何かの気配を感じて目を覚ます。暗い部屋の中、ベッドを抜け出す背中を見つけて俺は布団の中から手を伸ばしその人の服を掴んだ。驚いたように「わあ!」と声を上げて、振り向いたスハは俺と目が合うとへにゃっと気の抜けた笑みを浮かべる。
驚かせてごめんね、どこに行くの? 言いたいことを込めて「すは」と名前を呼べば、スハは体ごとこちらに振り返って俺の頭を優しく撫でてくれた。
「ちょっとトイレに行ってくるだけ。起こしちゃってごめんね。寝てていいよ」
「んん……おれも、いく」
「トイレ?」
「ううん、スハといっしょにいたい」
起きたばかりで舌足らずな俺の言葉を聞いてスハは予告なくちゅっとキスを落とし照れた笑顔を浮かべた。自分からキスをして照れる可愛い人に手を伸ばし、抱き上げてと言外に要求する。もちろんスハは俺の手を取って宝物を扱うように優しく抱き上げてくれるから、俺はさっきのお返しにちゅっとスハにキスをした。目を合わせて、くすっと笑って、今度はどちらからともなく。
少しの間ふれあいを楽しんでいたのだけれど、スハが俺から体を離して「トイレ行きたいんだった……」と恥ずかしそうな声で言ったから、俺たちは笑ってベッドから抜け出した。手を繋いだまま寝室を出てトイレに向かい、扉を開けた後も手を離さない俺にスハが振り向いて困った笑顔を向けてくる。どうしたの?と言うように首を傾げればスハは「浮奇〜!」と可愛い声で俺の名前を呼んでくれた。
「トイレ行きたいんだって……!」
「へへ、オーケー、じゃあ今日は外で待っててあげる」
「中まで入ってくるつもりだったの!?」
「許してくれるなら?」
「ダメに決まってるでしょ!?」
「え〜?」
クスクス笑うとスハは赤くなった顔で俺の額にキスを落として「ちょっとだけ待ってて」と言いトイレの扉を閉めた。……別に、スハを揶揄いたかっただけで、一人きりが嫌だとか思ってなかったのに。寂しくなっちゃった責任とってもらわないとなあ。俺は壁に寄りかかってそのままズルズルとしゃがみ込んだ。暗い廊下は、すこしさみしい。
ガチャッと扉が開いて俺は顔を上に向けた。スハに見つかるより先にスハの足を掴むと「わあ!?」と大きな声が降ってくる。
「……浮奇……めちゃくちゃびっくりした……」
「えへ、スハ怖がり〜」
「そうだよ、怖がりなの。だから怖がらせないで」
「怖くないようにぎゅーってして一緒に寝てあげるね」
「ふふ、ありがと?」
差し出された手を掴んで立ち上がり、背の高いスハのほっぺた目掛けて背伸びをするけれど、顎にちゅっと触れただけだった。目を丸くしたスハが背中を丸めて俺に顔を近づけてくれたから頬に唇を押し当てる。
「なぁに、今日はいっぱいキスするね」
「いや?」
「嫌じゃないよ、可愛くて好き。私もしていい?」
「うん、いっぱいして。寝るまでスハとキスしてたい」
「キスしてたら寝れなくない?」
「どうかな。試してみないと」
首を傾げてみせるとスハはパチパチと瞬きをしたあと、俺の額、頬、鼻と順にキスをして、俺が唇を尖らせると柔らかい笑みを浮かべて大好きな甘いキスをくれた。背伸びをしていたつま先が震え、スハのシャツをぎゅっと握る。
「ん? 大丈夫?」
「ふ、ぁ……んん……つづき、ベッドいこ……?」
「うん、そうしよっか。あ、ねえねえ」
「うん……?」
「お姫様抱っこしてもいい? ずっと浮奇のこと抱っこしたかったんだ」
「……んっ」
腕を広げてスハに身を差し出すと、スハは嬉しそうに笑って俺を抱きしめた。力強い腕が俺の体を抱き上げ、背中と膝の下に高い体温が触れる。地面が遠くなってすこしの恐怖感にスハの首に腕を回した。
「ん、ちゃんと掴まってて」
「……スハ」
「うん?」
「キスしてもいい? ビックリして落とされたら困るんだけど」
「……大好きな人のこと、私が落とすと思う?」
「ドッキリに弱いじゃん」
「もう〜、落とさないって」
「へへへ」
ちゅっと頬にキスをすれば唇にキスが返ってくる。俺を抱き上げていることなんて感じさせないくらい軽い足取りでスハは寝室までたどり着き俺をベッドに下ろした。当然のように上に覆い被さり、俺を落とす心配のない場所でたくさんキスを降らせてくれた。
目が覚めちゃってまだ全然眠くないから、もっとずっと、いっぱいキスをしよう。