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    おもち

    気が向いた時に書いたり書かなかったり。更新少なめです。かぷごとにまとめてるだけのぷらいべったー→https://privatter.net/u/mckpog

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    おもち

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    PsyBorg。好き勝手書いてるのでなんでもいい方向けです🙆‍♂️

    #PsyBorg

    逃げ出したところで向かう場所なんてないのは分かっていた。けれどもう少しもあの場所にいたくなくて、足が勝手に走り出していた。追いかけてくる大人の怒鳴り声への恐怖を力にして道をめちゃくちゃに走り回る。そもそも自分がどこにいたのか分からないのだからどっちに進めばいいなんて、正解は一ミリも知らなかった。ただ追いかけてくる人から逃げ切れればそれで良い。
    迷い込んだ路地裏は真っ暗で、このまま進むべきか悩んだ一瞬に誰のものとも分からない足音が後ろから聞こえ、俺は咄嗟に目の前の鍵が壊れた非常階段に上った。音を立てないように静かに階段を上り、踊り場に置いてあった大きな箱の影に身を隠す。どうかバレませんように。呼吸を止めてもバクバクとうるさい心臓の音が聞こえてしまいそうで、静かにしてよって自分に向かって思った。
    どのくらいそうしていただろう。何人が俺のことを探しているのかも見当がつかないし、いつまで探し続けるかも分からない。今さら逃げ出したことを後悔したってどうしようもないことだけは分かった。俺はもう一生アイツらから逃げ続けなきゃいけないんだ。
    ガチャッと、唐突に音が響いて、俺は反射的に体を縮こませた。目をつむって頭を両手で覆う。注意してみなければこの暗闇の中で俺の姿は見つからないはずだ。再び息を止めて自分の存在を殺していたのに、くうっと、バカなお腹が空腹を訴えて鳴き声を上げた。開いた扉から出てきた足音がその場で立ち止まる。ああ、もう、終わった。
    「……誰かいるのか?」
    低く落ち着いた声は聞き覚えがないものだった。少なくともあそこで俺と関わったことのある人ではない。関係者かそうでないかの見極めはどうすればいいんだろう。
    返事をしないまま思考していれば、その人が「迷子か?」と呟いた。今まで聞いたことのある誰よりも優しく聞こえるその声に、緊張していた体が弛緩する。久しぶりに出した声は情けなく震えていた。
    「お……俺のことを、殺しますか」
    「は? ……迷子じゃないのか? 面倒ごとなら勘弁だぞ」
    「……迷子、です。帰り方が分からないし、……おなかがすいた……」
    再びくうっと鳴ったお腹に、その人はクッと喉を鳴らすように笑って俺の前にしゃがみ込んだようだった。どうやらただの通りがかりの人のようだ。俺はようやく顔を上げ、扉の内側から溢れ出る光の中で笑うその人を見た。
    「……おにいさん、サイボーグなの?」
    「ああ。おまえはただの人間みたいだな。健康体とは言えないようだが」
    「えっと、……いろいろ、ややこしくて」
    「オーケー、話は中で聞こう。立てるか?」
    「中?」
    「バーをやってるんだ。客もいないし今日は閉店にすることにした。酒のつまみのお菓子ならいくつかあるからとりあえずそれでも食え。料理はできないんだ、少し時間はかかるけどデリバリーでも頼むか」
    「……どうして」
    「うん?」
    「どうして、俺なんかに優しくするの?」
    「……目の前でこどもに死なれたら目覚めが悪いだろ? それだけだよ」
    「……ごめんなさい」
    「こういう時はありがとうって言うんだ」
    「……ありがとう」
    「ん。いらっしゃい、小さなお客さま」
    久しぶりに立ち上がってフラついた俺をその人はしっかりと支えてくれて、見上げた顔は優しく笑っていた。この人が絶対にあの場所と関係がないんだと、直感がそう告げる。
    「……うき、ゔぃおれた」
    「うん?」
    「俺の名前、浮奇・ヴィオレタです」
    「……俺はファルガー・オーヴィド。よろしく、浮奇」
    「ふあ、ふぁる、がー……」
    「舌足らず」
    くすっと笑われて思わず頬を膨らます。自分の名前だって本当は言いづらいんだ。話す機会なんてあまりなかったし、きっと俺は同い年の子達よりずっとできることが少ない。
    「ふーちゃんでいいよ。それなら言えるか?」
    「……ふーちゃん?」
    「そう。俺の愛称だ。浮奇は……浮奇でいいよな。綺麗な良い名前だな」
    「……名前が、きれい?」
    「言われたことないか?」
    「……」
    「まあいいか。オレンジジュースは飲める? ココアも作ろうと思えばあるけど、めんどくさい」
    「……オレンジジュース、飲めます」
    「了解」
    案内された座り心地の良い柔らかいソファー席に腰を下ろし、俺はふーちゃんがカウンターの中で作業する姿をじっと見つめた。グラスに触れるのは俺とは違う機械の手なのに、音ひとつ鳴ることなくとても丁寧に扱っているのが分かる。
    オレンジ色の液体を二つのグラスに注ぎ、片方にはそれに加えて綺麗な瓶から透明な液体を注いでいた。二つのグラスを持って、ふーちゃんはカウンターから出て俺の前に座る。
    「はい、どうぞ」
    「……ありがとうございます。そっちは何を入れたの?」
    「お酒だよ。俺は大人だからな。……浮奇、未成年だよな?」
    「はい」
    「親は? 迷子って、家出じゃなくて?」
    「……親、は……いないです。……ごめんなさい、俺、嘘をつきました」
    「嘘?」
    「迷子じゃないです。あ、いや、たしかにここがどこかは分からないんですけど、……施設から、逃げてきて」
    「……施設」
    「迷惑はかけません。これを飲んだら……どこか、他のところに行きます」
    「……ここがどこだか分からないと言ったな。他のところとかいうのに当てはあるのか」
    「……」
    無言で俯いた俺に、彼はお酒を飲んでからため息を吐いた。無意識のうちにビクッと体が震える。怒られて、殴られたとしても、きっとあそこよりはマシだと思えば覚悟はできた。グッと歯を食いしばって顔を上げる。だけどそこには予想していた怒った顔はなくて、ふーちゃんは眉間に皺を寄せすこし困ったような表情で俺のことを見ていた。
    「……あ、の」
    「……今日、眠るところはあるのか」
    「……」
    「答えにくいことは答えたくないと言え。それ以外、明確な答えを持っていて答えられることはきちんと答えろ。いいな?」
    「……はい」
    「眠るところは」
    「ない、です」
    「お金もなくて、見たところ身分を証明するものもないだろう。この先どうやって生きていくつもりだ」
    「……分からない。どこかで働かせてもらうとか、できることをやるしかないです。もうあそこには戻りたくないし、施設の人に見つかるわけにもいかない。……どうするかは、これから考えます」
    「……浮奇・ヴィオレタ」
    「……はい?」
    「おまえに寝床と職を与える。これから何をしたいかは落ち着いてからゆっくり考えればいい」
    「は……え? ど、どういうこと?」
    「俺の家に来い。部屋は余ってるから別に困らない。未成年だけど酒をサーブすることくらいできるだろう。もともとサイボーグがやってるアングラな店だから公的なヤツらが来ることもない。たとえおまえが犯罪者だとしてもバレる心配はないってわけだ」
    「……法律は犯してない」
    「なら警察の厄介にはならずに済みそうだな。おまえのことを追いかけているってヤツらも、こんなところには訪ねて来ないだろう。もしもの時はすっとぼけさせてもらうけどな」
    「……本気で言ってるんですか」
    「冗談は苦手だ。まあ、どうしたいかはおまえが決めろ。あくまで俺のできる提案をしただけだ。おまえがコソコソ逃げ回るほうが向いているならそうすればいい」
    「……あなたは関係ないのに」
    「オレンジジュースを酌み交わした仲だろう?」
    冗談は苦手だと言った口でそんなことを言い、ふーちゃんは持ち上げたグラスを傾けてそれを飲み干した。俺の知らないお酒の味を知っている、サイボーグの大人。あまりにも俺にメリットしかない提案は俺には不気味に思えた。でも、初めて会った俺に優しくしてくれて、ありがとうという言葉を教えてくれたこの人が、悪い人には思えない。
    俺もふーちゃんと同じようにグラスを持ち上げ、残っていたオレンジジュースを飲み干す。ふーちゃんがピューと口笛を吹いた。
    「俺、料理ができます。デリバリーなんかしなくてもごはんは俺が作る。お酒の作り方も覚えます。迷惑はできるだけかけないようにするので、よろしくお願いします」
    「よし。それならまずは、敬語をやめろ。同じ家で暮らすんだ、変な遠慮はいらない。店のことは明日以降教える。まずは家に帰って、家の案内をする。いいな?」
    「はい、……じゃなくて、うん? で、いいの?」
    「それでいい。そのうち慣れるだろ。バイクに二人乗りしたことはあるか?」
    「ないよ……ふーちゃん、バイクに乗るの?」
    「ああ。おまえのサイズ感なら抱き抱えてもいけるかな。後ろはその細っこい腕で掴まってられるか不安だし」
    「二人乗りってどうやるの……?」
    「大丈夫、全部ちゃんと教えてやるからそんな不安そうな顔をするな」
    ぐしゃっと俺の髪をふーちゃんが撫でた。こんなふうにされるの、いつぶりだろう。ぐしゃぐしゃになった髪を見てふーちゃんが笑って、俺は初めて見る大人の人の笑った顔に驚いた。大人って、笑わないんだと思ってた……。
    「浮奇?」
    「……ふーちゃん」
    「ああ。どうかしたか?」
    「……ふーちゃんは、ちょっと変な人? それとも普通の大人はみんなふーちゃんみたいなの?」
    「……どうだろうな? 俺はサイボーグだし」
    「ああ、そっか……サイボーグの大人ははじめて見るから……というか俺、本物のサイボーグ見るの初めてかも。あとで腕を触らせてくれる?」
    「気が向いたらな。ほら、もう行くぞ。……あれ」
    「うん?」
    「浮奇、瞳の色が違うんだな」
    「あ、……へ、変だよね……」
    「変? 綺麗だと思ったよ。浮奇に似合ってるな」
    「……やっぱりふーちゃんは変な人だ」
    「ふは、そうかもな?」
    ふーちゃんの名前、もう一度ちゃんと呼びたかったのに難しくて忘れてしまった。もう一回教えてって言ったら馬鹿だと思われるかな。きっとこの人はそんなふうに思わないことを、俺は確信していた。


    「ふーふーちゃん、明日は何の日でしょう?」
    「しつこい」
    「えへへ、だって嬉しいんだもん。ようやくふーふーちゃんとお酒が飲めるようになるね?」
    「はいはい、それももう何回も聞いた。まあ、よくこの環境で今まで飲まずにいたよな」
    「ふーふーちゃんを犯罪者にはしたくないからね。でもようやく我慢も終わりだ」
    「ああ、我慢はしてたのか?」
    「してたよ! ふーふーちゃんいっつも一人で楽しそうに酔っ払ってるんだもん! 俺がどれだけ酔ったふーふーちゃんのお世話したか分かってる?」
    「あーそんなこともあったような、なかったような」
    「いっぱいあったんだよ。でも明日は俺もぐだぐだに酔っ払ってやるから、二人で一緒に床に転がろうね」
    「初日から酔っ払うまで飲もうとするな。浮奇、酒癖悪そうだなぁ……」
    「ふふ、イヤ?」
    「……楽しみだよ。最初の一杯は特別うまいの作ってやる」
    「わお! 本当に!?」
    「もし飲みたいものがあれば材料を用意するけど、何かあるか?」
    「うーんと、ふーふーちゃんがいつも飲んでるやつ飲んでみたい。美味しそうに飲んでるからずっと飲んでみたかったんだ」
    「たぶんおまえには苦いよ」
    「一口飲んでダメだったらふーふーちゃんにあげる」
    「ふ、はいはい、じゃあ明日色々試してみるか。おまえより先に俺が潰れるかもしれないけど」
    「そんなに好き嫌いしないもん」
    「気にいるやつがあるといいな」
    「うん!」
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