画面いっぱいに映るその花にピントを合わせシャッターを切る。角度を変えて、近づいて離れて、満足いくまで何度も何度も写真を撮った。フォルダを確認しその出来にうんと頷くと、いつのまにかすぐ近くに来ていたふーふーちゃんが「いい写真は撮れたか?」と優しく声をかけてくれた。
「うん、おまたせ」
「いいや、浮奇を見て楽しんでいたからいくらでも」
「俺? ただ写真を撮ってただけだよ?」
「浮奇の見ている世界をそのままに映そうとしているんだろう。俺もその写真が楽しみだし、試行錯誤してる様子はかわいい」
「……ふーふーちゃんも写真撮って。俺もふーふーちゃんの見てる世界を見たい」
「んー、それだと向日葵の写真にはならないかも」
広大なひまわり畑を目の前にして、ひまわりの写真にならないってどういうこと? 首を傾げる俺を見てふーふーちゃんは目を細めて微笑んだ。あ、いま、写真を撮りたい。傾いてきた太陽が風で揺れるたくさんのひまわりと、やわらかく笑うふーふーちゃんを照らしてる。思わずカメラを構えてシャッターを切ったらふーふーちゃんが吹き出すようにして笑った。ふーふーちゃんの笑った顔が大好きだ。もう一枚、あとちょっと、と何度かシャッターを切る。
「俺なんか撮らなくていいのに」
「俺の見てる世界にはふーふーちゃんしか映ってないよ」
「ふ。浮奇、おいで」
「うん?」
「俺の撮った写真を見せてやる」
「! 見せて!」
手招かれてふーふーちゃんのそばに近づくと、彼は笑った顔のまま俺のことを見て、俺たちの視線を遮るようにスマホを構えた。思わずした瞬きとシャッターのタイミングがズレてくれているといいんだけど。
「……ひまわりはむこうだよ?」
「そうだな?」
「……、……写真、確認させて」
「心配しなくてもちゃんと目を開いてる。ほら、いつも通り可愛く撮れただろう?」
「……ふーふーちゃんの、見てる世界?」
「そう。おまえばっかり映ってる」
「……抱きしめたい」
「ここじゃ嫌だ」
「もう〜! あとでね! 約束! せっかくだからひまわりと俺の写真も撮って!」
「いつもみたいに自撮りじゃなくていいのか?」
「だってふーふーちゃんが撮ってくれたほうが俺はいい顔をできるみたいなんだもん」
自分で角度をバッチリ決めて撮る写真と同じくらいかそれ以上に、ふーふーちゃんが撮ってくれた自分は悪くなかった。目の前に好きな人がいるんだ、変な顔をしてるわけがない。俺はいつでもふーふーちゃんに可愛いと思ってほしいし、そう思われるようにしてる。でもまさか写真でも分かるくらいだとは思わなかった。
「オーケー、じゃあここに立って。一応言っておくが、俺はおまえみたいに写真を撮るのが上手くはないからな」
「いいの。あ、でも、そうだ」
「うん?」
「撮る時に名前を呼んでほしいな」
「名前? ……撮るぞ、浮奇」
「うん!」
カシャッとシャッター音が鳴る。撮れた写真を見るまでもなく、きっといい写真になったと分かるよ。ふーふーちゃんはカメラを俺に返して、そのまま俺の手首をキュッと掴む。眉間に皺を寄せていても瞳が甘えるみたいに俺のことを見つめるから、俺は口角を上げてふーふーちゃんのことを見つめ返した。
「……あとどれだけ写真を撮るんだ。ホテルに戻る予定は何時頃?」
「いい写真がたくさん撮れたしもう戻ろうかと思ってたんだ。ふーふーちゃんは? ひまわり畑、楽しかった?」
「綺麗だった」
「ふふ、本当に? 俺ばっかり見てたくせに」
「本当に綺麗だったよ、浮奇は意外と向日葵も似合うんだな」
「……意外とってなに?」
「紫陽花とかの静かで綺麗な花がおまえらしいだろう。でも向日葵も良かった。決めつけないで色々なものを試してみるのがいいかもしれないな」
「あじさい! 今度あじさいがいっぱい咲いているところにも一緒に行こうよ。それでまた俺のことを撮って?」
「紫陽花が映らない写真を?」
「えへへ、うん、ふーふーちゃんが見てる世界を」
それじゃあどこで撮ったって同じだろう?って笑うふーふーちゃんに、体中が幸せでいっぱいになる。だって、ねえ、それってふーふーちゃんはどこでも俺ばっかり見てるってことになっちゃうよ?
自分が言ったことに気がついていないようで、ふーふーちゃんは楽しそうに笑いながらまた俺にスマホを向けて写真を撮った。撮った写真を確認しないままスマホをしまって俺のことだけ見つめてる。
「そういえばふーふーちゃんってあんまり撮った写真見返さないね?」
「写真より、目の前の今しかないものを記憶に残したいからな」
「でも見返した時にブレてたら嫌じゃない?」
「それも面白いさ。そもそも俺は誰かに見せるために写真を撮ってるわけじゃない。どんな写真でも見返せば今のことを思い出せるし、それも含めて思い出だろう?」
「……さっき撮った写真を見返した時に、ふーふーちゃんは何を思い出すの?」
「大好きな子と向日葵畑にデートしに行った時のことを鮮明に思い出す」
優しい笑顔でそんなこと言って、抱きしめるなって言うほうが無理な話だ。飛びつくようにしてふーふーちゃんに抱きついて、「ちょっとだけ」と耳元で囁く。
「ん、いいよ、今は他に人もいない」
陽が落ち始めてひまわりもそっぽを向いてくれている。俺はきっと今日の写真を見返したら、大好きな人のことをもっと大好きになったことを思い出すよ。