朝の散歩を終えて家に着くと、いつもは小屋に戻っていく愛犬がトコトコとまっすぐ家の中に入って行った。向かう場所はきっと寝室だ。そこでまだ眠っているだろう俺の恋人に彼はよく懐いている。警戒心が強い犬種だから慣れるまで時間がかかると思ったのに、浮奇が初めてここに来た日の夜にはもう大人しく頭を撫でられていたのだから驚いた。彼が俺とこの家に慣れるのにどれだけかかったことか。
俺も家の中に入り寝室に向かうと、予想通り彼は浮奇が眠るベッドのすぐ下で丸くなっていた。俺を見て不審者じゃないことを確認してから再度目を瞑る優秀な警備兵だ。飼い主の匂いくらい覚えろ。
浮奇を起こさないようにベッドのふちに座り、スマホでSNSをチェックする。今日も友人たちは元気に活動を楽しんでいるようだ。いくつかのツイートに反応し、タグに投稿されているものも確認しようとしたところで背後の気配が動いた。咄嗟にスマホの電源を消して体を捻ったと同時に、伸びてきた浮奇の手が俺のスマホを奪い取る。
「……おはよう浮奇」
「おはよぉ、ふーふーちゃん……。んん、なにしてたの……?」
「おまえが起きるのを待っていた」
「……おはようのキス」
「残念だがお断りだ」
「は? なんでよ」
「見てるやつがいる」
ベッドの下を示してやると、浮奇は俺に抱きつきながら起き上がってベッドの下でいい子に待っている彼を見つけた。ふわりと表情が緩んで、俺は少し面白くなくなる。
「俺が起きるのを待っていてくれたんだね、グッモーニンベイビ」
「……」
「でもごめんね、俺たちすこし話さなきゃいけないことがあるんだ。外で待っていてくれる?」
浮奇がそう言うと、彼はまるで全て理解したように起き上がって浮奇の手に一度擦り寄り、それから寝室を出て行った。たしかに頭のいい子だけれど、俺が躾けた言葉とは言い方も言葉も全然違うのに、どうして。
「サイキック……」
「ふふ、エスパーは使ってないよ? 俺は動物と相性がいいんだ」
「そうみたいだな」
「でもダメだね、彼らよりなにより、ふーふーちゃんと通じ合いたいのに」
「……十分だろう」
「ううん、足りないよ。ねえふーふーちゃん、俺が好きな顔をしてる。可愛いことを考えているんでしょう、教えて?」
「……」
「じゃあ当ててみせるね? うーんと、お腹が空いた?」
「はずれだ」
「あ、おはようのキスを改めてしたい?」
「それはおまえの考えていることだろう」
「うん。あとでしてね? ええと、それじゃあ、俺があの子に優しいから拗ねてる?」
「……俺の家族を大切にしてくれているんだろう。拗ねたりしない。大人だからな」
「その言い方は拗ねてる子どもだけどね。オーケー、じゃあ他のも当てよう。……俺のベイビーは君だけだよ、ふーふーちゃん」
「……」
「当たりだ? ふふ、もー、かわいい。だいすきだ。どうしてそんなに可愛いの? マイベイビー、おはようのキスじゃ足りないからいっぱいキスをしてもいい?」
浮奇は俺のことを抱きしめたままベッドに寝転がり、頬や鼻に唇を押し付けた。イエスと言うまで唇を避けるつもりだろう。意地が悪い。
「浮奇」
「うん」
「朝ごはんの時間だ」
「えっ。……ふーふーちゃん……」
「……おはようのキスだけ」
「やだ。たりない」
「……」
「お願い」
「……」
「ふぅふぅちゃん……」
その顔で見れば俺がなんでも言うことを聞くと思っているんだろう。そんな甘くないからな。
「……昼に、浮奇の作ったごはんが食べたい」
「うん! もちろん、ふーふーちゃんの好きなものを作るよ、約束する!」
「……あの子のことをベイビーと呼ぶのはやめろ」
「ああ、もう……絶対に呼ばない。本当に可愛い。キスだけじゃ愛し足りない」
普段はゆったりと落ち着いた動きしかしないのに、こういう時はとても男らしく力強い。浮奇はあっという間に俺をベッドに組み敷いて、おはようのキスとは言えない深いキスをした。