ウォータースライダーに乗った後、俺に気づかせないようにしているようだけれど浮奇の機嫌が少し悪くなったのは察していた。大方濡れた髪が気に入らないとか、そんなことだろう。それまでは呆れるくらいに写真を撮っていたのに極端に自分の写真を撮らなくなった。変わらず俺のことは撮っていたけれど。
本人が楽しみたい気持ちがあることは分かっていたからわざわざ俺から触れることなくそのまま他のアトラクションに乗ったり食べ歩きをした。しばらく経つとすっかり髪は乾いたように思えたからタイミングを見てトイレ休憩を挟んだけれど、出てきた浮奇は分かりやすく不貞腐れていた。俺の手を取って歩き出すから本当ならその手を振り解かなければいけないが、これ以上浮奇の機嫌を損ねたくはない。ズンズン歩いて行く浮奇の手をギュッと握ると、浮奇は歩調を緩め拗ねた顔で俺のことを見上げた。
「……ごめんね」
「目的地は決まってるか?」
「……わかんない、適当に歩いてた」
「それなら寄り道をしてもいいな?」
「うん……?」
迷子の子どもの手を引くようなものだと思いながら浮奇の手を離さないまま方向を変えて進んだ。この道は確かこっちにベンチが……よし、あった。建物が太陽の光を遮っているせいですこしだけ薄暗く人通りの少ないそこにあるベンチに浮奇を座らせ、俺はその前に立ったまま俺を見上げる浮奇を見つめた。繋がった手は、そろそろ離してもいいか?
「浮奇」
「……うん」
「俺はおまえの不機嫌な顔だって好きだけれど、おまえが楽しんでいるところを見るのはもっと好きだよ。気に入らないことは一人で抱え込まないで俺に愚痴ったほうがスッキリするんじゃないか?」
「……ごめん」
「謝る必要はない。あのアトラクションで髪が濡れたことに拗ねてたのかと思ってたんだが、違ったか?」
「……まあ、そうだよね、ふーふーちゃんは気づいちゃうよね」
「もちろん。俺は浮奇のことをよく見ているから」
「……、そう、前髪変になっちゃったから、ちょっとテンション下がってた」
「さっきトイレで直したのも気に入らなかったのか? 朝と同じようになってると思うけどな」
出先ではできるだけ触れないようにしている浮奇の前髪にそっと指を触れさせる。浮奇はむっと唇を尖らせて「全然違うよ」と言い、それから俯いてうにゃうにゃと何かを呟いた。たぶん自分に対して悪態をついているのだろうから、手のひらを浮奇の頬にずらして顔を上げさせる。
「俺の意見なんて参考にならないだろうけど、俺は今の浮奇も十分可愛いと思うぞ」
「……んんん、……もういっかい、言って」
「……可愛いよ、浮奇。他の人を全然見てないから比較できないな……たぶんこのウサギのミミのカチューシャだって、誰よりも似合ってる。あとで今日の浮奇の写真をちゃんと送ってほしい」
「……ふーふーちゃんも、カチューシャ似合ってる、かわいい」
「浮奇が隣にいてくれないと。俺だけじゃ不審者だよ」
「何言ってんの、ふーふーちゃんめちゃくちゃ似合ってるし本当に可愛いし一人にしたらナンパされちゃうんだからね?」
「真顔で何を言ってるんだ……」
「本気で言ってるんだって。……ふーふーちゃん」
「うん?」
「ありがと」
「……何がだ?」
「全部。ふーふーちゃんってどうしてそんなに俺の扱いうまいの?」
「浮奇はいつでも俺の掌の上で踊ってる」
歌うようにそう言うと、浮奇はふわりと表情を緩め、繋がったままの手を引いて立ち上がり背伸びをした。すぐに挟んだ俺の手のひらにキスをした浮奇は不満げな顔をしてみせた後、プッと吹き出して笑う。
「いじわる」
「……外だ」
「誰もいないのに〜。ま、いいけどねっ、べつにっ、後でいっぱいするしっ!」
「ああ、そうだな、後で」
「……」
「あとで。今ではない」
「……はぁい」
とがった唇から目を逸らし浮奇の手を離す。浮奇はそれをもう一度掴むことはなく、数歩進んでくるりと俺を振り返った。
「次、どこ行こっか?」
「……どこでも、浮奇が一緒なら」
「へへ、いつでも一緒だよ?」
見慣れた笑顔になった浮奇に俺も笑みを浮かべ隣へと並んだ。わざとぶつけられる手の甲には気がつかないフリをしてやろう。機嫌よく揺れるウサギのミミが、やっぱり浮奇によく似合ってる。