんと見つめた後、にこっと笑った。
「今日は、まりあちゃんとすずちゃんが、ラビリィのご主人さまになってくれた記念日なんだラビ。だからラビリィ、リングマリィのマスコットとしてラビリィを迎え入れてくれた二人に、ありがとうって伝えたいんだラビ」
幸せいっぱいに笑うラビリィを見てイブも同じように微笑む。しかし、その瞳の奥にはわずかに別の感情が覗いていた。
「そう、なのね。二人とも、とても喜んでくれるんじゃないかしら」
「イブちゃん……?」
「……ごめんなさい。少しだけ、ルルナとソルルのことを考えてしまって……」
口元に笑みを湛えたまま、イブは悲しみや寂しさの浮かぶ表情を浮かべた。イブの耳元で、月のイヤリングが小さく光る。
「二人とも、私達姉妹をずっと見守ってるってわかってるわ。 でも、少し遠くにいきすぎだと思わない? もう少し、私達の近くにいてほしかったな……」
息を吐くようにして小さな声で呟いたイブは、ハッとラビリィを見ると大げさなくらい明るい笑顔を浮かべた。その顔はアリスとよく似ているようで、似ていなかった。
「ごめんなさい、こんな話。アイスクリームが溶けちゃうわね」
「ううん」
ラビリィはイブの顔の前にふよふよと移動すると、よしよしと鼻の頭を撫でた。
「ラビリィも、あの二人には一人ぼっちだったときに何度も声をかけてもらったラビ。厳しかったり、優しかったり……。だから、おしゃべりできないくらい遠くに行っちゃったのは、さみしくて、かなしいラビ」
「ラビリィ……」
「でも、きっと、イブちゃん達が迷子になっちゃったときには、絶対守ってくれるラビ! マスコットは、ご主人さまが大好きだから。何があっても、ずっと大好きだから……!」
ラビリィは真剣だった。イブを元気付けてあげたかったし、ソルルとルルナのマスコットとしてご主人さまを想う気持ちを、少なくとも自分が理解できる部分はイブに伝えてあげたかった。
イブはラビリィの懇願するようなその言葉に一瞬驚きを浮かべて、口元を緩めた。
「……ふふ、うん。そうね」
「うん!」
ラビリィは頷いて、戸棚からお盆を持ち出した。
「よーし、じゃあ、作ったものを運ぶラビ!」
「じゃあ、私はここから見守ってるわ。ここからはラビリィとリングマリィの時間だから」
「ありがとう、イブちゃん。ラビリィ、おもてなしを成功させてくるラビ!」
◇
「お待たせしましたラビ。すずちゃんにはコーヒーフロート、まりあちゃんにははちみつ入りのカフェオレですラビ! どうぞ召し上がれ!」
ラビリィはテーブルの上に二つのグラスを置いた。
まりあとすずは、運ばれてきたメニューとラビリィを交互に見ながら戸惑っていた。
「ラビリィ、これは?」
「こっ、このかわいいうさぎさんがちょこんとかわいくお座りしているかわいいカフェオレは、かわいいラビリィがかわいく作ってくれたんですか!?」
「ま、まりあ。うれしいのはわかるけど落ち着いて……!」
「はいラビ! ラビリィが作ったラビ」
こくり、とラビリィが頷いた途端、隣からアリスが現れた。
「ふっふっふ。なんとなんと、ラビリィはぜーんぶ手作りしたんだよ! 何日も前からうちで練習して、昨日までにアイスクリームももなかも材料から準備して、今日も早起きしてコーヒーを淹れてたの」
「ア、アリスちゃん……!」
「まりあがアイスクリーム、すずがもなかが好きだから、それは絶対に準備したい! って私にお願いしてきてさ。コーヒーも、苦味や酸味が押さえられる水出しコーヒーがいいんじゃないかって! いやあ、ラビリィは本当に二人が大好きなんだねえ」
アリスのその言葉を聞いたまりあは、優しい眼差しをラビリィに向けた。
「もしかして、このもなかのかわいいうさぎさんの形も、ラビリィが考えてくれたんですか?」
「そ、そうラビ……。リングマリィといえば、その、うさぎさんだと思って……ラビ……」
恥ずかしそうに、しかしはっきりとそう口にしたラビリィを見て、まりあとすずは目を細めて微笑んだ。
「そうだね、リングマリィといえばうさぎだよ。お月さまを目指して、高くジャンプするうさぎ!」
「はい! ジャンピンラビッツコーデを着てユニットを結成した私達が、ラビリィに出会った……。これは超ビックバンかわいいことです! 偶然なんかじゃありません!」
すずは、コーヒーフロートを一口飲んだ。
「うん……! 苦すぎなくて飲みやすい! ありがとう、ラビリィ。すず達のことを考えて作ってくれて」
まりあも、かわいい、美味しい、かわいいとひたすら呟きながら、アイスを口に運んでいる。
大好きなご主人さまに褒められて、ラビリィはぱあっと顔を輝かせた。
「よかったラビ……!」
しばらくして、ラビリィの作ってくれた飲み物がほとんどが口に入った後、まりあがラビリィに問いかけた。
「ラビリィ。今日はどうしてこんなに最高にかわいいサプライズをしてくれたんですか?」
「それは……」
ラビリィはリングマリィの二人の顔を真正面から見られる位置にふよふよと浮き上がると、向かい合って座っているまりあとすず、それぞれと目を合わせた。そして、すう、はあ、と一つ深呼吸して、顔に緊張を浮かべながらゆっくりと話し始める。
「今日は、ラビリィがリングマリィのマスコットになった記念日ラビ。だから、改めて二人に感謝を伝えたかったラビ」
ラビリィは、二人の瞳から目を逸らさず、真剣に言葉を重ねていく。
「ラビリィ、出会った日からずっと、ずーーっと、まりあちゃんとすずちゃんに感謝してるラビ。ご主人さまが見つからなくて、リセットされる寸前だったラビリィを、二人がマスコットにしてくれて……。それから二人は、今日までずっと一緒にいてくれたラビ」
まりあとすずも、真剣な表情でラビリィの紡ぐ言葉に耳を傾けた。
「ラビリィ、二人に出会ってからしばらくは、たまに一人ぼっちだったときの夢を見ることがあったラビ。それは、つらくて……こわい夢だったラビ」
ラビリィは、そのこわい夢を見てしまうのは、いつも何か悪いことが起こった日の夜だったと告げた。普段はあったかい気持ちでいっぱいなのに、不安に包まれているときや嫌なことがあった日は、ご主人さまを求めてランドの中を彷徨っていた孤独な日々の夢を見てうなされていた、と。
「きっと、二人は気づいてたラビよね」
「………」
まりあとすずの顔が、少し曇る。
しかし対照的に、ラビリィはパッと陽だまりのように柔らかな笑みを浮かべた。
「でもね、ラビリィ、いつだったか気づいたラビ。いつの間にか、一人ぼっちだったときのことを夢に見なくなってたこと。ううん、ラビリィ、一人ぼっちだったときのことを、忘れてたんだラビ」
その瞬間、二人が驚きで目を見開いた。
「えっ?」
「ラビリィ、それは……?」
くすくす、とラビリィが笑う。そして溢れ出る幸せを表すみたいに、くるくると綺麗に舞った。すずの肩に、まりあの指先に、ちょこんと触れて「ありがとう」と呟きながら。
「ラビリィがつらいときも悲しいときも、必ずまりあちゃんとすずちゃんがそばに居てくれたラビ。楽しいときも、うれしいときも、どんなときも! そうしたら、少しずつだけど、一人ぼっちだった悲しい思い出の上に、あったかい思い出が降り積もって、いつの間にか幸せだけが残っちゃったんだラビ」
「ラビリィ……」
すずが震えるようにそう呟いて、まりあの瞳の縁には涙が溜まり始めていた。
「まりあちゃん、すずちゃん。ラビリィをリングマリィのマスコットにしてくれてありがとう! ラビリィ、かわいくてかっこよくて、誰よりも優しい、宇宙一最高のご主人さまに出会えて幸せラビ! これからもずっとずーーっと、末永くよろしくお願いしますラビ!」
ラビリィは大輪の花が咲くようなキラキラの笑顔でそう言い切った。伝えたかったことをちゃんと伝えられた安心感で、ホッと一息を吐いていると、伸びてきた手にギュッと掴まれる。細くてなめらかな手は、ラビリィを優しく腕の中に包み込んだ。上を見ると、海のような綺麗な瞳から、ポタポタと水が落ちてくる。
「ラビリィ〜〜〜!!!」
「まりあちゃん、苦しいラビ……」
「あはは……ちょっとだけ我慢してあげて。……ねえ、ラビリィ。すず達もラビリィがいないとダメだよ。ラビリィは、リングマリィの大切な大切なマスコットなんだから」
「そうです! リングマリィの超かわいいマスコットは、ラビリィ以外にいないんですから。これからもずっと一緒です。三人一緒!」
「えへへ……! はいラビ!」
ぎゅうぎゅうと抱きしめられたままラビリィが顔を上げると、キャンピングカーの近くでこちらを見ていたアリスとイブと目が合った。アリスがパチンとウインクをしたので、ラビリィも同じように返した。
アリスは、ラビリィの恩人の一人だ。リングマリィと初めて会った日、ソルルと共にご主人さま探しを手伝ってくれた。アリスと共に今日のための準備をしているとき、気づいたことがある。キャンピングカーの中には、今もなおアリスとソルルの思い出がたくさんつまっていることを。
アリスとイブは、ラビリィの遥か頭上、夕焼けに染まり始めた空をじっと、目を細めながら見つめていた。夕日に照らされた太陽と月のイヤリングが、眩しいくらい煌めいていた。
ペペロンチーノ号を後にして、ランド内を歩いていると、ふいにすずが呟いた。
「それにしても……ラビリィに先越されちゃったな」
「ラビ?」
まりあもつい思い出したように声を上げる。
「ハッ、そうでした! ラビリィ、これから時間ありますか?」
「えっ、えっ? ……帰るんじゃないラビ?」
「はい! ラビリィが空いているなら、問題ないです! 行きましょう!」
「どっ、どこに!?」
それからしばらくして、三人が向かった先にあったのはショッピングモールだった。昔モニターとしてここで買い物をしたとき、質素な生活に慣れきっていたラビリィは、三千コインのうち百コインしか使えなかった。あれからも何回かこのモールに来たけれど、あまり大きな買い物はしていない。
三人でモールの中に入ると、すずは優しくラビリィに告げた。
「ラビリィ。今から、ラビリィには買い物を楽しんでもらいたいんだ」
「で、でも……」
ラビリィはいろんなお店が入った辺り一帯を見渡して、不安そうな顔をした。そんなラビリィの目線に合わせるように、まりあが少し腰をかがめる。
「まりあ達、かわいいお洋服を着たかわいいラビリィや、美味しいものを食べているかわいいラビリィをたくさん見たいんです。まりあ達が選んであげたいけれど、何より一番見たいのは、ラビリィがかわいいと思ったものを手に取っているかわいい姿なんです」
「さっきさ、ラビリィ言ったでしょ? もう今は、一人ぼっちだったときの思い出を忘れかけてたって。もちろん、またタワシさんを買ったっていいんだよ。ラビリィがほしいと思うものなら、何をいくら買ったっていい。ラビリィが今でも、あのとき買ったタワシさんを大切にしてるのは知ってるから」
「はい! でも、もし……。ラビリィが、これがいいな、かわいいな、ほしいな、と思うものがあったら、迷わず手に取ってほしいんです。なんだって構いませんよ」
「すずちゃん、まりあちゃん………」
ラビリィは二人を見て、頭を下げた。
「……ごめんなさいラビ」
「ラビリィ……」
まりあとすずが声を掛けようとしたそのとき、ラビリィがバッと頭を上げた。
「ラビリィ、今は欲しいものも好きなものも、たくさんできちゃったラビ! たくさん手に取って、二人のこと困らせちゃうかもしれないけど……それでもいいラビ?」
その瞬間、まりあとすずは顔を見合わせて、これ以上なく嬉しそうに、思いっきり笑った。
「もちろんだよ!」
「まだまだもっともーっと、かわいい欲張りさんになっていいんですよ!」
「よし! そうと決まれば、あのお店から見て回ろうか!」
「全店制覇を目指しましょう! そして、まりあもラビリィをとびきりかわいくコーディネートです!」
「もちろん、かっこいいも、ね?」
「まりあちゃん、すずちゃん……」
リングマリィ――誰よりも大好きで、大切なご主人さま二人を見て、ラビリィも心からの幸せを顔に浮かべて笑った。
「うん! かわいくて、かっこいいものをたくさん選ぶラビ!」
――その日の夜のこと。
ショッピングモールには、両手一杯に荷物を抱えた仲睦まじい三つの人影が見えたという。