嗤い月夜 午前零時。壁にかけられた無機質な時計が盤面をなぞるチクタクという音が響く。
その他には俺と井田の息遣いだけ。時折、こみ上げるぞわりとした快感に耐え、俺は唇を噛む。
「青木、唇切れる」
井田がそう言いながら俺の口を指でこじ開ける。口腔を搔き雑ぜられ、途端に漏れる甘い声に驚いた俺は井田の指にがりっと歯を立てた。
引き残したカーテンの隙間から月明かりが忍び込む。紫の空をオレンジに染める光が井田の横顔を照らし、視線の熱を露わにする。
————井田、お前、そんな目で俺を見てたのか?
「……井田、見んなよ」
甘い蕩けるような視線から逃れようと、俺は顔を背けた。
「明るくて恥ずかしい? カーテン閉めるか?」
井田が俺の頬を手のひらで包みながら囁きを落とすから、俺はかぶりを振る。
————井田、そんな目で俺を見んな。俺が溶ける……。
視線を浴びた肌が熱を帯びる。熱に浮かされて腰が跳ねる。
「……手、、、」
差し出した手に井田の指が絡み、ぎゅっと握られる。
繋がりが疼くたびに爪を立てる俺の手を骨ばった井田の大きな手が受け止める。
赤い爪跡の数だけ溢れる想いと、言葉にできない罪悪感が綯い交ぜになる。
「青木、好きだ……」
繰り返される魔法の言葉に、脳味噌がぐらりとゆがむ。
「ん……、あぁ、井田、いだ、いだぁ……ッ」
どこか遠くで花火が爆ぜる音がした。オレンジの月が嗤う……。 《diminuendo》