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    はねた

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    はねた

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    トガちゃんのことが気になる環さん、とファットさん

    #hrak
    lava
    #天喰環
    amakuroRing
    #ファットガム
    fatGum

    太陽と花 少女の姿を見たのは一瞬で、そのときなにが起きていたのかも実際よくはわかっていなかった。
     あとから事態の顛末とその個性を聞いて、ああそうなのかとおもった。
     そうなのかとそれで済ませたはずの、けれどしばらく経っても少女の姿は頭のなかから消えることなく、むしろどんどんとふくらんでいくばかりでそんな自分に環はとまどった。
     とまどいながらも頭の隅で、なんとはなしに納得もしていた。
     対象の血を吸うことでそのものになりきる個性をもつ少女はヴィランとなり、対象を食べそのものの力を得る自分はヒーローとなった。相手の命を奪っているのはどちらなのだろうと、おもえば善悪がよくわからなくなった。
     わからないままにふらふらとしていたところ、ファットガムに食事に誘われた。
     昼には定食を出す、天満の居酒屋のカウンターで並んで焼き魚をつついた。この魚の力はなにに使えるだろうかとつい考えてしまう自分がすこしいやになって、いやになったことがまたいやになった。サンイーターと呼ぶミリオの笑顔が脳裏をよぎって、申し訳なさに頭にかぶさったままのフードをひっぱりうつむいた。
     ファットガムは大盛りのごはんをかきこみながら、初老の店主とカウンター越しに掛け合いをしている。
     昼どきとあって店内は混んでいた。カウンターのうしろには4人がけのテーブルがみっつ、壁に沿って並んでいる。みな近所の住民らしい、店主とさほど年も変わらない男女が賑やかに喋りながら箸を動かしていた。
     エプロン姿の若い女性が盆と伝票を手にあちらこちらと駆けまわり、喋っとらんと手ぇ動かし、ファットさんもちょっと勘弁したっていまうち忙しねんとカウンターの面々をまとめて叱る。
     店の人間が客に注意する様にびっくりしてかたまる環をよそに、ファットガムと店主はすまんなと揃って笑う。
     わかればよろし皆待っとんねんでときっちり釘をさしてから、女性はふたたびてきぱきと接客にかかる。店主も苦笑しつつ、はいはい頑張りましょかと勢いよく鍋をふるいはじめた。
     お気張りやっしゃーと気のない声援とともに、ファットガムが味噌汁を啜る。先日のヴィランとの戦いがまだ尾を引いているのか、その姿はずいぶんとすっきりとしている。ふだんの格好やったら狭い店はいられへんしなと、この姿になるたびファットガムは下町の居酒屋や場末の喫茶店に転がりこむ。
     がつがつと、見る間に焼魚定食はその胃袋に消えた。
     麻婆茄子定食を追加で注文して、ファットガムは備え付けの爪楊枝をくわえる。
     ほんでな、と世間話の続きのように言った。
    「食えば食うほど脂肪が溜まって緩衝材になってやな、どつけばどつくほどパワーが溜まってバーン、て、まあまああほみたいな個性やな俺っておもわんこともないわけや」
     え、と環は顔をあげる。何のことか意味をとりかねて瞬けば、ファットガムはにかりと笑った。
    「食えば食うほど強くなるってのが環とおそろいなのは嬉しいけどな」
     あ、と環は目をみひらいた。
     大雑把で適当なふりをして、歴戦のヒーローはひとの心をきちんと掬う。
     おそろい、とファットガムの言葉をなぞる。おそろいやなあとファットガムは爪楊枝を咥えながらくりかえす。
    「……俺と、トガヒミコも」
     ひとりごちるようにすれば、かたわらでせやなという声がした。
    「おそろいやな、ちょっとしたとこが」
     少女の名を出してもファットガムに驚くそぶりはない。いったいいつから自分のわだかまりに気づいていたのだろうと思う一方で、頭の隅でなんとなく安心するところもある。
     甘えていると自覚はあったから、環はフードの陰にこっそり隠れた。
    「トガヒミコの個性は相手を殺さない。俺は相手の命を奪う。相手の血を吸うのと相手をぜんぶ食べるのと、……血を吸うっていうのが見た目にきつくとられやすいだけで、トガヒミコが悪っていうなら俺だって」
     少女のことが気になりはじめてからしばらくして、その生い立ちをひと伝てに聞いた。
     歩まなかった人生がそこにあると、おもいかけてはけれどもやめるということを何度も繰り返した。トガヒミコに心を寄せるたび、ミリオやねじれ、ファットガムの姿が脳裏に何度もあらわれて自分を押しとどめた。
     それでも疑うことはやめられずに、環はフードをさらに強く引っ張る。
     ファットガムは黙っていた。しばらくして、ぽつりとちいさな声がした。
    「おそろいは嬉しいな」
     え、と環は顔をあげる。そこにある精悍なまなざしに、心臓がいつもよりすこしだけ跳ねた。
     中華鍋がじゃあじゃあと賑やかな音をたてる。厨房にはこちらの話も届かないらしい、はいどうぞー熱いうちに食べやーという声とともに麻婆茄子定食がカウンター越しさしだされた。
     律儀に二度めのいただきますをしてから、ファットガムは箸で茄子をすくう。そうしながら合間に話を続けた。
    「敵とか悪とかヴィランとか、他人を適当な枠にはめて、せやしアイツはしばいていいとか、言うておかしな話やんな」
     香辛料の匂いが鼻先をかすめた。だれかがなにか言ったらしい、背後でどっと笑う声がする。
     ファットガムは麻婆茄子をかきこみながらゆっくりと話を続けた。
    「俺はどつかれても跳ね返すしどんだけ痛いめみてもバーンでチャラにできるから、たぶんどつかれて痛いばっかりのひとのきもちはわからんとこある。ええか悪いか知らんけどな。せやし、わからん人間が言うのもアレやねんけど、ほんでヒーローがこういうの言うのもあかん気がせんこともないねんけど、善とか悪とか実際はただのめぐり合わせなんやろなっておもうときも、まあちょいちょいある。ほんで、その巡り合わせの一環みたいなもんで環はいま並んで俺とメシ食っとる。そんで環が、あの子は自分と一緒やのにいま俺とメシ食われんでかわいそう代わってあげたいみたいにおもっても、別にあの子は俺とメシ食いたないかもしらん。食いたいか食いたないかはあの子が決めることで、それはなにがどんだけ一緒でも環が気を揉むことちゃうと、まあ俺はおもうけど、まちがっとったらごめんな」
     フードの上になにかが触れてすぐに離れた。頭をなでられたのだと気づいて、環は照れ隠しにさらにフードを引っ張った。
     なあ環、そう名を呼ばれる。心臓がもうひとつ大きい音を立てて跳ねた。
    「善悪が博打なんてほんまプロのヒーローが言うたらあかんことかもしらんな。ま、目のまえの困ってるこどもを助けるのがなによりヒーローの本分やし、ここはひとつオフレコってことで頼むわ」
    「……こども……」
    「伸び代があるってことな」
     せいぜいきばれや青少年と笑い、ファットガムはそれきりなにごともなかったかのように麻婆茄子にかかりきりになる。
     あたりは賑やかで、こちらのことなど知らぬげに、楽しげな喧騒に満ちている。
     旺盛な食欲を見せるファットガムにつられ、環も焼き魚をつつく。
     ほろりと苦い魚の身は食べても消えてしまわずに、長いあいだ自分のなかでその姿をとどめる。そんなところにもひきずりやすい自分の性格があらわれているようで、環はううんと顔をしかめた。
     頭の隅、少女の姿が遠くなっていることには、しばらくしてから気がついた。
     少女の所業を知りつつも、その顔が笑っていればいいとおもう自分がヒーローとしてただしいのかわからずに、けれどもその善悪をつきつめることはやめておくことにした。
     
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