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    はねた

    @hanezzo9

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    はねた

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    あさりくんとおおともくんを書きました。
    第九軍団は名作。

    #aoas

    ピストルギャラクシー 机の明かりがついていた。
     朝利はこちらに背を向けている。金の髪がきらきらと、蛍光灯のあかりにまぶしい。勉強をしているのかとおもえば、その手元にはぶあついペーパーバックがあった。ときおりぺらりと紙をめくる音がする。
     乾かしたはずの髪からぽたぽたと滴が落ちた。寝癖になったら困るなと、大友は首にかけたタオルでそれを拭う。部屋ごとにシャワーがついているのは便利だと、いまさらながらに感心した。朝利もどうやら寝支度は済ませているらしい、パジャマのうえにカーディガンを羽織っている。
     時計の針は十時をさしていた。
     きょうも練習はハードだったから、体のあちらこちらに疲れが溜まっている。こういうときは早く寝るにかぎると、大友はパジャマの背に声をかけた。
    「起きてるなら、寝るとき電気消してくれよ」 
     返事はない。まだ時間かかるかねえと大友はこっそり肩をすくめた。湿ったタオルを片づけ、うんせと大きくのびをした。
     Jユースカップの敗退からしばらくが経つ。続いての高円宮杯の敗戦と、チームの空気は重く、とりわけ朝利の顔はいつまでも晴れないでいる。
     自尊心か責任感か、どちらにせよ朝利にはどうにも思いつめやすいところがある。
     同室で鬱々とされるのはけして喜ばしいことではないけれども、まあしょうがないかと理解をしめしかけて、そういえばこいつこのあいだ翳のあるところも素敵だのなんだのと女子に騒がれていたなと思いだす。
     やっぱり知らん、とイケメンへの憎しみをたぎらせつつベッドに向かおうとしたところで、ふと耳をかすめるものがあった。
    「僕は優秀なんだ」
    「は?」
     ふりかえるさき、朝利は机のうえうつむいている。その目はペーパーバックに向けられたまま、声ばかりがぽつりぽつりと続いていく。
    「ちいさいころからずっとサッカーをやってきて、周囲からも認められてユースに上がって、試合にも出られている。これまで何人もの仲間たちがいろいろな理由でサッカーから離れていった。そのなかで僕はこうしてエスペリオンのユースにいる。続けるための家族のサポートも充分にある。僕は恵まれているんだ」
    「はあ、それにイケメンだしな」
     まぜっかえしてみれば朝利はふいと黙りこむ。うつぶせた、そのおもてがくしゃくしゃにしかめられていることは見ずともわかった。いけすかない金髪の美少年は、どうにも自分の容姿を気に入っていないふしがある。まったく面倒なやつだよなと大友はこっそり肩をすくめてみせた。
     時計の針がかちりと音を立てた。空調の効いた室内、窓辺からふいと冷気が忍びこむ。Tシャツの襟元をかき寄せつつ、大友はぼんやりとパジャマの背をながめた。
     朝利はしばらく黙っていた。
     どれほど経っただろうか、その手がゆっくりと本を閉じる。黒っぽい表紙になにやらモニュメントのようなものが描かれていた。題字は英語だったから、さすがだなと大友は感心する。
    「僕は恵まれているんだ」
     朝利はふたたびくりかえす。思い詰めたようなその声音に、大友は眉をあげる。
     これはもうちょっとまぜかえしてやるべきかと口を開きかけた、ふいと耳に馴染みのない響きがした。
    「”If we should have to run for it, it would load the dice against us, I grant you, but in strange country we should not stand a dog’s chance on the run, anyway.”」
    「は?」
     流暢な発音のほとんどを聞きとれず、大友は顔をしかめる。
     きみちょっと勉強したほうがいいよ、と憎まれ口をたたきつつ朝利が立ちあがった。
     褐色の目がこちらを向く。そのおもてはしらじらとして、けれどどこにも影はなかった。お、と大友が瞬くのに、朝利はゆっくりと本を棚に戻した。
    「こどものころ、この本を祖母にすすめられた。僕の名前と主人公の名前が似ているからって。僕は優秀で、恵まれていて、それはちいさいころから変わらなくて、だからたぶん祖母はそれを」
     言葉はなかほどで途切れてしまって、こちらの耳までは届かない。おそらくは聞く必要もないことなのだろうと、大友もまたそれをあえて追わずにおく。
     朝利は本の背をついとなぞる。黒い表紙としろい指と、くっきりとした境目ができる。
    「きみを見ていると、この言葉を思いだす。……なまえが似てたって、僕にはたぶん絶対になれない」
     頬にふたたびふいとよぎるものがある。美少年の憂いなんて高等技術を習得させてたまるかと、大友はあえてのように気の抜けた声を出してみる。
    「それで? なんて言ったのか教えてくれよ」
     話の腰を折られたのがいやだったのか、朝利はくしゃりと顔をしかめる。こちらを見下ろすように、ふんと鼻を鳴らしてみせた。
    「自分で調べろ」
     ばっさりと切り捨てて、話は済んだとばかり朝利はさっさとベッドにもぐりこむ。電光石火の早業に、大友はさきほどまで朝利がいた場所とベッドとを見返した。
    「電気は消してくれ」
     布団の奥からもごもごとそう言って、それきり朝利は動かなくなる。しばらくしてすこやかな寝息がすうすうと、いや早すぎるだろとぼやきつつ大友は部屋の照明を消した。
     こんもりとひとのかたちをした布団が暗がりにある。
     ほんと手間かかるやつだよなとこっそり呟いてみる。返事はなく、ただ布団の奥の寝息がぴたりと止まった。
     笑いをこらえつつ、大友もまたさっさとベッドに逃げこむことにする。
     かちりと時計の針が鳴って、それきりあたりは静かになる。
     金髪の美少年が布団のなかで盛大なしかめ面でもしていればいいと、そんなことを願いつつ大友はゆっくりと目を閉じた。
     
     
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