朝、俺のことをぎゅうっと抱きしめて寝ている恋人の腕から抜け出すのが、お泊まりをした日の一番の大仕事だ。俺より大きな体で包み込むように抱きしめてくれるのは大好きだけれど、彼が起きるより先に準備を済ませたい俺にとっては障害物でもある。片腕を持ち上げてみてももう片方の腕がしっかり背中を抱きしめていて簡単には動けない。俺のこと抱き枕だと思ってる?ってくらいのキツめの抱擁は、もちろん朝以外なら大歓迎なんだけどね。
なんとか彼の腕の中から抜け出した俺は急いで洗面所に向かい顔を洗った。本当は朝用の顔パックもしたかったけれど、今日はいつもより脱出に手間取って時間が足りないから省略しよう。前髪クリップで髪を止めて手早くスキンケアを終わらせたあとにメイクに取り掛かった。
自分の家ではなく彼の家だからすべての化粧品が揃ってるわけではない。でも今日は、昨日のデートで買ったばかりの新しいアイシャドウを使える。お気に入りのブランドから出た新作は可愛い色合いがとても好みで、店頭で実物を見て興奮していた俺に、彼は化粧にあまり興味がないはずなのに「可愛いね」と言って嫌な顔ひとつせず買い物に付き合ってくれて、そんなデートの思い出込みですでにとってもお気に入りの一品だ。ウキウキしながら瞼に色を乗せ、鏡の中の自分を彩っていく。
「やっぱり超可愛い……」
初めて使う色なのにグラデーションもめちゃくちゃうまくできた。今日の俺、調子いいかも。上機嫌にまつ毛を上げてマスカラを塗れば完璧な目元が出来上がっていく。うまくいかない時はメイクが終わってから納得いかずに全部落としてやり直すこともあるけれど、今日は一発で可愛くできた。新しい化粧品のおかげかな? 顔を完成させてから髪も軽くセットして、時計を見ればそろそろ彼が起きてくる時間。タイミングもバッチリだ。
寝室に戻って布団の中に入ると、まだ眠っている彼が俺のことを抱き寄せた。嬉しくてこっそり笑っていたら、「んん……」と寝惚けた声が聞こえて来る。顔を見るためにすこしだけ彼の胸を押し返すとそれを阻止するように背中を強く抱き締められた。
「あ、スハ起きた?」
「……まだねてる」
「ふふ、それじゃあおはようのキスはまだかな?」
「する! ……あー、起きちゃった、まだ寝てたかったのに」
「おはようのキスをしてから二度寝しちゃおうよ」
「なにそれ、最高のアイデアじゃん」
俺の肩を優しく掴んで離し顔を見合わせたスハは一瞬キョトンと気の抜けた顔をして、それからとろけるような笑みを浮かべた。なぁに?と視線で問い掛ければ返事より先にちゅっと可愛く唇を吸われる。「おはようのキス〜」と言いながらスハは何度か戯れるようにキスを繰り返した。
「ん、ふふ、ねぇ、今日すっごく機嫌がいいね?」
「浮奇が泊まりにきてくれる日に機嫌が悪かったことある?」
「……ない、かも?」
「あるわけないでしょ、大好きな人が一番近くにいるんだよ」
「……えへへ」
「かわいい。浮奇、夜も特別可愛かったけど、朝もやっぱりすっごく可愛い。ずーっとかわいいよ……だいすき、ありがと」
「ん、ふふ、なんでありがとう?」
「いつでも可愛い恋人に感謝しない男なんていないよ」
メイクをしながら自分でも可愛くできたって思うけれど、恋人から言われる「かわいい」って言葉には自分で言う何十倍ものパワーがある。幸せで心臓がときめいて、ハグのおかげだけじゃなく体がぽかぽか温まっていく。おはようのキスじゃ足りなくなって俺からもキスを仕掛けたら、塗ったばかりのリップがスハの唇の色を濃くしてしまった。
「浮奇、朝ごはん何が食べたい? ねぼすけだったからお詫びに私が作るよ」
「んー、どうしようかな。スハの得意料理は?」
「なんでもできます、えっへん」
「あはは、ほんとかな? あ、でも、そうだ、二度寝するんじゃなかった?」
「ああ、そういえば。でもなぁ、今日の浮奇は昨日より可愛いから、寝ちゃうのもったいないなぁ」
「……スハ」
「うん?」
「もういっかい、きす」
「ふふ、うん? 浮奇からしていいよ?」
「スハにしてほしいの、だめ?」
「……ダメじゃない」
昨日より可愛くなれてるとしたら、それはスハのおかげだよ。大好きな人に可愛いって言ってもらえたら、本当に可愛くなれるんだから。
せっかくだから二度寝をしてから、ねぼすけ二人で一緒に朝ごはんを作るのはどうかな。眠らなくても見られる夢をたっぷり見たら、俺はもっと可愛くなれるかも。