上下ともにジャージを着て、ジッパーを一番上まで上げて口元を埋め、袖を伸ばして手をジャージの中にしまいこんだって、冬の体育の授業は耐えられるものではない。女子は体育館でバスケなのに、なんで男子はグラウンドでサッカーなわけ? 男女差別って良くないと思うんだけど。友人とともにグラウンドの隅っこに座って授業が始まるまでの時間を耐えていれば、「あれ、浮奇だ」と俺の名前を呼ぶ声が聞こえて後ろを振り返った。
「……あれ、スハだ……」
「今日の体育浮奇のクラスと一緒だったんだねぇ」
「……スハぁ」
「うん? あはは、浮奇、すっごい寒そう。大丈夫?」
「無理、寒くて死んじゃう。スハなんでそんな平気そうなの?」
「私もちゃんと寒いけど、浮奇ほどではないかも」
「スハ体温高いもんね……」
「……そうだね?」
そっか、今日の体育、スハのクラスと一緒なんだ。サッカーなんて全然興味ないけどサッカーをするスハはきっとかっこいいんだろうなぁ。サッカーだけじゃなくて、何をしててもかっこいいけど。
クラスメイトに呼ばれたスハは「すぐ行くー!」と返事をして俺の前にしゃがみ込んだ。首を傾げれば視線を合わせたスハがにっこりと笑う。
「浮奇がいるなら今日はすっごく頑張らないとだ。私のこと見ててね?」
「……いつも見てるよ」
「ん〜、へへ」
スハは可愛らしく笑ってパッと立ち上がり、クラスメイトのところへ駆けて行ってしまった。残された俺が彼の後ろ姿から目を離せずにいれば、隣に座っていた友人が他の人に聞こえないような小さな声で「付き合ってんの?」と聞いてきて、俺はそれに「付き合ってないんだよ……」と囁きを返した。付き合ってないんだよ、どうしてだろうね。俺は彼が好きだけれど、彼の優しさが自分にだけ向けられた特別なものだと確信が持てずにいる。スハが俺のことを好きならいいのに。
準備運動をのろのろとやる気のない動作で終わらせた後、クラスごとに分かれて試合をやることになり、俺と友人は真っ先に点数係に手を上げそれを勝ち取った。サッカーは点数の動きが少ないし、ただ点数板の下に座っていればいいだけだ。みんながビブスをつけてボール回しを始めたから先生に咎められないよう余ったボールをカゴに入れたり用具倉庫の中で時間を潰したりしながら待ち、試合が始まる頃に点数板のところに行きイタズラで九九:一にされていた点数をゼロに戻した。
ホイッスルが鳴り試合が始まったけれど、思った通り点数の動きはほとんどない。先生を含めみんなゆるくお遊びモードだ。反則さえしなければ何をしても、くらいの雰囲気だったけれど、俺たちのクラスが一点を入れると相手チームにいたサッカー部員が一人で全員を抜いて一点を取り返し、それからはみんな真面目にボールを追いかけていた。グラウンドを縦横無尽に行ったり来たり。よくやるよなぁ、こんな寒いのに……。
何回か点数を追加する以外、授業が始まってからほとんど動いていない俺は今すぐストーブの前に行きたいくらいに凍えていた。友人も風が吹くたびに「寒い寒い寒い」と呟いて震えている。一時間もこんな寒い中体育とか、学校はもっと生徒のこと考えるべきだと思うんだけど。
半分が過ぎ、一度試合が中断される。水分補給とチームメンバーの入れ替えをするよう言われたけれど俺と友人は点数板の下から動かないし、クラスメイトたちもそれを理解しているから動きたい人たちだけでメンバーを入れ替えてくれた。前半試合に出ていたスハは交代するのかなと相手チームの方に顔を向ければ、ちょうどスハがこちら側に向かって駆けてきているところだった。後半は見学してるのかな? 犬のようにボールを追って走り回ってるスハ可愛くてかっこよかったからもっと見たかったんだけど。
「浮奇〜」
「? なぁに、スハ?」
「これ預かってて! 走ってたら暑くなっちゃった」
「わっ」
スハは脱いだジャージを俺の肩にかけて羽織らせ、汗の滲む眩しい笑顔で俺に笑いかけた。一瞬、寒さを忘れて、俺は目を丸くしてスハを見つめる。
「ちゃんと私のこと見ててくれた?」
「……ん、見てた。あとちょっとでゴールできそうだったの、惜しかったね」
「あはは、カッコ悪いところは見ないフリして〜!」
「すっごくかっこよかったよ。ずっと、一番かっこいい」
「……ほんと? じゃあ後半はもっと頑張るね。次はゴールするよ」
「……俺のために?」
「うん、浮奇のために」
息を呑んだ俺の頭を撫でて、スハは逃げるように走って行ってしまった。さっきまで凍えそうなほど寒かったけれど、スハが貸してくれたジャージのおかげか、吐いた息は白いのに暖房が効いたみたいに暖かい。
「……スハ、だっけ、あの人、エグいね」
「……そうなんだよ……」
「……がんばれー」
「がんばる……」
俺のためのゴールをスハが決めてくれたら、俺も勇気を出せるだろうか。