腕にくっついて離れない紫に、そろそろ腹が減ったんだがと声をかけつつも悪い気はしなかった。ヤキモチを妬く恋人は可愛い。怒ってどこかに行ってしまうのではなくて、拗ねた顔で俺を独占してくれるのは正直とても気分が良いものだ。
そんな俺の心に気がついているのかいないのか、浮奇はひたすら俺の腕を抱きしめて離れようとしない。片手が塞がっているからゲームをすることはできないし、こんな可愛い浮奇を放っておくことはしないよ。
「浮奇」
「……」
「うーき。うきうきだいすき〜」
「……なぁに」
「お、返事した。機嫌は直ったか?」
「ばぁか」
「ふふ、かわいい」
「……」
おまえが「可愛い」って言われるのが好きなこと、俺が知らないわけないだろう。怒った顔がくずれないようわざとらしくぷくっと膨らむ頬を、空いている手を伸ばしてツンとつついてやる。浮奇はふるふると首を振ってそれから逃げ、俺がしつこく頬を突けば「もう!」と怒って口を開けた。
「ふーふーちゃんしつこい!」
「ああ、ようやく目が合ったな」
「……俺があんたのこと大好きだからって、ほんとずるい……」
「それはこっちのセリフだ。ほら、もう怒るのは終わりにしないか? お腹が空いただろう? 何か頼もう、何が食べたい?」
「……なんで怒んないの」
「怒る? なにに?」
「だって、俺、……くだらないことでこんなに怒って、可愛くないし……」
「……可愛いけど?」
「……」
「涙目も可愛いが、泣かれるのはちょっと困る。泣かないでくれよ? 浮奇が怒る原因が何だとしてもくだらないことなんてないよ。嫌だって気持ちがあったから怒ったんだろう? 浮奇の気持ちを浮奇自信が蔑ろにしてはだめだ。……それで、そろそろ今回の原因を教えてくれないか? 心当たりがないからこれから浮奇を怒らせないようしたくても注意できない」
「……俺のこと甘やかさないで」
「だめだ、甘やかす」
「ばか……」
「そうだよ。知らなかったのか?」
腕だけじゃ足りなくなった浮奇は俺の胸に抱きつき背中に腕を回した。さっきよりも全身で浮奇を感じられてこれも悪くない。今朝起きてからセットされていないふわふわの髪を撫でてやると浮奇はうう〜と唸った。
「俺、すごくヤキモチ妬きなんだ……」
「うん、そうだな?」
「……ふーふーちゃんが、他の人と仲良くしてるの、やだって思っちゃう」
「うん」
「めんどくさいでしょう、こんなヤツ」
「うーん、……べつに、思わないかな」
「思うよ、みんな思うもん」
「みんなって? そのみんなに俺は含まれてないよ。浮奇、顔を上げて、俺を見ろ」
顔を上げさせたら浮奇は涙でぐしゃぐしゃの顔をしていて、あまりにも可愛くて笑ってしまった俺に浮奇は睨みを利かせた。怒ってしまう前にキスを送り動きを制止する。
「俺は浮奇が好きだから、浮奇がヤキモチを妬いても怒らないし嫌わない。他の誰かが言うことや浮奇が一人で考えたことじゃなくて、俺の言うことを信じろ。できるか?」
「……そんなこと言っても、嫌になっちゃう時が来るよ」
「じゃあ浮奇がずっと俺のことをメロメロにさせてくれ。得意だろう?」
「そんなのできない……」
「できるよ。試しに、いつもみたいに笑ってごらん」
「今、可愛くないから」
「じゃあ泣き止まないと。泣き止んで、笑って、そうしたら俺はいつでもおまえにメロメロだよ」
「……そうなの?」
「俺がお世辞で可愛いなんて言うタイプじゃないこと、お前が一番分かってるだろ」
「……俺、可愛い?」
「泣いてるところも可愛いのを今日知った。でもやっぱり笑ってるとこが好きかな」
「泣き止む、泣き止むから、待って」
「いくらでも待つよ。今日は一日二人きりだ」
ずっと一人でいたから人のために時間を使うのなんて煩わしいと思っていたのに、浮奇と出会ってから考えはすっかり変わってしまった。もう何十年も生きてきて、いまさら自分が変わるなんて思いもしなかったんだ。俺をこんなふうにしたくせに逃げるなんて許さないからな。きっと浮奇より、俺のほうがたちが悪い。