結論から言うとユエは帰ってきた。領境の向こう、呪のものの囲みの中からネイジアを逃したあの日から半年ばかりが過ぎていた。
命からがら滝を降り、這々の体で鳥の巣の本部に戻ったネイジアの報告を聞いたホークはあまり心配はしていないようだった。ただ、責任を感じて血の気なく震えていたネイジアに言ったことには、
「まあ、そのうち帰ってくると思う。それまで森の番をしてくれる?俺も多少は手伝うから」
とのことであった。唖然とした。
「そうそう死にはしないから、あいつ」
信頼しているのか過信しているのか、鳥の巣の首領は実に軽い調子で言った。正式に鳥の巣の本部に務めることになってしまったついでにネイジアに与えられた名は「クークー」である。「ホーク」と同様に鳥の巣の本部で働く者の称号のようなものであるという。
「当分は見習いだけど、よろしく」
それから半年、森はぱたりと、異様に静かだった。言葉通り始めのうちは付き添ってくれていたホークがこの調子なら一人で良さそうだね、と判断したのは二月ほど経った頃で、以来ネイジアは一人で森を——真面目に、練り歩いていた。特に領境と、オーラレン領からの一方通行の帰路になる滝付近は念入りに。野宿をしながら拠点を行き来し続けることもあったほどだ。呪のもののいない森はただ豊かで、温泉の影響もあって過ごしやすい気候が続いていて、快適といえば快適であったのだ。狩りも、ユエほどではないが上手くなったと思う。
この日も滝の近くの拠点で目を覚まし、見回りと食料の調達を兼ねて領境の小屋まで移動をしたところだった。
「あ」
大きめの野うさぎと雉に似た鶏を番で捕え、この調子なら二、三日は過ごせそうだなと思いながら見やった小屋に灯りが点いているのが遠目に見えて、ネイジアは驚いた。
「……ッ!」
こんな山奥の掘立て小屋にやってくる人間は一人しかいないし、魔呪具を扱える獣や呪のものは存在しない。当然小屋の中にユエが居ると信じて慌てて坂を駆け上がっていたネイジアが付かなかった。小屋の外にしつらえられた温水を貯める設備が作動していること、温泉の匂いがすること、そしてその水場の前に身を潜めている影。
「——!」
「……ぅわッ?!」
ネイジアの接近に気がついていたのだろう、立ち上がった大きな影はしかしその勢いの良さに少しは驚いたようだった。が、それ以上に出鼻を挫かれたネイジアは声をあげて足を滑らせる。
「あ」
「ヒェッ」
「ユエ様?」
バランスを崩すネイジアの視界の向こうから鈴を転がすようなしっとりと柔らかな女性の声がする。
誰、と気を取られて身体強化の魔呪が遅れる。ネイジアはあえなく派手に今上がってきたばかりの坂道を滑り落ちた。大の字に着地しつつも致命傷を避けられたのはこれまでの訓練の賜物だろう。
「……大丈夫か!?」
坂の上からのユエの声に、ネイジアはなんとか怒鳴り返した。
「それは私のセリフです!!!!」