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    おもち

    気が向いた時に書いたり書かなかったり。更新少なめです。かぷごとにまとめてるだけのぷらいべったー→https://privatter.net/u/mckpog

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    おもち

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    PsyBorg。ワードパレットの「箒星」約束、胸の痛み、苦手、がお題でした。

    #PsyBorg

    流星群を見に行く約束はまだ有効だろうか。俺はリビングにあるカレンダーに浮奇の字で書き込まれた「デート」の文字を指先でなぞった。これが書かれた時にはこんなことになっているとは予想もしていなかった。
    いつも浮奇がクッションを抱き抱えて座るソファーに一人で腰掛けて背中を丸める。スマホを手に取り連絡先の中から浮奇を表示させたけれど、電話をかけることもメッセージを送ることもできずにただ画面を見つめ続け、そうしているうちにディスプレイが暗くなり情けない顔をした男が映った。
    ここ数ヶ月、浮奇はほとんど自分の家に帰らず俺の家に泊まってばかりいた。一人暮らしには慣れていたのに、今はどこもかしこも浮奇の気配が残っていて一人きりなのが辛い。いつもはいい子にしていろと言っても戯れてくる愛犬たちはこんな時に限って家のどこかでお昼寝中のようだった。物音ひとつしない家の中で俺のため息だけが空気を揺らす。
    どうしようかと悩んだけれど、結局俺は日が暮れる前に車を出して街へ向かっていた。まずは花屋、ケーキ屋、それから美味しいコーヒーも買って行こう。一緒に過ごした時間のおかげで浮奇の好みは十分に把握していた。食べ物の好き嫌いだけじゃなく、好きなインテリアも香りも、服の洗い方や掃除のルールまで、他の誰よりも浮奇のことを知っている自信があるのに。
    買い出しを終えるともうすっかり空は暗く、星が瞬き始めていた。流星群のピークまではまだ時間があるけれどそう簡単にあの頑固者が動くとも思えないから急いだ方がいいだろう。
    何度か迎えに行ったことがあるから家の場所は覚えていた。車通りが少なく道の広い田舎ばかり走っているから交通量の多い街の道路は苦手だけれど、そんなことを言っている場合ではない。事故を起こさないように気をつけて運転し、無事に浮奇の家の前まで辿り着いた。
    両手いっぱいにご機嫌取りのアイテムを持って階段を上がり、浮奇が友人と住んでいる部屋のインターホンを押す。連絡を入れていないからどこかに出かけてる可能性もあったけれど、「はぁい」と、聞き慣れた声の返事が返ってきた。
    今さらになって緊張が体を強張らせる。まずは何て言うべきだ? アイデアが浮かばないうちにドアが開き、俺の目の前には久しぶりに見る恋人がいた。
    「え、……なんで……」
    「浮奇」
    「……なに」
    俺は考えなしに愛しい名前を呼び、困惑の混じった拗ねた眼差しを受け取った。頭の中が真っ白で次の言葉が出てこない俺を浮奇はじっと見つめ、無言の間が気まずくなったのかふいと視線を下げた。すぐにパッと丸くなる瞳が何を見つけたのか気がつき、俺はすっかり意識から抜けていた物を持ち上げた。
    「これ」
    「……俺に?」
    「浮奇に。……仲直り、してくれないか」
    浮奇の好きなカフェのコーヒー、クリームたっぷりのケーキと、赤い薔薇の花束。浮奇は下唇を噛んで数秒黙り込み、無言のまま手を伸ばした。俺の手から浮奇の手に移動したそれらはすぐに玄関の棚の上に置かれてしまう。
    これは、失敗したか……? 俺の腕の中が空っぽになっても浮奇の表情は変わらず、大好きな笑顔は見れそうにない。ズキッと胸が痛み、俺は一歩後ずさった。
    「……ごめん。また出直した方がいいな」
    「え、まっ、……っ!」
    「わっ!」
    引き止めるように伸びてきた浮奇の手は、俺の服を掴み損ねて空を切った。体勢を崩した浮奇を咄嗟に受け止めて抱きしめる。自分の心臓がバクバクとうるさく鳴っていることに気がついて、それを悟られないようにそっと肩に触れて浮奇の顔を覗き込んだ。
    「危なかった……。大丈夫か?」
    「……大丈夫じゃない」
    ぎゅっと、浮奇は俺の背中に腕を回した。少し低い浮奇の体温は俺の体によく馴染む。鼓動の早さなんてもうどうでもよくなって、俺も浮奇のことを抱きしめた。
    もしかしたらこれは、作戦成功かもしれない。
    「怒ってばっかでごめん」
    浮奇はぐすっと涙交じりの声でそう言った。そんなの、怒らせる俺が悪いのに。身長差のおかげで視線を下げれば浮奇の頭があり、俺は愛おしさを込めて髪に唇を押し当てた。
    「俺のほうこそ怒らせてばかりでごめんな。でも怒ってる浮奇もセクシーで好きだよ」
    「ばか……。……ずっと会いに行かなくてごめんね」
    「俺も、連絡しなくてごめん。……余計なこと言って拗らせたくなかったんだけど、話さないと解決なんてしないよな」
    「ん……会いに来てくれてありがとう」
    顔を上げた浮奇が背伸びをしてちゅっと唇をくっつけた。潤んだ瞳と濡れたまつ毛、すこし赤くなった目元が美しい。泣いてほしくはないけれど、泣いている浮奇はいっとう美しいから困る。
    視界の隅に映った浮奇の足元が室内用のスリッパのままだと気がつき、そうしてここが玄関の外だと今さら気がついた俺は、浮奇に「玄関の中に上がらせてもらってもいいか……?」と口元を歪めながら聞いた。
    ぷっと笑った浮奇はうんと頷き、俺はその笑顔に見惚れ一瞬で場所を忘れてキスをした。唇を離してから浮奇のまぁるい瞳を見て、すぐに浮奇を抱き抱えて部屋の中に入る。
    背中でドアが閉まった音を聞き安心して息を吐き出した直後、浮奇に唇を奪われた。舌の熱さと気持ちよさは記憶のそれを超えていて、頭に上った熱が瞳からこぼれ落ちた。
    「ん、……ちょっと、ストップ……はぁ、あっつい……」
    「んへへ、ふーふーちゃん可愛い」
    「可愛くないだろ」
    「可愛いもん」
    浮奇の両手が熱を持った俺の頬を包み込む。視線を逸らせないまま真正面から見つめられて余計に熱が上がった気がした。
    「もう仲直りね。次からさ、会えないのは寂しいから喧嘩したらその日のうちに仲直りしよ」
    「そもそも喧嘩をしないようにしたいけど、まあ了解。でも一日じゃ浮奇の怒りがおさまってない時があるだろう。俺もうまく気持ちを整理できない時があるし」
    「……んー、じゃあ、喧嘩した日は別々に寝て、先に起きた方がおはようのキスをしたらそれで仲直りにしよ。朝のうちに仲直りした方がいいでしょ?」
    「……それ、毎回俺が起こすことにならないか?」
    「それはやってみないと分からない。おはようのキスをされても不機嫌なままでいるのは無理だから結構良い案じゃない?」
    「時々は浮奇がおはようのキスをしに来てくれると俺もその気持ちが分かるかも」
    「想像してみて。喧嘩して一人で寂しく寝たあと、朝、俺がふーふーちゃんのこと起こすところ。まだ寝ぼけてるふーふーちゃんに「おはよう」ってキスをする。ふーふーちゃんはもしかしたら寝る直前まですっごく怒ってたかもしれないけど、でも、俺のこと、好きでしょう? おはようのキスをした後もまだ怒ってると思う?」
    「……」
    「俺は、嬉しくて怒ってたことなんて忘れちゃうよ」
    「……オーケー、次はそれを試してみよう」
    「うん!」
    ぎゅっと抱きついてくる浮奇を抱き返し、またこうして浮奇に触れられることに安堵した。もうこんな長期間の喧嘩なんてごめんだ。一人でいる間、悪い妄想ばかりして疲弊した。怒るのも泣くのも俺の腕の中でにしてほしい。
    「あ」
    「ん?」
    「忘れてた。今から出られるか?」
    「え? どこに?」
    「流星群。デートの約束だっただろう。喧嘩中だからどうしようかと思ったけど、約束した時すごい楽しみにしてたから連れて行きたかったんだ」
    「……そっか、今日……。だから会いに来てくれたの?」
    「早く仲直りしたかったし、一人で家にいるのは寂しかった。浮奇に会いたかったから会いに来たんだよ。もしまだ浮奇が怒ってたら一人で行こうと思ってた」
    「だめ。デートの約束なんだから、一人で行かないで。すぐ準備するね。あ、これケーキだよね? コーヒーと一緒に持ってって、向こうで食べるから」
    「オーケー」
    浮奇は早足で部屋の中に行き、言葉通りすぐに着替えて俺のところに戻ってきた。手には家からいつのまにかなくなっていたブランケットが抱えられている。愛犬たちのオモチャにされてしまったのかと思っていたが浮奇が持ってたのか。
    車に乗り込み、浮奇はコーヒーに口をつけて「冷めちゃった」と笑った。濡れた唇にキスをして確かに熱くないなと思い、「どこかで買って行くか」と言いながらエンジンをかける。シートベルトの確認をしようと助手席を見ると浮奇が可愛らしく頬を膨らませていた。
    仲直りしたばっかりなのに、なんでまた怒ってるんだ……?
    「浮奇……?」
    「ふーふーちゃん」
    「ああ」
    「かっこよすぎるの禁止。流星群見たいのに帰りたくなっちゃうでしょ」
    「はぁ……?」
    「あの花束も、薔薇の花束とかかっこつけ過ぎでしょ」
    「……キザ過ぎるくらいの方が浮奇は好きだと思った」
    「大好きだよ! 大好き過ぎて今すぐベッドに行きたい!」
    ああ、なるほど。そういう怒りなら放置しても大丈夫だろう。一向にシートベルトをしようとしない浮奇に、俺は助手席に身を乗り出し覆い被さるように顔を近づけた。言葉を止めた浮奇が目を瞑ったところで一気にシートベルトを閉めて体を離す。「はあ!?」と浮奇が大きな声を出すから堪えきれずに吹き出してしまった。
    「ふっ、あはは! シートベルトをしたかっただけだよ、悪いな浮奇?」
    「最低最悪過ぎ、そういうところだよ!? 今すぐキスしろビッチ!」
    「もう車を出すからいい子に座っててくれ」
    「信号で止まったらキスしてやる」
    「到着するまでシートベルトは外すなよ」
    「まじで信じらんない。……ばかふーふーちゃん。本当にちゅーしたい」
    「……」
    出発したばかりだというのに、俺は何も言わずに道の脇に車を停めた。シートベルトを外して横を向けば涙目の浮奇が俺を見つめてる。
    「……一回だけ」
    「ん」
    早く行かないと流星群のピークが終わってしまうかもしれないのに唇を重ねれば時間なんて忘れてしまう。仕方ないだろう、俺は流れ星よりも浮奇の笑顔が見たいんだ。デートの約束なんて口実でしかない。ただ、浮奇と一緒にいたかった。
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