「ふーちゃんは優しすぎるよね」
「……おまえが言うのか?」
「ええ? 僕は別に優しくなんてないでしょう」
「百人に聞いたら百人が優しいって答える」
「あはは、大袈裟だよ。軽く見積もって九十人くらいじゃない?」
「ふ。軽く見積もるなら二十人くらいじゃないか?」
「んへへ」
お互い適度に気を許していて、好きも嫌いもなんとなく分かっているから相手の地雷をわざわざ踏むこともない。深く考えずに話をするのにちょうどいい相手が先輩である闇ノシュウだった。
スケジュールを確認しながら配信準備の作業をするのに付き合ってもらい、シュウはシュウで何かしらの作業をしている。カチャカチャと聞こえるタイピング音は聴き慣れたものより少し早く、通話相手を間違わずにいられる目印だった。
「で、誘いはうまくいったのか?」
「んんー、まあ、そうだね。とりあえず一緒にゲームできることは決まった」
「歯切れが悪いな」
「……だってさぁ」
「ふふ、好きなだけ愚痴をどうぞ?」
「愚痴じゃないよ。全然、愚痴じゃないんだけどね」
「何か気に入らないことがあるんだろう」
その拗ねた声音は、シュウが好きな相手のことを話す時にだけよく出てくるもので、ここ最近の通話では毎回のようにその話題になっていた。俺が相談相手にちょうどいいのは自分がシュウだとしたらと仮定して考えてみても理解できることだ。
「一緒にゲームしようって誘ったら、「配信?もちろん!いつの予定?」って……僕はただ、ルカと一緒にゲームがしたいだけなんだ。だけどルカは配信じゃないと僕とは一緒にゲームしないってことだろう?」
「そうは言ってないだろ。それにおまえは自分の考えをちゃんと伝えたのか? 配信じゃなく、ルカと一緒にゲームがしたいだけだと」
「……」
「言わないと伝わらないことは思っているより多い。メッセージや通話だけで、直接顔を見てコミュニケーションを取ることが難しいんだから、なおさら」
「……でもふーちゃんは浮奇と以心伝心っぽい」
「こっちはこっちのやり方がある」
「具体的に。教えて」
「……」
「今日の僕は本当に困ってるんだ」
「……はぁ」
キーボードに触れていた手を離しため息を溢すと、向こうの打鍵音もぴたりと止んだ。無言の圧の中に感じる野次馬根性を相手してやる義理はないが、今日のシュウがいつもより元気がないのは事実だ。好きな相手にうまくアプローチできないなんて可愛い子に少しくらい俺と恋人との話を聞かせてやるのも悪くない。
「配信以外で、ゲームだけじゃなく今日俺としてるみたいに作業通話をしたりすることは?」
「……ほとんどないね」
「仲間で、良い友人だろう。まずは積極的に一緒の時間を作るべきだ」
「分かってる、けど、……時差がなぁ」
「ああ……それは、そうだな。おまえたちの場合それも大きな問題か」
「まあ僕がめちゃくちゃな生活サイクルしてるから合わないこともないんだけどね。ルカ、いい子でしょう? シュウのとこはもう夜遅いよなって、まだこっちが零時を過ぎてすこしなのに言ってくるんだよ。まだ、零時なのに!」
「ふ、はは!」
「笑い事じゃないって。そんなこと言われたら大人しくゲームを終えるしかないだろう。でもいつもそんな時間に寝ないから結局その後も一人でゲームしたり、SNSを見たり……ああ、やっぱり愚痴みたいになっちゃった……ごめん……」
「いいよ、口に出せば少しは気が晴れるだろ」
「……それで、ふーちゃんは浮奇と毎日たくさん一緒にいるからお互いのことが分かるって?」
「いいや、全然」
「……嘘はつかないでよ」
「ついてない。俺は浮奇のことが全然分からないよ。分からないからできるだけ浮奇に声をかけて、浮奇の言葉を聞くようにしているんだ」
「……なる、ほど?」
「それに浮奇は人より構ってほしがりだからな。俺が気にかけてるって分かりやすく示すと喜ぶから」
「……ふーん」
「自分から聞いたくせに拗ねるな」
「らぶらぶでいいなぁと思っただけでーす」
シュウはわざわざディスコードのチャットで怒ってる顔文字を送ってきて、俺が「おい」と言うといつもの笑い声をあげた。お返しにツイッターで見かけて保存してあったシュウとルカがくっついて笑っているイラストを送ってやれば「うわあ!」と驚いたあと、クスクス笑いながら「なんで保存してるの?」と聞いてくる。
「腐男子として、とても好みのカップリングだ」
「あはは、そうなんだ? ふふ、このイラスト可愛いね」
「そうだろう。ぜひ実際にこうしているおまえたちを見たい。俺の趣味のために頑張ってくれ」
「ふーちゃんの趣味のために頑張らないとなぁ!」
わざとらしい声音に笑い声を返し、作業を再開する。シュウはそれ以上俺と浮奇とのことを聞き出そうとしたりはせず、適当な話題を振っては作業に飽きないよう気を紛らわせた。
この距離感の取り方が心地良くて好きだ。冗談で誤魔化したけれど、本当におまえのことを聞けば百人が優しいと答えると思っている。本人は無意識でやっているんだろうから自覚するのは難しいだろうけれど、シュウの隣にいて居心地が悪いと感じる人間なんてほとんどいないんじゃないか。人見知りをしがちな子たちもシュウにはよく懐いてる。
「好意を恋に持っていくのは難しいのかな……」
「ん? ふーちゃん、何か言った?」
「……小説の内容を考えていた」
「ああ、書いてるやつ? あれ面白くて一気に読んじゃったよ」
「読んだのか、ありがとう。……シュウは、ルカと付き合いたいんだよな?」
「おっと、話が戻ったね。うーん、どうかな。すくなくとも、僕はルカの特別になりたい」
「キスしたりは?」
「……腐男子としての興味で聞いてる?」
「半分は」
「正直者め。……キス、ね。想像つかないけど、それをもらえるのがルカの特別な人だけなら、欲しいのかもしれない」
「……ありがとう」
「ふふ、なんのお礼?」
「色々な意味で」
「もう〜。んはは、ちょっと照れた。ふーちゃんも何か惚気くださーい」
「この後浮奇と約束がある」
「ちょっと、僕のこと約束までの時間潰しに使ったね?」
「利害の一致だろう」
「そうかな? んー……よし、じゃあ僕もルカに連絡してみよ。この時間なら起きてるだろうし」
「お、いいぞ、その調子だ。結果の報告を楽しみにしてる」
「あんまり期待しないでね」
「大丈夫、きっとうまくいくよ」
「どうかな」
紫色のヤツらは悲観的過ぎる。それが自分の心を守る防衛本能なのだろうと分かるけれど。大丈夫だ、と、そう声に出せば本当に大丈夫になることだってある。自分の心持ち次第で変わることならば余計にそうだ。誘う時から断られることなんて考えてちゃ、その気持ちは声に乗ってしまう。
「いつでも話を聞くよ。当たって砕けろで頑張れ」
「砕けたくないよ〜」
「オーケー、ぶつかりにいってハグしてもらう気持ちで」
「ん、はは、いいね。じゃあちょっとハグしてもらってくる。ふーちゃんも、楽しんで」
「ありがとう。それじゃあまた今度」
「ばいばーい」
ルカもシュウのことを好いているとは思うけれど、それがどういう好意かは想像がつかない。そもそもルカがビックリ箱のようなものだ、中身の予想がつかなすぎる。
大変な男に惚れてしまったな、と、他人事のように考えたけれど俺の恋人だって面倒さだったら負けないかな。本人に言ったら怒られそうなことを考えて、無意識で口角が上がっていることに気がつく。
浮奇が俺の好意に応えてくれたように、シュウも良い結果を得ることができるよう願ってる。腐男子としての趣味じゃなく、友人として、本当に。