ギラギラと看板や街灯が眩しい通りを見て回っていくつか土産の品を入手したあと、俺は浮奇の顔色を見て細く薄暗い横道に連れ込んだ。パッと顔を上げ、不思議そうに首を傾げる浮奇の頬に手のひらを添える。
「何か言いたいことは?」
「……特に、なにも?」
「そうか? 俺の勘違いではないと思うんだけど」
「なにが?」
「人酔いしただろう。気分があまり良くないんじゃないか」
「……、どんだけ俺のこと見てるんだよ」
「当たり前だろ、おまえと二人で来ているんだから。ホテルに帰ろう。買い物なんてどこでもできる」
「やだ、もっとデートしたい」
「俺はここじゃ手も繋いでやらないよ」
「……ずるい」
「体調不良を隠していたおまえとどっちが狡い?」
ぷくっと頬を膨らませて見せる余裕があるならまだ大丈夫か。ふにっと頬をつまむと浮奇は悔しそうに目を細めた。
「……夜、夜景を見に行く予定はナシにしたくない。ふーふーちゃんともっと思い出が欲しい」
「分かった。じゃあ今はいい子にできるな?」
「うん。あと、部屋に戻ったらキスをして」
「好きなだけどーぞ」
すぐに背伸びをしようとした浮奇の額をパシッと叩いて動きを制止する。部屋に戻ったらっておまえが言ったんだろうが。
人の少ない道を選んでホテルへと帰った。せっかくならと良いホテルを取ったからここからの景色だって悪いものではないけれど、浮奇が行きたいと言っているのは香港で最も有名な夜景が見れる場所だ。望むことはできる限りさせてやりたい。浮奇のためだけじゃなくて、楽しんでる浮奇を見るのが俺は好きだから。
部屋に入った途端俺の首に腕を回してキスをねだる浮奇の尻を抱き上げて部屋の奥へ。大きなベッドへ放り投げると浮奇は「優しくしてよ」と楽しそうに笑い、俺の腕を引っ張って噛み付くようにキスをした。彼が満足するまでそれに応え、浮奇の息が上がってきてからさらに俺が満足するまで付き合わせた。ベッドの上、赤い顔で息を荒げる浮奇はあまりに目の毒だ。
「飲み物を買ってくるから寝とけ。他に何か欲しいものは?」
「ふーふーちゃん……」
「どこに売ってるかな。探すのに時間がかかるかもしれない」
「じゃあやっぱりいい」
「いらないのか?」
「……なんなの、いるに決まってるでしょイジワル」
「ふ。すぐ帰ってくる」
拗ねた顔が可愛くて好きだと言ったらもっと拗ねた顔をしてくれるかな。ふわふわの髪を優しく撫でて部屋を出た後、駆け足で売店へ向かった。
浮奇が旅行中気に入って何度か飲んでいたお茶と俺の水、それからいくつかの酒とつまみを買って部屋に戻った。浮奇はベッドの上で横になったまま腕で目元を覆っていたけれど、俺が近づくとそれをどかしてふわりと笑った。すこしは顔色が良くなっている気がする。
「おかえり」
「……ただいま。お茶、これで良かったか? 水も買ったけど」
「ん、ありがとう、これで大丈夫。もう一個も今すぐ欲しい」
「もう一個?」
「ふーふーちゃん」
「……体調は?」
「悪そうに見える?」
「おまえは隠すのがうまい」
「そんなことないよ、ふーふーちゃんには全部バレちゃうみたい。手を貸して? 熱もないし、静かなところで休んで頭痛もなくなった。なによりふーふーちゃんが一緒にいてくれるんだもん、最高の気分だよ」
「……」
手のひらで触れた浮奇の体は確かに体温が高すぎることもないし、呼吸も心音も落ち着いている。ジッと見つめると浮奇はふにゃっと表情をゆるめ、俺の頭を引き寄せて甘えるように頬にキスをした。
まあ、本人が大丈夫って言ってるなら、いいか。浮奇の誘惑にどんどん弱くなっている自覚はある。いや、誘惑だけじゃなくて、俺は浮奇自体に弱くなっている。
「ふーふーちゃん?」
「うん?」
「何を考えてるの? 俺のことを見てよ」
「……おまえのことしか見えてないよ」
「ほんと?」
「ああ、本当に」
周りの目がないとうまく自制心が働いてくれない。0か100かしかないロボットみたいだ。心は人間のはずなのにな。
「何時にここを出るんだっけ」
「うんとね、……あと二時間はあるかな?」
「オーケー、余裕だな」
「ふふ、余裕? 俺は足りないと思うけど」
「……加減をしてくれ」
「俺だけのせいじゃないもん」
可愛こぶって微笑む浮奇の手を頭の上でまとめて掴み上げる。余裕のある表情にだんだんと混ざっていく興奮の色が好きだ。浮奇の全てを見逃したくなくて、俯瞰するように上から見下ろし片手を服の中へ潜らせた。きっとキスをしたいんだろう、むにむにと唇を動かして物足りない顔をしているキス魔には悪いが、もう少し我慢だ。おまえの余裕を崩してやりたいから。
「ふーふーちゃん」
「ああ」
「んん、ねえ、キスは……? 俺も、触りたい、……ぁんっ」
「もうすこし」
「いじわる……!」
「ふ、こら、暴れるな」
足をバタつかせる暴れ馬に思わず笑いが溢れる。睨み上げてくる瞳に興奮して思わず背中を屈めてしまった。ああ、もうすこし焦れさせたかったのに、俺が耐えられなかったな。キスをしながら浮奇の肌を撫で、解放した浮奇の両手も俺に触れてくれる。
たしかに、二時間じゃ余裕はないかもしれない。もうすでに時計を見ることすらできないんだから。