空港に着いたという連絡をもらってから作り始めた料理がちょうど完成する頃に、浮奇の「ただいま」の声が家の中を彩った。
火を止めて玄関に向かい、靴を脱いでいた浮奇を見つけて「おかえり」と言う。浮奇は手を止めて俺を見上げると久しぶりに見る花のような美しい笑顔でもう一度「ただいま」と言ってくれた。何も言わなくても腕を伸ばせば浮奇は俺の手を取って、一歩踏み出し胸に飛び込んでくる。ぎゅっと抱きしめて俺はほうっと息を吐いた。
「楽しかったか? 体調は? 腹は減ってるか?」
「うん、とっても楽しかったよ。ずっと動き回ってて疲れたけど体調は大丈夫。いい匂いがするね、ごはん作ってくれたの?」
「ああ……でも、もうちょっと」
旅行から帰ってきたばかりで疲れている浮奇には早く部屋着に着替えておいしいご飯を食べて慣れた家でゆっくり過ごしてもらうのが一番だと分かっている。分かっていても、まだ、浮奇のことを抱きしめていたかった。
「ふふ、熱烈だ。寂しかった? 電話だけじゃ物足りなかったね」
「ん……」
「よしよし。今日は一日一緒にいようね。一緒にごはんを食べて、一緒にお風呂に入って、一緒に寝よう。ずっとくっついてたい」
「……ん、そうする。……浮奇」
「うん?」
「……おかえり」
「ん? ふふ、うん、ただいま?」
腕の力を少しだけ緩めて顔を上げ、浮奇と目を合わせてじっと見つめる。にこにこと幸せそうに笑っていた浮奇はハッと俺の考えを察して目を丸くすると、それを細めて「もういっかい」と優しく囁いた。
「おかえり、浮奇」
「うん、ただいま、ふーふーちゃん」
言いながらちゅっと唇を重ね、ただいまのキスをしてくれた浮奇に、俺もリップ音を鳴らしておかえりのキスをする。
ほんの一週間ちょっとだ。一ヶ月や一年離れてたわけじゃないのに、キス魔の浮奇が毎日何度もキスをするせいで俺はすっかりそれに慣らされていて、キスをしない一週間は地獄のように長かった。
「ふふ、ふーふーちゃん、キス魔なんだから」
「は……キス魔はおまえだろ」
「キス魔に食べられてふーふーちゃんもキス魔になっちゃったんだよ。……寂しかったでしょ、俺にキスできなくて」
浮奇は悪魔のように魅力的に口角を上げてそう言い、俺に触れることなくちゅっと唇を鳴らしてみせた。煽られているのだと分かっていても実際その空打ちの一回すら欲しくて堪らないのだから、浮奇の言う通り俺もキス魔になっていたらしい。それなら、旅行帰りの疲れてる恋人を玄関でキスまみれにしても良いだろうか。その恋人だってキス魔なのだから、咎める人は誰もいない。
「足りなかった分、好きなだけどうぞ?」
「……こっちのセリフだ、キス魔め」
「ふふ、そう? それじゃあ遠慮なく……もしかしたらごはんが冷めちゃうかもしれないけど」
「温め直せばいいだけだ」
「だよね」
俺の首に手を回した浮奇を壁に押しやって、もつれ合うようにしながらお互いが満足するまでキスをした。鍋に作ったスープが冷めてしまうのも、キス魔が二人なんだからしょうがないよな。