夢見が悪い🧡の❤️🧡❤️🧡
宵の月、丑三つ時である。深く眠っているはずの時間に目が覚めてしまった。ヴォックスはカーテンの隙間から除く月を少し眺めた。
本日は特段おかしいことも無く、激しくお互いを求め合うでもなくただ穏やかに日中から夜まで過ごした。映画を見たり本の感想を言ったり。珍しく何も無い日だった。こんな日があったって良いと2人して早くにベッドに入ったのだ。何とも、明日は雪でも降るかもしれない。
可愛い恋人の寝顔がいつまでも幼く愛しく感じる。ヴォックスは静かに腕の中で寝息を立てる鼻先を擽ってミスタの眉間が僅かにより合わさるのを見て薄く笑った。
久方ぶりに出来た人間の恋人は恐ろしく寂しがり屋の不器用な坊やだった。表情も感情も豊かにヴォックスの生活に彩を増やして見せた。ヴォックスもミスタも互いに深くか愛し合っている自覚があった。お互いに不器用で無様なところも多々あったが。それでも仲睦まじい自信がある。
ただ、毎晩この子を抱いて眠る。朝眠たい目を擦ってキッチンまで挨拶しに来るのだからそれまではゆっくり眠って欲しい。
今夜もそうなると思っていた。
零れた喘ぎ声に微睡み出していたヴォックスは覚醒する。聞き間違いようのないミスタの声だった。
「うう、うあ……っ」
「坊や、坊や……ミスタ」
「あ、あぁ、う……っん…はぁ、だ……ぼっくす?」
「そうだよ、そばにいる」
「ごめ……ぁ、目開けられない」
「……大丈夫だ、私しかいないよ」
月の光しか入らない部屋でもミスタの怯えて青くなった顔が良く見えた。僅かに震える肩と細い呼吸はいかに良くない夢だったかをヴォックスに教えるのに十分だった。
目を開けると怖いものを見る気がする、付き合ってすぐの頃悪夢を見たミスタが怯えて言ったことを思い出した。強く閉ざした瞼を優しく撫でる。力んで軽く痙攣する瞼が痛々しい。
私欲の話をすると大切に扱っている愛しいオレンジブルーを己以外が恐怖の色に染めることにも、その瞳を濡らすことにも憤慨ものではある。今はそれどころではないことはよく分かっているが。
声の力をなるべく使わずに接しているのでそのままで、優しく優しく声をかける。包み込むようなバリトンが呼吸と心拍を落ち着かせた。強ばっていた身体の力が抜けていくのを感じる。気が付けば一緒になって呼吸を詰めていたらしい、ヴォックスも胸を緊張から解き放った。
「私しかいない、大丈夫。ミスタ、私の目を見てごらん」
「……へや、ちょっと明るくして欲しい」
「仰せのままに」
リモコンで操作すれば灯りが点くのだが、ヴォックスは指先にグッと力を込める。リモコンはミスタの向こう側にあったし、この子を離す訳にもこの子を乗り越える訳にもいない。少しでもミスタから離れたくなかった。ミスタもそう思っていただろう。縋り付く背中に回った手のひらを感じていればすぐに分かる。
バチンッと弾かれた中指が手のひらと音を立てる、簡単な魔法だった。声の鬼は文明の利器にも魔法が使えてよかったと脳の奥で考える。
柔らかな暖色が部屋を包んでやっと閉じ込められた瞳がこちらを向いた。よく見てみれば額にもじっとりと汗をかいているではないか。
「大丈夫か……?」
「はぁ……daddyまじで良くない夢だった」
胸に押し当てられたアッシュブラウンを撫でる。一息ついたミスタはすっかり力を抜いていて、もう少しすれば眠りにもつけるだろう。可愛いつむじにキスをして頬に手を合わせる。促すようにすれば大人しくこちらを向いた童顔が薄く微笑んでいる。
「daddyがいなかったらまだあのクソみたいな夢の中だったわ。ありがとう」
「今夜は大丈夫だろう、もう少しお眠り」
触れるだけの優しい口付けをしてヴォックスは瞳にピンク色を写した。
「悪夢は口にすればいなくなる。明るくなってから話を聞こう。次こそお前を襲う前に悪夢を食ってやるからな」
近頃そういう輩も減っていたから油断していたんだ、すまない。ヴォックスはまるで悪い者がそうしたように言ったがミスタは「俺の出来の悪い脳みそのせいだよ」と笑った。
「おやすみ、ヴォックス。ありがとう」
「おやすみ坊や。今度こそ良い夢を」
――――
「てなことがあってさ、いや次に見た夢も悪夢だったんだけど」
「えぇ?そんなことある?ヴォックスは何してたのさ」
シュウは皮肉をたっぷり込めてミスタの話に相槌を打った。
これまでの話を信じるならヴォックスはイカしたナイトになっていなくてはいけないはず。怖がりな兄弟を悪夢から守るナイトになっていなかったのか?という皮肉だ。
「人の形した悪夢をバッサバッサヴォックスが斬り倒して行くんだけど、さすがに護ってもらってる!ってときめくよりこれ以上俺に血を見せんじゃねぇよって起きちゃってそっからずっと起きてたわ」
なるほど、これが人外か。シュウはカラッと笑ってとんでもない異種恋愛である兄弟に惚気にありがとうと乾杯した。ミスタはなにがだよ、と元気よく声を荒らげた。