パソコンの電源を切って椅子から立ち上がる。部屋を出た途端漂ういい匂いにぐうっと腹が鳴った。息を吐いて笑い、玄関から走ってきた愛犬と合流して二人でキッチンを覗く。
思った通りそこには何かを作っている浮奇がいて、足音に気がついてこちらを向いた顔は俺と目が合うとふわりと緩んだ。
「ふーふーちゃん、配信終わったんだね。お疲れ様」
「ああ。何を作ってるんだ?」
「カレーを作ったんだけどお腹空いてる?」
「食べる。いい匂いで余計にお腹が空いた」
「えへへ。ね、ふーふーちゃん、ちょっとこっちきて」
「うん?」
手招かれて浮奇のすぐ目の前に。なにをするつもりなのかと様子を見ていれば、浮奇は腕を広げて俺のことを抱きしめた。俺は無意識に浮奇の背中に腕を回し、あたたかい体温に包まれて自分がものすごく疲れていることに気がつく。浮奇はどうして俺が自分で気がつくより先に俺のことに気がつくんだろう。サイキックの力か?
「浮奇」
「んー、まだ、もうちょっと」
「……」
浮奇が俺の首筋に擦り寄って甘えてくる。……自分がハグしたかっただけか? それでも彼に癒されていることには変わりないから俺も浮奇の頭に顔を寄せた。カレーの匂いで浮奇の匂いがあまり分からないことだけが物足りないけれど、柔らかい髪にキスを落とすのも好きだから良いとしよう。リップ音を鳴らすと浮奇がすぐに顔を上げて唇を尖らせるから笑いながらその唇を食べてやった。
「ん、ふふ、えへへ、俺ね、お疲れのふーふーちゃんだいすき」
「なんだそれ」
「だってふーふーちゃんが素直に甘えてくれて嬉しいんだもん」
「……俺はおまえに癒されてるだけ」
「えへ、へへへ」
デレデレの顔して笑う浮奇の鼻をかぷりと噛んで「バウ」と雑に犬の真似をする。足元でいいこにしていた愛犬が俺の足に頭を擦り付けた。
「にゃ」
「……もういっかい」
「ふふ? にゃー、にゃ?」
「かわ、……ふぅー……」
「あはは! にゃお。ネコ好き?」
「浮奇が好き」
「わお! 俺もふーふーちゃんのこと大好き!」
「ああ、知ってる。……ありがとう浮奇、すごく、疲れがとれた気がする」
「よかった。でも俺はまだ足りない」
「ごはんはどうするんだ」
「ごはんよりふーふーちゃんのほうが欲しいもん」
「俺は腹が減った」
「自分だけ満たされて俺のことはほっとくの? ひどい恋人だ」
「デザートを楽しみにしてるんだよ」
「……俺がデザート?」
期待した瞳と上がった口角が可愛らしい。返事をせずにじっと見つめれば、踵を上げて自分から唇をくっつけることで満足したらしい浮奇は俺から離れて食事の準備を始めた。素直に離れられると、それはそれで寂しく思う天邪鬼だ。
俺に背を向けている浮奇に近づき部屋着のゆるいTシャツから覗くうなじに顔を寄せた。キスを落とし、唇をすこし離して舌を出す。「んっ」と鼻にかかった甘い声に口角を上げてそこに優しく歯を立てた。
「ぁう、ふーふーちゃん……?」
「ん?」
「ごはんは……?」
「ああ、食べるよ」
「……デザートのつまみ食いはダメだよ」
「おいしそうで、つい」
「……じゃあ、先にデザートを食べちゃえばいいんじゃない?」
「いや、お腹が空いたからごはんを食べる」
「ビッチ!」
「あはは!」
可愛らしく潤んだ瞳で俺を誘惑してくれる浮奇が大好きだよ。空腹なんて忘れてしまうくらいには好きだ、だけど俺なんかに夢中になってくれる浮奇を揶揄うのも、だいすきなんだ。
頬を膨らませて見せる可愛い恋人の腰を抱き寄せ、額をコツンと合わせた。キス一回じゃ機嫌を直すには足らないらしいけれど、至近距離で瞳を見つめて「なあダーリン」と呼びかければ分かりやすく瞳が煌めく。「なぁに、ハニー」と甘い囁き声が返ってきて俺も頬が緩んだ。
「浮奇が作ってくれたごはんだ、できたてを食べたい。だめか?」
「……デザートを忘れないでくれるなら」
「忘れたことなんてないだろう」
「えへへ、うん、ふーふーちゃんは俺のことだいすきだもんね?」
「……こっちのセリフだ」
「もちろん、俺はふーふーちゃんのことがだぁいすき。ね、もう一回、キスがほしいな、マイハニー」
「……つまみ食いはダメなんじゃなかったか」
「ふーふーちゃんは俺のメインディッシュだからいいの」
「おーう……なるほど?」
デザートと言われるよりは、いいかな? 唇を尖らせる浮奇にキスを送り、ようやく食事の時間だ。デザートまで二人でおいしくいただこう。