「日曜日って予定ある?」
「日曜? 特にないよ。どっか出かけるか?」
「んー、ていうか、うちこないかなぁって」
「……浮奇の家?」
「うん。誕生日なんだよね、その日」
「……は?」
誕生日? 飲み込めなかった言葉を繰り返すと、浮奇は困ったような顔で笑って「だめかな?」と首を傾げた。
金曜の授業終わり、いつもならすぐに家に帰って休みを満喫するところだが、今日はホームルームが終わってもそのまま席に座っていた。トコトコと近づいてきた人を見上げ、ようやく鞄を手に持つ。
「荷物多くなっちゃったよね、ごめんね?」
「そんなに重くないから大丈夫だ。それよりもう一度確認するけど、三連休、三日間も浮奇の家に泊まって平気なんだな?」
「うん。ちゃんと家族にも許可もらいました〜。ていうかね、俺が家に友達……まあ友達じゃないんだけど、学校の人とか連れてくの初めてなんだよね。だから母さんとか大喜び。何日でも泊まっていいって言ってるよ、うちの子になる?」
「迷惑に思われてないようなら良かった」
「あは、スルーされた」
浮奇は知り合いが多く、色々な人と仲良くしている姿をよく見る。けれどそのどれも家に呼ぶには至らないだろうというのは、浮奇のことを知っていれば予想ができることだ。思わせぶりなことを言って、言われて、軽やかな会話のやりとりを楽しんでいるのに、そこから先へは踏み込ませない。明らかに遊びだと分かる人だけと気楽に遊び、浮奇の心を求めるヤツには近づきもしない。
ボーダーを超えたのは、俺が初めてなのだろうか。
「映画もゲームも色々あるんだ、三日間たっぷり俺に付き合ってね?」
「分かってるよ、誕生日様」
「えへへ、ふーふーちゃんにワガママを聞いてもらえるなんて、誕生日のこと大好きになりそう」
「浮奇はもともと誕生日を祝うのは好きなタイプだろう?」
「ふーふーちゃんと比べたらみんなそうだよ」
「俺のことは放っておけ」
「分かってるって。でも、うん、俺は結構自分の誕生日が楽しみなタイプかも? みんなに生まれてきたことを祝福されるなんて、形だけでも嬉しいよ」
「みんな本心から祝ってるだろ。道、こっちで合ってるか?」
「うん。そこの角を左」
話しながら歩いていればあっという間に浮奇の家に着いてしまった。相変わらず浮奇といると時間が倍速で進んでいくから驚く。玄関ドアを開けた浮奇に続いて家に入り、家の中の様子を伺った。
「今は誰もいないよ。母さんも帰り遅いから夜ごはんはデリバリーを頼むか何か買いに行くのがいいかも。食べたいものある?」
「……浮奇の作ったごはん」
「え。……俺、料理できるって言ったことある?」
「調理実習で手際が良かったってサニーが誉めてた」
「サニー……。まあ、うん、できないことはないよ。本当に俺のごはんでいいならなんか作る」
「ぜひ」
先に荷物を置こうと案内された浮奇の部屋はきちんと整っていて、だけど随所に浮奇らしさを感じる小物があって可愛らしかった。あと、当たり前だけど浮奇の匂いでいっぱいだ。三日間、ここか。
「ふーふーちゃん?」
「……うん? どうした?」
「疲れちゃった? 時間はあるし、ちょっとのんびりしよっか。ぎゅーってする?」
「浮奇がしたいだけだろ」
「ふーふーちゃんはしたくないの?」
「……来い」
「えへへ」
抱きしめたら余計に頭の中が浮奇でいっぱいになって、それ以外のことを一ミリも考えられそうになかった。自分の誕生日を直前にしか言い出せない甘え下手をもっと可愛がってやりたいな。ハグもキスも俺に理由を押し付けていい、二人でいる時ならなんだってしていいんだ。浮奇が行動するのを待たずに俺が自分から動けたならもっといいんだろうけど、慣れていなくてタイミングが難しい。本当はいま、キスをしたい。
俺の考えていることが分かっているみたいなタイミングで顔を上げた浮奇は、楽しそうに弧を描く唇を俺に差し出すように顎を上げて見せた。甘え下手なくせに、甘やかし上手なんだ。唇を重ねてから、悔しさで思わず舌打ちをする。
「何も言ってないのに……」
「ふへへ、だってふーふーちゃんだもん、なんでも分かっちゃうよ」
「俺も浮奇のことがなんでも分かればいいんだが」
「誰よりも分かってくれてるでしょ」
「どうかな。俺がしたいことをしているだけだよ」
「それでいいんだよ。俺はふーふーちゃんが大好きで、ふーふーちゃんが俺にしてくれること全部嬉しいもん。ふーふーちゃんもしたいことならウィンウィンだね」
「……浮奇も、したい時にしたいことをしていいんだからな」
「うーん、例えば今、キスし足りないからしてもいい?」
「もちろん」
とりあえずこの三日間、浮奇の動向をいつも以上に気にしてみよう。自分の家でリラックスしている状態なら普段隠してしまう本音が溢れやすいかもしれない。せめてキスのタイミングくらい俺にも分からせてくれよ。