ベッドをのろのろと抜け出して、電気をつけないまま床に落ちていたTシャツとスウェットパンツを身につけた。静かに部屋を出て扉を閉めてから大きく欠伸をする。
リビングに行くとそこにはサニーがいて、彼は目を擦っている俺を見て優しく笑った。
「浮奇、おはよう」
「サニー……おはよ……」
「あはは、まだ眠そうだ。朝ごはんは何か食べる?」
「シリアル……」
「用意してあげるから顔を洗ってきたら? ここ寝癖がすご、……あ」
「ん……? なぁに?」
「えーっと、……鏡、見たほうがいいかも?」
「……? オーケー……?」
俺の髪を撫でて何かに気がついたサニーに背中を押され、俺は洗面所に向かった。鏡の中の自分を見てすこし笑う。うん、たしかに今日は寝癖がすごいかも、……あ。
「あ、浮奇がいた。おはよー、次僕も使うから早めでよろしく」
「アルバーン……おはよう……」
「なんで変な顔してんの?」
ちょいちょいと手招きをして、近づいてきたアルバーンにサニーが見たのと同じ首筋を指差してみせる。まあるい目をさらに丸くして、それからすぐに嫌そうに眉を顰める可愛いネコちゃん。
「うげぇ」
「これ、隠せないよね」
「んなもん見せないでよ……ファルガーだよね?」
「えへ」
「最悪」
彼のTシャツはいつも俺が着る服より首周りが緩めで、見える範囲も広がってしまう。鎖骨につけられた赤いアトはきっと普段なら見つからなかったんだろうけど、……それにしても結構キワどい場所にもいくつかアトが付けられている。パーカーを着たって見えてしまいそうなそれはまるで彼の所有物の印みたいで、すごく好き。鏡を見つめて思わずニヤけてしまう。
「着替えてきてよ。友達のそういうの見せつけられたくないんだけど」
「んー、……ふーふーちゃんが起きてからでいい? どんな反応するか見たい」
「自分で付けたんだから別に反応も何もなくない?」
「どうかな。昨日はふーふーちゃんもちょっと酔ってたし、普段なら絶対見えないところにしかつけてくれないもん。もし無意識でつけてたとしたら焦って可愛い顔をしそうじゃない?」
「残念、ファルガーは可愛い顔なんてできないよ」
「あはは、アルバーンには分からないだろうね」
「はいはいそうですね。終わったんなら早く退いてくれない?」
「ふーふーちゃん起こしてこよー」
「そのまま昼過ぎまで戻ってこないでしょ」
「サニーが朝ごはんを用意してくれてるからすぐ戻るよ」
「ファック。それは僕が食べるから戻ってくるな」
行儀悪く中指を立てたアルバーンに投げキッスを返し、俺は上機嫌で部屋に戻った。自分の部屋ではなく、ふーふーちゃんの部屋。先ほどと変わらず電気が消えて薄暗い部屋の中を真っ直ぐベッドまで行き、薄い布団をかけて眠っている彼の上にのしかかる。乱れた髪を手櫛で梳いて可愛い寝顔を見つめた。
「ふーふーちゃん、起きて、朝だよ」
ふーふーちゃんにだけ使う特別に甘えた声。さっきサニーとアルバーンと話した声と全然違くて、自分で笑ってしまいそうなほどにとろけてる。だって俺はふーふーちゃんのことが大好きで、彼にたくさん可愛いって思ってほしいんだもん。声音を使い分けるくらい許してほしい。
起きるのを待ちきれなくて頬にキスをすれば、ようやくふーふーちゃんは身動ぎをして「んん……」と寝ぼけた声をあげた。もう一度、「ふーふーちゃん」と耳元に囁き声を落とす。
「うき……? ん、おいで……」
「……ああもう、だいすき」
寝ぼけたまんまで俺の頭を優しく撫でてくれるふーふーちゃんに我慢できずぎゅうっと強く抱きついた。ようやく体の上に乗る俺の重さに気がついたのか「うん……?」と起きかけのふーふーちゃんの声が聞こえて、俺は彼の顔を見つめた。ぎゅっとキツくつむられた目がゆっくり開き、すぐに俺を見つけて力が緩む。ねえ、朝起きる時、いつもそんな可愛い顔をしてたの?
「おはよう、浮奇。……おもい」
「おはようふーふーちゃん、俺の体はふーふーちゃんへの愛で満たされてるから、これは愛の重さだよ」
「ああ、それなら予想より軽いくらいだな。朝から珍しく機嫌がいいな。もしかして俺は結構寝坊したか?」
ちょっと待って、俺の愛はもっと重いと思ってるってこと? それが良いことなのか悪いことなのか考えている間にふーふーちゃんは俺の体を支えながら起き上がり、頬にキスをくれた。反射的に俺もキスを返したけど、もしかしてさっき俺がしたキスへのお返しだったかな?
「寝坊はまだしてないよ」
「まだ?」
「これからするかも」
「どういう意味だ?」
「俺の、いつもと違うところ、どこだと思う?」
「いつもと違うところ? クイズか? なにが、……おっと」
「ふふ、うん?」
「……あー、いや、覚えてる、うん、……俺が付けたんだよな」
「ふーふーちゃん以外の誰が付けられるの?」
「そう、だな。……これ、おまえの服でも見えるんじゃないか……?」
「たぶん、もしかしたら」
「……嬉しそうにするな……」
「嬉しいんだから仕方ないでしょ」
自分の付けたキスマークを硬い指先でなぞって、ふーふーちゃんは困ったように顔を顰めた。その表情の中にほんのすこしだけ滲む羞恥の色がたまらなく可愛い。アルバーンには、きっと一生分からないよ。
「ねえ、俺も付けていい?」
「……見えるところに付けるつもりだろう」
「そうしてほしいのなら」
「……」
「ああ、もう、かわいい……。どこにでも、ふーふーちゃんが付けてほしいところに付けてあげる」
欲に濡れた瞳が俺のことを見つめてくれるんだから、期待に応えないわけにいかない。ふーふーちゃんをゆっくり押し倒し、唇を舐めて彼の肌に押し当てた。
「ふーちゃん、起きてる〜?」
「っ!?」
「タイミング……」
「しっ。……ああ、ユーゴ、どうかしたか?」
扉の向こうから聞こえた声にふーふーちゃんは咄嗟に体を起こし、俺が動けないよう強く抱きしめた。ドキドキ鳴ってる心臓が可愛いからいい子にしていよう。
「昨日話してたゲームさ、ダウンロードがうまくいかなくて。手が空いてる時に見てほしいんだけど今は忙しい?」
「あー、そうだな……今は手が離せないから、あとでおまえの部屋に行くよ」
「オーケー、ありがと。あ、そういえば浮奇が部屋にいないみたいなんだけどどこにいるか知ってる? 今日出かけるって言ってたっけ?」
小声で「俺はここだよー」と言うとふーふーちゃんに頭を叩かれてしまいくすくす笑った。「特に聞いてないな」なんて上手に嘘をついて、遠ざかっていく足音が聞こえなくなるまでふーふーちゃんは俺のことを抱きしめ続けた。
「心臓に悪い……」
「もう大丈夫だと思うから続きしよ?」
「サニーとアルバーンは?」
「朝ごはん食べてるよ。アルバーンに言ってあるから大丈夫」
「……言ってあるって、何を」
「ふーふーちゃんのことを起こしに行ってくるって」
「じゃあすぐ顔を出したほうがいいだろう」
「二人とも俺のコレを見てるから、起こしに行ってすぐ戻ってくるなんて思ってないよ」
「は、……もう見られてるのか……」
「見られちゃった」
「……教育に良くない……」
「ふふ、……ダディ、彼らももうこどもじゃないよ?」
ふーふーちゃんの肩を押して再度ベッドの上に押し倒す。嫌そうな顔を作ってみせても、ちゃんと「ダメだ」って言葉にしてくれないと意味ないよ。寄せた唇を避けることもしないんだから部屋を出る時間が遅くなることを俺のせいだけにしないでね?