カレンダーに書いたハートマーク。その日が近づくにつれ俺は落ち着きをなくして、夜眠る時は起きるのが楽しみで仕方なくなっていた。細かい予定は何も決まっていない。ただ、彼が俺に会いにきてくれる。それだけで今までの人生で一番、未来が明るかった。
約束の日、空港まで迎えに行きたいと言った俺に彼は飛行機の時間を教えてくれなくて、代わりに俺の家の住所を聞いてきた。おまえの家まで一人で行ってみたい、ドアを開けておかえりと言ってくれないか、なんてお願いをされてしまえば大人しく家で待っているしかない。
空港の到着ロビーでぎゅうぎゅうに抱きしめたかったのにな。きっと彼は俺がそうすることを分かってて、人前でそういうことをしたくないから別の案を出したんだろう。俺のことをよく分かっている。
到着は午後だよ、と、教えてくれたのはそれだけで、でも俺は朝の早い時間に起きてしまってドキドキとうるさい心臓と共に午前中を過ごした。普段から綺麗にしているけれどここ数日でうんと丁寧に掃除をした部屋はこれ以上片付けるところもないし、今はごはんが喉を通らないからキッチンに立つ必要もない。一分がめちゃくちゃに長くて、何度も何度も時計を見上げた。
一人じゃこの時間に耐えられなくて、俺はノクティクスのグループチャットを荒らすみたいにメッセージをたくさん送った。移動中の彼はきっと見ていないだろう。まだ起きていたサニーが通話を繋げてくれて、俺の死にそうな声を聞いて楽しそうに笑い、アルバーンとユーゴもメッセージを返してくれた。ゲームでもする？と誘ってくれたけれど今は何も集中できなさそうだ。
午後って一体何時だろう、俺は彼と会って冷静でいられると思う？、次の配信スケジュールを作りたかったのにやっぱりそんな余裕ないよ。俺は溢れる言葉を考えないまま声に出して、サニーは大丈夫だよと優しく言ってくれた。それでもずっと落ち着かなくて熱があるみたいに頭も体も火照ってる。
【もう着くから、いい子に待っていなさい】
きっと俺だけじゃなく、俺の面倒を見てくれているみんなにも伝わるように、そのメッセージは個別ではなくグループへ送られてきた。サニーがすぐに『じゃあ浮奇、楽しんでね』と言って通話を切ってしまい一人きりになる。
もう着くって、もうって、ねえ、それはどれくらい？　すぐ近くに彼がいると思うと今までで一番の緊張が俺を襲う。パソコンを閉じて部屋の中を無意味に歩き回っても何も変わらないと分かっているけれどじっと座っていることはできなかった。
突然、ブーっと無機質なブザー音が部屋に響く。俺は思いっきり驚いて飛び上がった後に玄関を振り返り目を見開いた。来た。
転がるように玄関に向かい、鍵を開ける手が震えていて一度ギュッと手を握る。扉の向こうの気配が動いたから俺は慌てて扉を開けた。
「っ！　びっくりした……。……浮奇？」
「ふ、ふーふー、ちゃん」
「大丈夫か？」
「大丈夫じゃない……」
「……泣きそう？」
「すごく……」
「じゃあその前に部屋に入れてくれ。あ、……浮奇、ただいま」
「……、……心臓が爆発して死んじゃうかもしれない」
「ふ、死なないで？　約束は覚えてるか？　言ってほしい言葉」
「……おかえり、ふーふーちゃん」
本物のふーふーちゃんの笑顔は、これ以上ないと思っていた俺の心臓の動きをもっと早くさせた。顔に熱が集まって視界がぼやける。ふーふーちゃんが笑いながら俺の部屋の中に足を踏み入れて、扉の閉まる音と同時に俺を強く抱きしめた。